連合軍始動
ナポレオンがロシアの深淵で破滅し、ロシアとプロイセンが同盟し連合軍が結成され、スウェーデンが参戦した――。その大激震の報せがベルリンに届いた時、タウエンツェーンは居ても立ってもいられなかった。
「あのガスコーニュ人が上陸する前に、プロイセンの意地を見せねばならん!」
自らの軍管区で、徴兵の号令を響かせる。
「数式だ何だのと抜かす連中に、我らの鉄の規律を見せつけてやるぞ!」
口ではベルナドットへの負け惜しみを叩きながらも、その手際は驚くほど迅速であった。かつてハノーヴァーの「会合」で議論した、無駄のない動員計画を忠実にトレースしていたのだ。
だが、彼が自らの軍管区で兵を集め始めた頃、すでにその先を行く男がいた。
ベルリン近郊。
朝日を浴びて整然と並ぶ、数万の軍勢。その先頭に立つのは、五十八歳になったビューローである。
最愛の家族を失い、再婚した若い妻に支えられながら、彼はこの日のために静かに、しかし徹底的に準備を重ねていた。シャルンホルストたちが「気合」を叫んでいる間、彼は極めて実務的に、弟の遺した理論を徴兵制度という組織へと落とし込んでいたのである。
「……ビューロー閣下、準備は整っております」
ロシアへ行くことができず、ビューローの参謀として雇われていたボイエンが声をかけた。
ボイエンの報告に、ビューローは満足げに頷いた。目の前には、かつてベルナドットから受け取った、弟のハインリヒが目指した秩序を備えたプロイセンの兵たちが控えている。
「あいつが来るまで、あとわずかだ」
ビューローは懐の遺稿に触れた。
「さあ、見せてやろう。我ら兄弟が、どれほどの数式を積み上げてきたかを」
ポメラニアのシュトラールズントへ上陸したベルナドットを迎えるのは、彼らが作り上げた、精強ではあるが急造の軍団であった。
一八一三年三月、ドイツの荒野。
「今こそ、この溢れんばかりの『気合』をナポレオンにぶつける時だ!」
シャルンホルストは、シレジアで練り上げた新兵たちを前に、顔を真っ赤にして叫んでいた。彼はベルナドットの上陸など待っていられなかったのだ。
隣では猛将ブリュッヘルが、愛馬を狂ったように跳ねさせている。
「そうだ、シャルンホルスト! 奴が川を渡った瞬間に、私がこの手で引きずり下ろしてやるわ!」
この二人の熱気は、救世主を待ち侘びていたロシア皇帝アレクサンドル一世をも動かしてしまった。
「……神が、行けとおっしゃっているのかもしれない」
若き皇帝は、ストックホルムの「知性」よりも、目の前の「熱狂」に流されてしまったのである。
その頃、ベルリン近郊。
ビューローは整然と並ぶ数万の兵を前に、苛立ちを隠せずにいた。
「……あいつは何をしている! 徴兵は終わったが、靴もパンも銃も足りない。王太子の兵站がなければ、我々の軍は牙の抜けた狼にすぎない」
タウエンツェーンも、自らの軍管区で集めた新兵たちを訓練しながら、北の空を仰いでいた。
「まさか、土壇場で怖気付いたのではあるまいな。あのガスコーニュ人、計算に時間をかけすぎだ!」
彼らはまだ知らなかった。
ベルナドットが英国から資金を引き出し、オーストリアの腹を探り、議会という名の怪物をねじ伏せるという、戦場よりも過酷な「前哨戦」を勝ち抜き、今、まさに軍と兵站を結集してドイツに上陸しようと準備している事を。
すべては、ナポレオンという怪物を完膚なきまでに破滅させるための、緻密な等式を完成させるための時間であった。
「ランドヴェーア(国家防衛軍)」の設立令が1813年春に出されて、それを根拠にタウエンツィーンは徴兵を開始します。
徴兵しても兵站とか武器とかどうするんだという状況で、最初期は槍装備してました。
プロイセンはフランスによる兵の総数規制があったので、ビューローはロシア遠征の援護のためという名目で、勝手に徴兵を開始しただけでなく、訓練しては家に帰すを繰り返して兵の総数を誤魔化してました。




