表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~  作者: ぱすた屋さん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/52

特別編前編:評価指標(KPI)は45秒

前編です



「……あと、十秒。九、八……」


 私は指先でデスクの端を軽く叩きながら、壁の時計と同期シンクロするようにカウントダウンを刻む。

 十七時ちょうど。この瞬間にギルドのシャッターを下ろし、私は「受付嬢」という仮面を剥ぎ捨てる。今夜の目的地は、駅裏に新しくできた串焼き屋だ。脂の乗った鶏もも肉を炭火で焼き上げ、冷えたエールで流し込む。その官能的な儀式まで、あと一歩。


「アイラさん! アイラさん、見てください! ついに来ましたよ!」


 背後から、期待に満ちた大型犬のような声が響く。私の完璧な退勤シークエンス(手順)を乱す不確定要素。相棒パシリのルークだ。

 振り向くと、彼は一枚の書状を掲げていた。


「『二級受付嬢・昇級試験』の通知です! これに合格すれば、僕の給料も上がります。そうすれば、いつもアイラさんに奢ってもらっているランチ代も、僕が……!」

「ルーク。今、何時だと思っているの?」


 私は営業用スマイルを完全にオフにし、温度のない声を向けた。


「えっ? あ、十七時ちょうどですけど……」

「そう。私の業務時間は終了したわ。あなたの個人的な吉報に付き合って、私の『鶏もも肉タイム』を五分削るコストがどれだけ大きいか、理解できているかしら?」

「す、すみません! でも、これ……!」


 差し出された書状を、私は指先でつまむようにして受け取った。

 ふむ。本部の監査官が直々に立ち会う実技試験か。ルークのような「やる気だけが空回りしている新人」には、いささかハードルが高い。


 私はデスクの引き出しから、一冊の分厚いログを取り出した。彼がこの一週間、窓口で対応した全案件の集計データだ。


「ルーク。あなたの現在の『平均処理時間(AHT)』は、一人あたり平均六分十五秒。……控えめに言って、ダイヤルアップ接続並みの鈍亀どんがめね」

「ど、鈍亀……。でも、僕は丁寧な対応を心がけているんです! 冒険者の皆さんの話をちゃんと聞いて……」


「それは『丁寧』ではなく、単なる『トークコントロールの欠如』よ」


 私はログを机に叩きつけた。


「いい? ギルドの窓口は懺悔室でもなければ、酒場でもない。あなたが一人に時間をかけるほど、後ろに並んでいる冒険者たちの『待ち時間キュー』は積み上がり、彼らのストレス値は指数関数的に増大する。それは最終的に、ギルドへのクレームという名の毒となって私に降りかかるのよ」

「うっ……」

「今回の試験、合格ラインは『標準的な処理』となっているけれど。……私の下で働いていて、そんな低次元な目標を掲げることは許さないわ」


 私はルークを窓口の内側に立たせ、冷徹に告げた。


「目標KPI(重要業績評価指標)を設定します。一人あたり、正確に四五秒ジャストで捌き切りなさい」


「よ、四五秒!? 無茶ですよ、挨拶してギルド証を預かるだけで終わっちゃいます!」


「だから『スクリプト』が必要なのよ。……座りなさい。今からあなたの脳に、無敵の対話台本をインストールするわ」


 そこからの三日間、ルークにとっての地獄が始まった。

 私は窓口から一歩も動かず、彼に徹底的な「型」を叩き込んだ。


「違う。今の相槌は長すぎるわ。バックトラッキングは語尾の二語だけでいい。相手が自慢話を始めたら、このタイミングで『左様でございますか。ところで、こちらの書類ですが』と遮断カットアウトしなさい」

「は、はい……!」

「声のトーンが低い。それでは相手に威圧感を与えるわ。周波数を五〇ヘルツ上げなさい。印鑑を突く角度は垂直から一ミリもずらさない。その一ミリのズレが、積み重なれば一秒のロスになる」


 私は【残響の波紋エコー・パルス】を発動させ、ルークの発する「声の色」を監視する。

 焦燥のオレンジ、疲労のグレー。だが、徐々に彼の声には無駄なノイズが消え、透き通った「事務の色」が混じり始めた。


「いい? ルーク。事務職の美学は、一分の隙もない平均化レベリングにあるの。早すぎれば相手は『適当にあしらわれた』と不満を持ち、遅ければ行列が腐る。四五秒という針の穴を通すような精密操作こそが、プロの仕事よ」


 そして、試験当日。

 朝一番のギルドには、嫌な緊張感が漂っていた。

 審判員として現れたのは、王都本部でも「歩く規約集」と恐れられるシモン監査官。眼鏡の奥の瞳は、一切の妥協を許さない厳格さに満ちている。


 さらに悪いことに、今日の行列には、近隣でも有名な「話の長い老人」や「態度のデカい荒くれ者」たちが、まるで誰かに仕込まれたかのように並んでいた。


「……アイラさん」

 ルークが、震える手でギルド証を握りしめる。


 私は自分の窓口のシャッターを半分だけ開け、隣に座る彼に、聞こえるか聞こえないかの低音で囁いた。


「ルーク。私の指示スクリプトから一文字でも逸脱しなさい。……その瞬間に、不合格通知を待たず私があなたをシュレッダーにかけて、本日のゴミ回収に出してあげるわ」


「ひっ……! 頑張ります!」


 カチリ、と。

 監査官が懐中時計の蓋を開けた。

 開始のベルが鳴り響くと同時に、一人目の冒険者がルークの窓口へと足を踏み出す。


 さあ、ショータイムの始まりだ。

 私の定時退勤と、この子のキャリアを賭けた、一秒の狂いもない「事務的聖裁」の時間が。


(後編へ続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ