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ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~  作者: ぱすた屋さん


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第50話:第2の質問と、境界線の計算ミス



「では、結界の完全修復リブートまで、あと二つ。……第二の質問クエスチョンに参りましょうか」


 私が冷徹な【SVボイス】で告げると、ギルドのフロアにいたエルフたちは、まるで死刑宣告を待つ囚人のように身を固くした。

 先ほど、第一の質問で「精霊王から賜った宝珠」という高潔な歴史が、「人間の裏カジノで巻き上げた質流れ品の石ころ」だったという【真実ログ】を暴かれた長老セレシュティン。彼は床にへたり込んだまま、顔を赤紫色に染めてわなわなと震えている。


「……言っておくがな、受付嬢」

 長老は杖を突き、必死に震える膝を立てて立ち上がった。

「先ほどの宝珠の件は、若気の至りというやつだ。誰にでも勘違いや、歴史のロマン化はある! だが、次の私の過去に嘘はない。私の五百年の生涯における最大の悲劇にして、最も重い十字架なのだからな……!」


 彼は咳払いをして、無理やり威厳を取り繕った。

(……立ち直りが早いわね。自分の失敗を「悲劇」にすり替えて自己正当化する、クレーマー特有の強靭なメンタル構造だわ)


 私は手元の砂時計に視線を落とした。時刻は十六時十二分。

 私が予約している『黒トリュフとフォアグラの贅沢石焼きリゾット』の提供時間まで、残り一時間を切っている。一秒たりとも無駄にはできない。


「では、読み上げます」

 私は埃を被った古代のマニュアルに視線を戻し、凛とした声で響かせた。


「——『貴方が過去に犯した、最も恥ずべき失敗とは?』」


 フロアが再び静寂に包まれる。

 最も恥ずべき失敗。それを自らの口で語らなければ、システムのロックは解除されない。


 長老セレシュティンは、深く重々しい溜息をつき、憂いを帯びた表情で語り始めた。


「……あれは三百年前のことだ。当時の私は、森の代表として人間側の外交官と『王都・精霊の森 境界策定条約』の交渉の席に就いた。……だが、私は若く、人間の持つ底知れぬ狡猾さを見抜けなかったのだ。人間どもは巧妙な言葉の罠で私を騙し、結果として、森の南側にあった豊かで広大な土地を、不当な条約で奪われてしまった。……ああ、あの時、人間の卑劣な罠に気づけなかったことこそ、私の生涯における最も恥ずべき失敗トラウマである!」


 長老が涙を拭うような仕草を見せると、背後に控えていたエルフたちが「おお……長老様」「あれは人間が百パーセント悪いのです」「長老様は悪くありません、ご自分を責めないでください!」と同調し、一斉に人間への非難の目を向けてきた。

 ギルドの冒険者たちも「マジかよ、昔の人間ってそんなに汚い手を使ったのか?」「ちょっと長老が可哀想だな……」と、同情的な空気に包まれる。


 ――だが。私の目には、全く違う景色が見えていた。


 長老の口から「人間の狡猾な罠に騙された」という言葉が発せられるたび、私の【残響の波紋エコー・パルス】が捉える色は、悲劇や後悔の「青」ではなかった。

 それは、自らの不注意を他人に押し付けようとする、ドス黒く濁りきった【責任転嫁と自己正当化の黄色】だった。


(……はい、認証エラー。本当にこのユーザーは、呼吸をするように他人システムのせいにするわね)


「……長老様。素晴らしい悲劇のストーリー(台本)ですね」

 私は一切の同情を排した、絶対零度の微笑みを浮かべた。


「な、なんだと? 悲劇のストーリーだと!?」


「ええ。ですが、システムは再び貴方の回答を【虚偽】として処理しようとしています」


『ビーッ、ビーッ! [認証失敗アクセス・ディナイド:パスフレーズが一致しません。残り試行回数、あと一回]』


 空中のホログラムから二度目のエラー音が鳴り響き、結界のひび割れから不吉な黒い瘴気が漏れ出し始めた。

「ひぃっ! け、結界が破れるぞ!!」

 マスターがカウンターの下に潜り込んで悲鳴を上げる。


「な、なぜだ! 私は真実を語ったぞ!! 人間に騙されたのは事実ではないか!!」

 長老がパニックになり、杖を振り回してわめき散らす。


「貴方が事実ログを直視しないからです。……ルーク、出番よ」

 私はカウンターの端で待機していた新人職員を、指先で弾くように指示した。


「は、はいッ! 今度は何番の書庫ですか!?」

「第三書庫の『外交・契約関連アーカイブ』から、三百年前の『王都・精霊の森 境界策定条約書』の原本と、それに付随する【当時の交渉メモ(議事録)】を持ってきなさい。……ダッシュで」


「りょ、了解です!!」

 ルークが今日何度目かの全力疾走で地下へと向かう。


「き、貴様……三百年前の条約書の原本だと!? そんなものを見ても無駄だ! 人間が巧妙な罠を仕掛けたことに変わりはない!!」

 長老が顔を引きつらせながら吠える。


「コールセンターにおいて、『騙された!』『そんな説明は聞いていない!』というクレームの九割は、ユーザー側が【利用規約マニュアルを読んでいない】か、【自分の思い込みで誤解している】ことが原因です」


 数分後。息を切らしたルークが、分厚い羊皮紙のバインダーを抱えて戻ってきた。

「ア、アイラさん! ありました! 三百年前の条約書の原本です!」


「ありがとう」

 私はバインダーを受け取り、目当ての条項をピンポイントで開き、カウンターの上にバンッと広げた。


「さて、長老様。これが三百年前、貴方ご自身がサイン(署名)された条約書の原本です」

 私は、羽ペンの先で特定の一文を指し示した。


「人間側の外交官が提示した条件は、非常に明確クリアです。『森の南側、王都基準の【平方メートル】にて〇〇万の土地を譲渡する』。隠語も罠もありません」


「だ、だから! その面積の表記が巧妙だったのだ! 私はそんな広大な土地だとは……!」


「いいえ」

 私は彼の言葉を冷徹に遮り、条約書の余白——長老のサインのすぐ横に、殴り書きで残されていた【当時の計算メモ】を指差した。


「長老様。貴方、この条約の面積を計算する時、人間側の提示した『メートル法』の数字を、エルフ独自の単位である『エルフ尺』に換算せず、そのまま【一対一】で暗算していますね?」


「……えっ?」

 長老の動きが、ピタリと止まった。


「王都の『一メートル』は、エルフ尺に換算すると『約〇・六エルフ尺』。つまり、エルフ尺の方が長さの基準が大きい。……貴方は、人間が提示した『メートル基準の数字』を、そのまま『エルフ尺の数字』だと思い込み、『なんだ、大した面積じゃない。これで莫大な金貨が貰えるなら、エルフ側が大幅に得をするぞ』と勘違いして、有頂天になって二つ返事でサインしてしまった。……違いますか?」


 フロアに、再び完璧な沈黙が訪れた。


「……あ、あ、あ……」

 長老の口元がパクパクと金魚のように開閉する。


「人間の巧妙な罠でもなんでもない。ただの【単位の換算ミス(ヒューマンエラー)】です。……貴方が、契約書(利用規約)の単位の注記をよく読まず、どんぶり勘定でサインしただけのこと」


「ちょ、長老様……? 人間に騙されたんじゃなくて……ご自身の、計算ミス……?」

 背後のエルフたちが、今度こそ完全に軽蔑の眼差しを長老に向け始めた。

「森の南側の豊かな土地を失ったのは……ただのケアレスミス……?」

「なんという大ポカ……」


「わ、わ、わわわわ!!」

 長老は頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。五百年の威厳が、音を立てて崩れ去っていく。


「システムの残り試行回数は、あと一回です。エラーを起こせば、今度こそ本当に結界は崩壊し、厄災が解放されますよ」

 私は手元の砂時計を叩き、冷酷なカウントダウンを始めた。


「さあ。言い訳や責任転嫁は終わりです。当時の貴方が、泣きながらシステムに設定した『本当の恥ずべき失敗パスフレーズ』を、正確に音声入力しなさい」


 長老セレシュティンは、ボロボロと涙をこぼしながら、震える声で結界のシステムに向かって囁いた。


「……『単位の計算を間違えて、森の土地を丸ごと明け渡してしまったこと』……だぁぁ……」


『ピロロン! [認証成功アクセス・グラント:第二セキュリティ・ロックを解除しました]』


 ホログラムの結界から黒い瘴気が消え、さらにもう一段階、清らかな緑色の光が広がった。

 システムは、彼が必死に隠蔽してきた『初歩的な計算ミス』という情けない事実を、正しいパスワードとして見事に受理した。


「あああああ……! もう嫌だ! 私の威厳が、歴史が、木っ端微塵だ……っ!」

 長老は床をバンバンと叩いて泣き崩れている。

 私は彼にティッシュの一枚も差し出すことなく、ただ冷ややかに『マニュアルの最終ページ』をめくった。


「記憶のデバッグ(自己反省)、第二段階クリアですね。素晴らしい」

 私は時計を見る。十六時二十分。定時退勤まであと四十分。


「では、結界の完全修復リブートまで、あと一つ。……最後の質問クエスチョンに参りましょうか」


 私は、傲慢なエルフの長老が絶対に認めたくない、彼の心の一番深い奥底に眠る【システムの中核】を抉り出すため、氷のような声で最後の質問を読み上げる準備を整えた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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