第3話:クレーム処理の極意
3/31 加筆改稿
「……ふ、ふざけるな! その血まみれのナイフと金袋が、俺のものだって証拠がどこにある!? 誰かが勝手に俺の泊まってる宿のゴミ箱に捨てただけだろ!!」
ルークが叩きつけた決定的な物理証拠を前にしてもなお、ガイルは窓口のカウンターを激しく叩き、首に青筋を立てて絶叫した。
証拠を突きつけられた人間が、逃げ場を失った時に取る行動のパターンは、いつの時代も、どの世界でも決まっている。
――逆ギレ、責任転嫁、あるいは論点のすり替え。
前世のコールセンターで、自身の非を棚に上げて「おたくの態度が気に入らない!」と喚き散らす【悪質クレーマー】たちと、一言一句違わぬ全く同じ反応だ。
私の視界では、彼の周囲に立ち込めていた「恐怖の青」が、今や理性を失った「自暴自棄の赤」へと混ざり合い、どす黒く発火していた。
(……はい、見事に怒りのボルテージが頂点に達しましたね。ここからは、相手を論理の土俵に引きずり下ろすための『ガス抜き』と、逃げ道を完全に塞ぐ『クロージング』の時間よ)
「お声を荒らげないでください、ガイル様。……周りのお客様のご迷惑となります(冷静かつ平坦な指摘)」
私はあえて表情を一切変えず、声のトーンをさらに一定に保った。
激昂する相手のペースに呑まれ、釣られて声を荒らげるのは三流のオペレーターだ。
一流のSVは、氷のような静寂と絶対的な事務対応で、相手の熱を急速に奪い取る。
「このダガー(短剣)が、昨日あなたがギルドの購買部で研ぎに出した『予備の武器』と同一の製造番号であることは、既にこちらの台帳で照合済みです。さらに、ルークが宿のゴミ箱からこれを回収した際、宿屋の主人から『昨晩遅くに帰ってきたガイルが、慌てた様子で重いものを捨てていた』という裏付け(ログ)も取れています」
「そ、それは……! それは、テオの遺品だ! あいつの血がついたものを持っていたら、悲しみで胸が張り裂けそうだったから、整理して捨てただけで……!」
「整理するべき大切な相棒の遺品を、なぜギルドに報告もせず、宿の裏の生ゴミに紛れ込ませて捨てる必要があったのでしょうか?(質問による誘導)」
「うるさい、うるさい! 俺はオーガに襲われて混乱してたんだ! 何をどう捨てたかなんて、いちいち覚えてねえよ!!」
ガイルの言葉は、もはや支離滅裂なノイズになり始めている。
私はここで、前世の過酷な営業部門で培った、相手を心理的に制圧する最強の武器【イエス・セット(同意の連続獲得)】を展開する。
相手が「はい(イエス)」と答えざるを得ない、絶対に否定できない事実を重ねることで、心理的な逃げ道を塞ぎ、最後の致命的な質問に対する「ノー」を封じるのだ。
「ガイル様。あなたは亡くなったテオ様と、五年以上の付き合いでしたね?」
「……ああ、そうだ」
「あなたは彼を相棒として深く信頼しており、彼もまた、あなたを信じて背中を預けていた。そうですね?」
「……当然だろ」
「それほど信頼していた相棒が、自分を庇って死んだのです。あなたは今、一刻も早くこの金貨十枚の弔慰金を受け取り、故郷で待つ彼の幼い妹君に送り、手厚い供養をしてあげたいと心から願っている。……お間違いありませんね?」
「当たり前だ!! だから、いちいち疑ってないで、早くこの手続きの書類を受理しろと言ってるんだ!!」
三つの「イエス」。
これで彼は、自ら「自分はテオを大切に想う善良な相棒である」という設定を完全に固定され、私の言葉を否定できない心理状態に追い込まれた。
私は、顔面に僅かに残していた営業スマイルを完全に消去し、一〇〇%の『クレーム処理・威圧モード』へと切り替える。
声のトーンを限界まで下げ、腹の底に響くような、地獄の底から這い出るような低音で、彼に引導を渡す。
「――では、なぜ」
私は、彼が先ほど提出した【弔慰金・特別保険金申請書】を、スッとカウンターの上に滑らせた。
「あなたは、相棒の妹に送るはずのこの申請書の振込先(口座情報)に。……王都の裏路地で高利貸しを営む、『黒サソリ商会(あなたの借金先)』の口座番号を書き込んでいるのですか?」
ギルドのフロア全体が、まるで時が止まったかのように、完全に水を打ったように静まり返った。
ガイルの顔から、最後の一滴まで血の気が失われる。
「……あ、が…………っ」
「昨晩の二の刻。あなたが一人で王都へ逃げ帰ってきた直後、裏路地で借金取りと接触し、『明日にはギルドから金貨十枚の保険金が入るから待ってくれ』と懇願していたという、複数の目撃情報も挙がっています」
私は、一歩も動かずに、彼が犯したおぞましい罪の全貌を論理で組み上げる。
「テオ様は、あなたの借金を返済するために殺されたのです。それも、オーガなどではなく、彼が最も背中を預けていた『あなた自身』の手によって。……先ほど、あなたが『右腕から食べられた』と不自然な嘘を吐いたのは、あなたが彼の背後から、利き腕とは逆の右側をそのダガーで刺したという事実を、無意識に隠蔽しようとしたからですね?」
私の目に見えるガイルの色が、怒りの赤から、完全なる「絶望の灰」へと染まり切った。
彼の口元から発せられていた声の波紋が、プツリと完全に途切れる。
言い逃れをするための嘘を重ねる気力さえ、私の完璧な論理の包囲網によって完全に奪い取られたのだ。
「……あ……ああ、ああああああああああッ!!」
ガイルはその場に膝から崩れ落ち、頭を抱えて獣のような悲鳴を上げた。
その直後、私がカウンターの下のボタンで密かに要請していたギルドの警備兵たちが到着し、彼を両脇から乱暴に拘束して引きずっていく。
「違う……! 俺は悪くない! 金が……借金取りが殺すって脅すから、仕方なく……!! テオだって、俺のためなら命くらい……!」
最後まで醜い責任転嫁の言葉を吐き散らす元・冒険者の背中を、私はただ冷ややかな目で見送った。
「……不正な保険金請求、および殺人事件へのステータス変更を確認。これにて、本件の対応を完了いたします」
騒動が収まり、警備兵に連行されていくガイルを見届けた後、ギルドに再び日常の平穏(と、新たな噂の種)が戻ってくる。
「ふぅ……。処理完了。……ルーク、お疲れ様。後でこれ、地下の保管庫と証拠品リスト(データベース)に戻しておいて」
「ア、アイラさん……すごすぎますよ。窓口から一歩も動かないで、あんな……殺人犯の嘘を全部見破るなんて……!」
ルークが、まるで神でも見るかのような、尊敬と畏怖が完全に混ざり合った目で私を見つめている。
私は小さく肩をすくめ、カウンターに突っ伏して今すぐ眠りにつきたい衝動を必死に抑え込んだ。
(……あー、疲れた。最悪。余計な論破のせいで、十二分も業務が長引いちゃったじゃない。前世なら、即座に労基署に駆け込んで『昼休憩の侵害』で訴えるレベルのコンプライアンス違反よ)
時計の針を見上げる。現在時刻、十一時五十五分。
私のターゲットである『極厚ローストビーフの特製クロワッサンサンド』の限定二十個の枠に滑り込むには、今すぐここからダッシュしなければならない。
手柄はすべて「ルークの足を使った捜査のおかげ」として報告書を切らせるつもりだ。私はただの「正確で少し冷たい、一歩も動かない受付嬢」であればいい。目立って昇進し、管理職になって残業が増えるのなど、死んでも御免だ。
私が昼休憩の札をカウンターに叩きつけようとした、まさにその時。
二階の執務室から、ギルドマスターのバーンズが、顔中から滝のような冷や汗を流しながら、私の窓口へと転がり込んできた。
「ア、アイラ君……! 実に見事だった。君のその素晴らしい対応力を見込んで、折り入って、本当に折り入って相談がある……!」
「……嫌な予感しかしないのですが。マスター、手短にお願いします(AHTは十秒以内です)」
「今度は、王都の一等地にお住まいの高位貴族様から、『ギルドに発注して取り寄せたドラゴンの肉が、昨日のものと味が違う! 偽物だ!』という猛烈なクレーム(VIP対応)が入っていてな。……ぜひ、我がギルド最高の窓口である君に、担当を代わってほしいと……」
「…………」
私は深く、深く、マリアナ海溝よりも深いため息をついた。
そして、手元の引き出しから魔導計算機(電卓)を取り出し、パチパチと無表情に数字を叩き出して、その液晶画面をマスターの顔面に突きつけた。
「マスター。……今回の件、本日の昼休憩を完全に保証(シフト変更)した上で、残業代三倍の特別手当と、明日の『一時間遅刻の権利』を承認しないのであれば。私、今すぐこの窓口に辞表を叩きつけて、永遠に退勤しますけれど?」
「わ、わかった! わかったから! その絶対零度の目で私を睨まないでくれぇぇ!」
マスターの悲鳴と完全降伏のサイン(署名)をもぎ取った私は、電卓をしまい、再び、完璧な角度の『営業用スマイル』を顔面に貼り付けた。
「ご決裁、ありがとうございます、マスター。……では、次のお客様、どうぞ。……最高のおもてなし(論破)を、こちらの窓口にて承ります」
幻のローストビーフ・クロワッサンサンドへの未練を腹の底に押し込みながら。
鉄の受付嬢の理不尽な戦いは、今日もまた、この一歩も動かない聖域で続いていく。
短編『ギルドの受付嬢はうごかない 』を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!
窓口から一歩も動かずに事件を解決するアイラの物語、いかがでしたでしょうか。
今回は「保険金詐欺」という比較的(彼女にとっては)初歩的な案件でしたが、実はギルドの窓口には、まだまだ「貴族の遺産トラブル」や「勇者パーティの内部崩壊」といった、現場に出るよりもよっぽど泥沼で面倒な相談が山積みです。
「アイラの毒舌(営業トーク)をもっと聞きたい!」「窓口から動かない安楽椅子探偵スタイルが面白い」と思っていただけましたら、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価をいただけますと、執筆の大きな励みになります!
皆様の評価やブックマークという名の「残業代」が多ければ、遠くないうちに連載版として、アイラのさらなる「窓口戦記」をお届けできるかもしれません。
応援のほど、どうぞよろしくお願いいたします!




