第62話:評価(レビュー)と、黄金の天ぷら
三日間にわたる地獄の新人研修も、ついに最終時間を迎えていた。
王都冒険者ギルドのフロアには、初日の喧騒が嘘のような、規律と緊張感に満ちた静寂が広がっている。雑誌の記事に踊らされてやってきた百人超の「ノイズ」たちは、私の冷徹なフィルタリングによって九割が脱落し、今ここに残っているのは、生き残るための「論理」を学んだわずか十五名の精鋭たちだ。
私は窓口の椅子から一歩も動かず、カウンターに積み上げられた彼らの最終成果報告書を一枚ずつチェックしていく。
「……第ニパーティー、薬草採取の成果、目標値の百二十%。移動経路の最適化により、ポーションの消費をゼロに抑えていますね。合格です」
「……第三パーティー、スライムの核の回収率向上。魔力残量を常に三割残しての帰還、安全マージンの確保ができています。合格です」
私が淡々と合否を告げるたび、新人たちの間に安堵の溜息が漏れる。彼らからは、初日に見られたような「冒険への甘い幻想」や「私に対する歪んだ承認欲求」といった不純な魔力波長は完全に消え失せ、プロの労働者としての「規律」を示す澄んだ波紋が広がっていた。
私は最後の一枚を処理し終えると、羽ペンを置き、十五人の新人たちを真っ直ぐに見据えた。
「おめでとうございます。貴方がたは本日をもって、正式なFランク冒険者として承認されました」
新人たちの顔に、誇らしげな笑みが浮かぶ。だが、私はすぐに声を一段低くし、彼らに冷徹な『最終評価』を突きつけた。
「ですが、勘違いしないでください。貴方がたがこの三日間で学んだのは、ただの【延命措置】に過ぎません。……この三日間、私が貴方がたの教育に割いた『時間』というコスト。そして、昨日のレオンのようなイレギュラー対応で消費されたギルドのリソース。……それらはすべて、現時点では【負債】として貴方がたのアカウントに刻まれています」
新人たちがゴクリと唾を呑む。
「貴方がたが今日手にしたライセンスは、単なる入場許可証ではありません。……これから受ける数多の依頼を完遂し、着実に利益を上げ、ギルドの発展に寄与することで、私から奪った『時間』という資産を利子付きで返済しなさい。……それが、プロの冒険者としての最低限の責任です」
「「「はいッ! ありがとうございました!!」」」
十五人の新人たちは、軍隊のような見事な礼を残し、意気揚々とギルドを旅立っていった。
彼らなら、少なくとも一週間で野垂れ死ぬような真似はしないだろう。質の高い「人的資源」を確保できたことは、長期的に見れば窓口の工数削減に繋がるはずだ。
「……ふぅ。ようやく、すべてのプロセスが終了しましたね」
私は手元の砂時計の最後の一粒が落ちるのを確認した。
時刻は十七時ちょうど。
ギルドのマスターが「アイラ君! 本当に助かった、君のおかげでギルドの質が劇的に上がったよ!」と二階から駆け寄ってくるのが見えたが、私はそれより速く、窓口のシャッターに手をかけた。
「定時です。事後報告は明日の朝、始業後にお願いします」
ガラガラガラッ!!
マスターの声を物理的に遮断し、私は一秒の遅滞もなくギルドを脱出した。
外の空気は、数日前よりもさらに春の香りを濃くしていた。だが、私の心と鼻腔が求めているのは、春の風などではない。……油の爆ぜる音と、山菜の芳醇な苦みだ。
* * *
王都の路地裏、知る人ぞ知る名店『山海』。
暖簾をくぐると、そこには職人の技と油の香りが支配する、神聖な静寂があった。私は予約していたカウンターの席に座り、まずは冷えた辛口の酒で喉を潤す。
「お待たせしました。本日の春の天ぷら、まずは『フキノトウ』と『タラの芽』です。それから……朝に揚がったばかりの『稚鮎』でございます」
職人が目の前で、揚げたての黄金色の塊を和紙の上に並べた。
私はまず、最も香りの強いフキノトウを手に取った。天汁はつけない。職人がこだわり抜いた、波のような大粒の天然塩をパラリと振り、そのまま口へ運ぶ。
「……〜〜っ!!」
(……苦みのスループット、最大出力……ッ!!)
サクッ……という、鼓膜にまで響く軽快な音とともに、衣の中から春のエネルギーが爆発した。フキノトウ特有の、力強く、どこか青臭い高潔な苦みが鼻を抜け、続いて衣の香ばしさと油の旨味が全体を包み込む。
間髪入れず、稚鮎に箸を伸ばす。
極薄の衣を纏った稚鮎は、まるで泳いでいるような躍動感のある姿で揚げられている。頭から大胆に齧り付けば、まずはカリッとした食感、そして内臓のほろ苦いコクが舌の上でとろける。身はふんわりと驚くほど甘く、塩がその繊細な味を極限まで引き立てている。
(美味しい。美味しすぎるわ……。新人の支離滅裂な事業計画書を読み解き、死に損ないの馬鹿をリモートで救出した後のこの一杯と一皿は、もはや犯罪的なまでの充足感ね)
私は無心で、黄金の衣たちを胃袋へとデプロイし続けた。
ウルイのシャキシャキとした食感、春キャベツの甘み。それらを冷えた酒で流し込むたびに、三日間のストレスという名のログが、綺麗にフォーマットされていくのを感じる。
「……ごちそうさまでした。完璧なシステム構成(献立)だったわ」
私は最後の一滴まで酒を楽しみ、満足感とともに店を出た。
夜の王都の風は心地よく、街灯に照らされた街並みは、エルフとの騒動や新人の殺到を乗り越えて、また一歩、平穏へと近づいたように見えた。
「……さて。有名税という名のノイズはこれで落ち着いたけれど」
私は夜空を見上げ、ふわりと冷たく、しかし満足げな微笑を浮かべた。
「明日の朝、ギルドの窓口に行けば、また新しいバグ(依頼人)とエラー(事件)が待っているのでしょうね。……私の平穏な定時を脅かす存在は、いつだって尽きることがないわ」
だが、私には新しい武器がある。
マスターからせしめた『完全無音・プロテクトカーテン』。そして、鍛え上げた十五名の「人的資産」。
鉄の受付嬢の効率的な戦いは、これからも窓口という名の聖域で、一歩も動かずに続いていくのだ。




