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ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~  作者: ぱすた屋さん


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第36話:解約手続き(クロージング)と、熱々チーズ・ホットドッグ

 


「ガレス様。大変長らくお待たせいたしました。報酬の承認プロセスが完了いたしました。……ですがその前に。貴方たちのパーティの『不自然な稼働実態アクティビティ』について、少々ヒアリング(事実確認)をさせていただきたいのですが」


 時計の針は、十六時四十五分。

 定時まで残り十五分。私の脳内はすでに、極太ソーセージの焼ける香ばしい匂いと、とろけるチェダーチーズの黄金色で満たされていた。

 この『灼熱の豚亭』への最短経路ルーティングを阻む不純物は、迅速かつ冷酷に排除しなければならない。


「ああん? ヒアリングだぁ? ふざけんな、俺たちは疲れてんだよ! さっさとその銀貨をよこせ!」

 ガレスが血走った目で私を睨みつけ、カウンターをドンッと叩く。

 背後に立つ盾役と弓使いも、苛立ちと……そして明らかな『怯え』を隠しきれない様子で身構えた。


 私は彼らの威嚇をそよ風のように受け流し、手元の台帳を開いた。


「当ギルドでは、定期的な『アカウントの稼働チェック』を行っております。ガレス様。貴方たちのパーティの魔法使い、エルマ様ですが……本当に、現在も『宿で休んで』いらっしゃいますか?」

「当たり前だろ! 何度言わせるんだ!」


「左様ですか。では、この購買記録ログ矛盾エラーを説明していただけますか」

 私は二冊の分厚い台帳を、彼らの目の前に滑らせた。


「過去三ヶ月間、計八回の討伐クエスト。貴方たちは購買部で、魔法使いの生命線であるはずの『魔力回復マナポーション』を一本も購入していません。また、野営食は不自然に三人分へと減少し、その差額を埋めるように、毎回『日持ちのする高級焼き菓子』が購入されています。……魔法使いが、三ヶ月間もマナの補充なしに、クッキーだけを食べて過酷なダンジョンを生き抜いていると?」


 ガレスの顔から、スッと血の気が引いた。

「そ、それは……! あいつはポーションを自分で調合してるんだ! 食事だって、最近ダイエットをしてて……」

「市場の相場と材料費を考えれば、ギルドの三割引ポーションを買わないのは経済的合理性に欠けます。それに、貴方たちの最近の討伐時間は、以前に比べて平均三〇%も長引いている。……後衛の火力支援(魔法)がない証拠です」


 私は『営業用スマイル』を完全に消し去り、絶対零度の声で彼らの退路を断ち切った。


「当ギルドでは、これを『ゴースト・アカウントの不正稼働』と呼びます」

「なっ……!」


「三ヶ月前の『沈黙の谷』でのクエスト。貴方たちはそこで、エルマ様を失った。……いいえ、魔物の群れから逃げるための『ルアー』として、彼女を見殺しにしたのではありませんか? そして、四人パーティの特別補助金インセンティブとランクを維持するために、彼女のギルドカードだけを持ち帰り、生きているように偽装した」


「ち、違う! 俺たちは……!」

 ガレスが怒鳴ろうとした瞬間、私の【残響の波紋エコー・パルス】が、彼らの声から噴き出す『漆黒の絶望と罪悪感』を鮮明に捉えた。

 もはや、言い逃れのできない決定的な黒。


 私は手元の砂時計をひっくり返し、コールセンターの奥義『ダブルバインド(二者択一話法)』を展開した。


「ガレス様。貴方には今、二つの選択肢が用意されています」

「……っ!」


「一つ。このまま『エルマは生きている』と主張し続けること。その場合、私はただちに相棒のルークを宿屋へ向かわせ、エルマ様の【生存確認アクティブ・チェック】を行います。もし不在であれば、これは悪質な詐欺および『殺人隠蔽』として、王都騎士団の尋問室へ即時転送エスカレーションされます」


 盾役の男が「ひっ」と短い悲鳴を上げ、後ずさりした。騎士団の尋問室は、生きて出られる保証のない地獄だ。


「二つ目。今ここで、不正な報告と隠蔽の事実を自白クローズすること。そうすれば、私はこれをギルドの規約違反として『違約金請求』と『アカウント永久凍結バン』の事務処理だけで済ませてあげます。騎士団への通報は、ギルドマスターの裁量に委ねるというクッションを挟むことができます」


 私は、あえて言葉を切った。

戦略的沈黙タクティカル・サイレンス』。

 人は、極限の恐怖と二者択一を迫られた時、沈黙の圧力に耐えきれず、より「安全に見える地獄」へと自ら飛び込んでしまう生き物だ。


 一秒。二秒。三秒。

 フロアが水を打ったように静まり返り、砂時計の砂だけがサラサラと落ちていく。


「……お、俺のせいじゃない……っ」

 突如、背後にいた弓使いの男が膝から崩れ落ちた。

「ガレスが、あいつをワイバーンの前に突き飛ばしたんだ! 俺たちは反対したのに! もう嫌だ、毎晩あいつの悲鳴が夢に……っ!」


「馬鹿野郎、黙れ!!」

 ガレスが弓使いを殴りつけようと拳を振り上げる。


「——そこまでです。ルーク、警備隊を」


 私の冷ややかな声と同時に、事態を察知して裏で待機していたギルドの屈強な警備員たちが飛び出し、ガレスたち三人をあっという間に床へ押さえつけた。


「離せ! 違う、俺は悪くねえ! あいつが鈍間だったから……!」

 床に顔を押し付けられながら、ガレスが醜くわめき散らす。

 だが、その声の色はすでに、完全に敗北した者の『濁った泥水』へと成り果てていた。


「自白、および証言の不一致を確認。……これにて、本件の事実確認ファクトチェックを終了いたします」


 私は手元の書類に目を落とし、恐るべき速度で羽根ペンを走らせた。

『死亡届』『不正受給に関する違約金請求書』『ギルド追放アカウント・バン通知』。

 前世で何千件とこなしてきた、悪質ユーザーの強制解約手続きだ。私は一分の遅れもなく、すべての書類に承認印を叩き込んだ。


『カーン、カーン、カーン……』


 時計の針が、十七時ジャストを指した。

 終業の鐘がギルドに鳴り響く。


「ルーク。事後の調書作成と騎士団への引き継ぎは、貴方の明日の朝のタスク(業務)にしておきなさい。……本日の窓口業務は、これにて終了シャットダウンです」

「ええっ!? ア、アイラさん!? 僕一人で引き継ぎですかぁ!?」


 ルークの悲鳴を背中で聞き流しながら、私は一秒の遅滞もなく窓口のシャッターをガラガラと下ろした。

 不正なアカウントは凍結した。私の仕事は、一ミリの狂いもなく完了したのだ。


 * * *


 王都の裏通り。

 日が落ち、魔導灯がぼんやりと石畳を照らす路地裏に、その屋台『灼熱の豚亭』はあった。


「おや、嬢ちゃん。今日も仕事上がりかい?」

「ええ、親父さん。いつもの『特製チーズ・ホットドッグ』を。マスタードは多めでお願い」


 私はカウンターに銀貨を置き、静かに目を閉じた。

 鉄板の上で、極太の粗挽きソーセージが『ジュウウウゥッ!』と暴力的な音を立てて転がされる。羊の腸が熱でパンパンに膨れ上がり、中から溢れ出た肉汁が鉄板の上で弾けて、香ばしい煙を立ち昇らせる。


(……ああ、この音。この匂い。他人の醜い嘘や罪悪感のノイズを完全に洗い流してくれる、究極のヒーリング効果デトックスよ)


「お待ちどう! 熱いから気をつけてな!」

 親父さんから渡されたそれは、まさに暴力の結晶だった。

 外側がカリッと焼かれたコッペパン。その間に挟まれた巨大なソーセージの姿は、上からたっぷりとかけられた『溶岩のようなチェダーチーズ』によって完全に覆い隠されている。さらにその上には、ピリッとした香りを放つ粒マスタード。


 私は両手でそれを受け取り、大きく口を開けてかぶりついた。


「……っ!!」


 パリッ!

 羊の腸が弾ける快音と共に、中から尋常ではない量の熱い肉汁が口内に噴射された。

 粗挽きの豚肉とオーク肉の野性味あふれる旨味。そこに、濃厚で塩気の強いチェダーチーズが、ねっとりと絡みつく。マスタードの酸味が肉の脂を中和し、次の一口への欲求アクセスを無限に加速させる。


(……KPI(重要業績評価指標)、完全達成)


 熱い、旨い、しょっぱい、最高。

 私は火傷しそうになるのも構わず、無心でホットドッグを食い進めた。

 パンに染み込んだ肉汁とチーズの油分が、今日一日の疲労ストレスという名のバグを、文字通り物理的に上書き保存していく。


「……不正なアカウントは、やっぱり凍結バンに限るわね」


 口の周りに少しだけマスタードをつけたまま、私は夜空を見上げてふふっと笑った。

 幽霊ゴーストは消え去り、私の胃袋は満たされた。

 明日も定時で帰るため、私は窓口という聖域で、一切の無駄なく世界を裁き続けるのだ。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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