第4話:お客様は神様(という名のモンスター)ですか?
好評でしたので次の話を3話くらいで投稿します。
月曜日の朝。それは、全宇宙のサービス業従事者が「隕石でも落ちてギルドが消滅しないかな」と祈る時間だ。
案の定、今日の窓口も朝一番からパンク状態だった。
「……はい、左様でございますか。ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません」
私の口からは、一ミリの感情もこもっていない、しかし完璧に調律された「謝罪の旋律」が流れる。
前世で、マニュアルを無視して怒鳴り続けるクレーマーを相手に、精神を無にして編み出した「防壁」だ。
(……あー、帰りたい。まだ始まって三十分なのに、もう魂がログアウトしそう)
そんな私の「平穏な(死んだ目での)仕事」を切り裂くように、ギルドの重厚な扉が勢いよく開け放たれた。
「責任者を……責任者を出せ! このギルドは、美食を解さぬ詐欺師の集まりか!」
響き渡る高圧的な声。
現れたのは、これ見よがしに腹の出た、しかし身に纏う絹の質は最高級という、いかにもな中年貴族だった。
彼の背後には、涙目で震えている若手の冒険者と、おろおろと手を擦り合わせるギルドマスターの姿がある。
(……出たわね。Tier1(最優先対応)の厄介案件。美食家貴族、ボルドー卿)
彼は私の窓口に突進してくると、目の前にドサリと、布に包まれた「肉の塊」を叩きつけた。
「受付嬢! この肉を検分しろ! 貴公らのギルドが納品した『炎龍』の肉だ! だが、これは偽物だ。私の舌を欺けると思ったか!」
周囲の冒険者がざわつく。炎龍の肉といえば、一キロで金貨数枚は下らない超高級食材だ。
もし偽物を掴ませたとなれば、ギルドの信用は失墜する。
「……ボルドー様、まずは落ち着いて(クールダウンして)いただけますでしょうか」
私は窓口から一歩も動かず、営業スマイルの出力を三〇%ほど上げる。
私の目に見える彼の声は――驚いたことに、濁りのない「澄んだ青色」だった。
(……あら? 嘘じゃない。この人、本気で『偽物だ』と確信して怒っているんだわ)
一方で、後ろにいる若手冒険者が叫ぶ。
「そんな、嘘だ! 俺は間違いなく、火山の三層でサラマンダーを狩ったんだ! 血抜きも解体も、ギルドの教本通りにやった! 本物なんだ!」
彼の声もまた――澄んだ青色。
(……なるほど。両者の主張が『真実』。これは『悪意の不在』によるシステムエラー(バグ)ね)
「ボルドー様。美食家として名高い貴方様が、わざわざ足を運ばれたということは、それ相応の理由があってのこととお察しいたします(クッション言葉)」
私は肉を包んだ布をそっと開き、その表面を観察する。
見た目は完璧な炎龍の肉だ。脂の乗りも、独特の赤い輝きも申し分ない。
「……味だ! 味が違うのだ! 炎龍の肉は、口に入れた瞬間に喉を焼くような熱い脂が広がるはず。だが、これは……なんだ、この冷え切った後味は! まるで、雪山のウサギでも食っている気分だ!」
「味が冷え切っている、でございますね?(バックトラッキング)」
「そうだ! 焼き方を変えても、ソースを変えても、この『芯の冷たさ』が消えんのだ! 詐欺だ! 返金はもちろん、私の夕食を台無しにした慰謝料を請求させてもらう!」
ボルドー卿の怒りは頂点に達している。
ギルドマスターが「アイラ、なんとかしてくれ……」と、窓口の隅で拝むように私を見ている。
(……やれやれ。肉は本物、でも味は偽物。……ルーク、出番よ)
私はカウンターの下で、待機していたルークの裾を引っ張った。
「ルーク。今すぐ資料室から『解体用の魔法具貸出名簿』を持ってきて。それと、倉庫に行って、この子が納品した時に使った『運搬箱』の魔法結界に、異常な冷気の残留がないか確認して」
「え、あ、はい! 行ってきます!」
ルークを走らせながら、私は再びボルドー卿に向き直る。
ここからは、カスタマーサポートの真髄。
「何が起きたか」ではなく、「なぜ起きたか」を、窓口という聖域から一歩も動かずに特定する作業だ。
「ボルドー様。……貴方様の一流の舌が検知したその『違和感』、私が責任を持って、原因を究明させていただきます」
私はペンを走らせる。
この「美味しいお肉」の裏に隠された、地味で、かつ致命的な「バグ」を暴き出すために。




