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ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~  作者: ぱすた屋さん


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第67話:中間管理職の解放と、完璧な最適化(タイミング)


 コールセンターの現場責任者(SV)にとって、最も美しいシステム(環境)とは何か。

 それは「オペレーター(現場)が自律的に稼働し、管理者が何もしなくても数字(KPI)が達成され続ける状態」である。

 無駄なイレギュラー対応が発生せず、すべてのタスクがマニュアル通りに処理され、私はただ窓口の椅子に深く腰掛けて、定時の鐘が鳴るのを待つだけ。それが、究極の【ローコスト・オペレーション】だ。


 あのギルド本部との対決オーディットから、数日が経過した五月の終わり。

 王都冒険者ギルドの一階フロアには、私が理想とする「完璧に近い平穏」が訪れていた。


「アイラ先生! 第三パーティー、本日の薬草採取および低級魔物の間引きタスク、完了しました。経費を差し引いた利益率マージンは百三十%。こちらの台帳に記帳済みです!」

 新人インターンのリーダーであるシーフの少女、ミアが、完璧に整理された報告書を私のカウンターに提出する。


「ご苦労様です、ミア。ポーションの在庫管理も最適化オプティマイズされていますね。承認アプルーブします。本日の業務はこれで終了ログアウトしてください」

「はいッ! ありがとうございます!」


 ミアたち十五名の新人たちは、ギルドの戦力として完全に定着していた。彼らは自発的にコスト計算を行い、無謀な冒険エラーを起こすことなく、確実にギルドに利益をもたらす【優良な人的資産】として稼働している。

 そして、その彼らの後ろから、静かな足音を立てて近づいてくる影があった。


「……相変わらず、あんたの教育は徹底しているわね、アイラ」


 そこに立っていたのは、数日前まで過労で死に体になっていたAランク女性剣士、セリアだった。

 無意味な『手書きの評価シート』という呪縛バグから解放された彼女は、本来の透き通るような白い肌と、獲物を狙う鷹のような鋭い眼光を完全に取り戻していた。黒銀の軽鎧に身を包むその姿は、ギルドの誰もが振り返るほど美しい。


「セリア様。体調バイタルのリカバリは完了したようですね」

 私が『営業用スマイル』で出迎えると、セリアはほんの少しだけ気まずそうに視線を逸らした。


「……ええ。丸二日、泥のように眠らせてもらったわ。おかげで魔力残量もフルチャージよ」

 セリアはカウンターに肘をつき、小さな声で呟いた。


「あのバカみたいな事務ノルマがなくなって、本当に助かった。……それに、本部の予算から振り込まれた『超過労働の特別手当バックペイ』……。確認したけど、ものすごい額になってたわ。私のAランクの討伐報酬より多かったんじゃないかしら」

「当然の権利です。貴方の『睡眠時間』という最も高価なリソースを削った対価ですから、一ルピアの妥協も許しませんでした」


「ふっ……。あんたって、本当に容赦がないのね。ゲレルト統括官、泣きそうな顔で本部に帰っていったって噂よ」

 セリアは楽しそうに笑い、それから、少し真面目な顔になって私の目を見た。


「……ありがとう、アイラ。あんたがロジックで殴り込んでくれなかったら、私は今頃、過労で剣も握れなくなって、どこかのダンジョンで魔物の餌になってたわ」


「感謝には及びません。私が私の定時を守るために、システムのエラーをデバッグしただけですから」

「素直じゃないわね。……でも、そういうところ、嫌いじゃないわ」


 セリアはフッと微笑むと、フロアの隅で武器の手入れをしているミアたち新人の方を見た。


「あのガキども……最初は足手まといのノイズだとしか思ってなかったけど。あんたが言う通り、後方支援バックオフィスとしては異常なくらい優秀ね。私が剣を振るうことだけに集中できる環境を作ってくれるから、討伐効率が跳ね上がったわ」


 セリアの目——【残響の波紋エコー・パルス】からは、初日のような淀んだ『灰色のストレス』は完全に消え去り、純粋な『信頼』と『戦意』を示す、美しい澄んだ「青銀色」が広がっていた。


「アイラ。マスターには私から言っておいたわ。今後の新人たちの現場引率(OJT)は、私が専属で引き受けるってね。もちろん、適正な【引率手当】をギルドの経費からきっちり引かせてもらう契約で、だけど」


「素晴らしい判断キャリアプランです」

 私は心底安堵した。

 セリアという超一流の前衛フロントエンドと、アイラ流のロジックをインストールされた新人たちという後衛バックエンド。この二つが完璧な互換性シナジーで結びつけば、王都ギルドの討伐処理能力は飛躍的に向上する。

 それはすなわち、私の窓口業務が激減し、定時退勤が盤石になることを意味していた。


「せいぜい、私が稼いできた利益リターンを、窓口でしっかり処理インプットしなさいよ、受付嬢さん」

「ええ。貴方がたの稼いだ数字データの処理なら、秒速で完了させてみせます」


 セリアはツンと澄ました顔で微笑むと、「行くわよ、お前たち! 午後のタスクを片付けるわ!」と新人たちを引き連れ、意気揚々とギルドを出て行った。


(……これで、無能な管理職バグの処理も、人的資産の最適化もすべて完了ね)


 私は手元の砂時計に視線を移す。

 最後の一粒が、落ちる。


『カーン、カーン、カーン……』


 王都の時計塔が、神聖なる十七時の鐘を鳴らし始めた。

 私は、誰よりも早く、一切の遅滞なく窓口のシャッターに手をかけた。


「ルーク。本日の窓口業務はこれにて終了シャットダウンです。残りの備品のチェックを任せます」

「は、はいッ! お疲れ様でした、アイラさん!」


 ガラガラガラッ!!

 物理的なシャッター音とともに、私の「プロの事務職」としての時間は終了する。

 ここから先は、私だけの、私のためだけの【最高の報酬リターン】を受け取る時間だ。


 * * *


 初夏の風が心地よい、王都の裏路地。

 私は、隠れ家的な小料理屋『波音なみおと』の暖簾をくぐり、予約していたカウンター席に腰を下ろした。


 数日間の激務(デバッグ作業)を乗り越えた私の胃袋が求めているものは、すでに決まっている。


「お待たせいたしました。本日のご予約、『殻付き大ハマグリの酒蒸し』と、〆の『桜海老と春キャベツの出汁茶漬け』でございます」

 女将が、目の前に小ぶりの土鍋をコトッと置いた。


 蓋を開けた瞬間。

 フワァァァッ……と、極上の純米酒と磯の香りが混ざり合った、白く濃厚な湯気が立ち上った。

 土鍋の中には、私の手のひらほどもある巨大な大ハマグリが鎮座している。

 その分厚い殻が――。


『パカッ』


 まさに今、完璧なタイミングで開いた。

 殻の中には、熱を通されてプリプリにはち切れんばかりに膨らんだ肉厚な身と、海のエキス(コハク酸)が凝縮された乳白色のスープがなみなみと満たされている。


(……これよ。この【完璧な最適化タイミング】よ)


 無能な管理者が設定した歪んだ数値(KPI)に振り回され、精神をすり減らすような不毛な時間より、この貝が開く『完璧な瞬間』をただ静かに眺めている方が、人生において一万倍有意義だ。


 私は、火傷しそうに熱いハマグリの殻を指先でそっと持ち上げ、まずはその乳白色のスープを一口、啜った。


「……〜〜〜ッ!!」


(……出汁の解像度ビットレート、限界突破……ッ!)


 濃厚な海の旨味が、五臓六腑に染み渡る。酒蒸しにされたことで貝特有の臭みは完全に消え去り、純粋な旨味の結晶だけが舌の上で弾ける。

 間髪入れず、プリプリの身に齧り付く。弾力のある肉を噛み切ると、中からさらに濃厚なエキスが溢れ出し、私はそれをキリッと冷えた辛口の日本酒で一気に胃袋へとデプロイした。


「……美味しい。美味しすぎるわ。この圧倒的なパフォーマンスの前では、本部の理不尽な要求など、瑣末なエラーログに過ぎないわね」


 大ハマグリを堪能した私は、そのまま間を置かずに「〆のタスク」へと移行した。

 香ばしく素揚げされたサクサクの桜海老と、熱を帯びて甘みを増した春キャベツ。少し硬めに炊かれた白米の上に、黄金色の合わせ出汁をたっぷりと回しかける。


 私は、そこにツンと鼻を抜ける新鮮なすりおろしワサビを溶かし込み、サラサラと喉の奥へ流し込んだ。

 桜海老の香ばしさと、キャベツの甘み。そしてワサビの爽やかな刺激が、過労で疲弊していた胃腸を優しく、しかし力強くコーティング(回復)していく。


 完璧なヒーリング・プロセスだ。

 私は最後の一滴まで出汁を飲み干し、ふぅっと、至福の吐息を漏らした。


「……ごちそうさまでした。至高のソリューションだったわ」


 身も心も、そして胃袋のキャパシティも完璧に満たされた私は、店を出て夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。


 王都の夜空には、初夏の訪れを告げる星々が瞬いている。

 ギルドには、セリアという実力派と、私のロジックを受け継いだ新人たちがいる。彼らが現場フロントを回してくれる限り、私の窓口は平穏を保ち続けるだろう。


「……さて。明日はどんなトラブルが、私の定時を脅かしに来るのかしらね」


 私は、少しだけ緩んだ口元を元に戻し、極上の『営業用スマイル』を夜の闇に浮かべた。

 鉄の受付嬢の戦いは、これからも続く。

 この一歩も動かない聖域コールセンターから、世界を論理で管理し、完璧な定時退勤を勝ち取るために。


 

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