第22話:17時のシャットダウン:記録の修正完了
翌朝、08時00分。
極北の空は、昨夜の嵐が嘘だったかのように澄み渡り、地平線から昇る朝日が新雪を眩しく照らしていました。魔導列車の始発便が駅に到着する音が、静寂の中に響きます。
「……ふむ。始発の運行ログに遅延なし。私たちの撤収作業も予定通りです」
私はギルド極北支部のエントランスで、整然と並べられた荷物を確認していました。背後では、王都から急行した憲兵団によって、虚脱状態のジャイルズたちが次々と連行されていきます。彼らの名前はもはやギルドの公式名簿にはなく、ただの「未処理の不審者」として記録されていました。
「アイラさん! セレンさんが見送りに……!」
ルークが指差す先、ギルドの門扉に一人の少女が立っていました。
昨夜までの怯えた少女でも、復讐に燃える幽霊でもない。朝日を浴びて、正当な「セレン・アリス」としてそこに立つ彼女の手には、母から受け継いだマスターキーが握られています。
「……事務官さん。最後にお礼を言わせて。あなたがいなかったら、私は今もあの壁の中で、誰にも届かない声を出し続けていたと思う」
「お礼など不要です、セレン様。私はただ、データベースの『正規化』を行ったに過ぎません。……。それより、あなたにはこれから膨大な『相続手続き』と『身分証の再発行』という、復讐よりも過酷な事務作業が待っています。……。覚悟しておきなさい」
私の突き放すような言葉に、セレンは一瞬驚いた顔をし、それからこの三日間で初めて、子供らしい悪戯っぽい笑みを浮かべました。
「ふふ、そうね。……。でも、今の私なら大丈夫。ちゃんと『ログイン』して生きていくって決めたから」
彼女は小さく手を振って、ギルドの中へと戻っていきました。その足取りは、十年前の空白を埋めるように力強いものでした。
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【帰路:魔導列車の車内にて】
ガタゴトと揺れる車内。ルークは座席に深く沈み込み、泥のように眠っています。私はその横で、膝の上に広げた報告書の最終ページを書き進めていました。
「……さて。今回の『極北出張案件』に伴う超過勤務手当、および精神的苦痛に対する慰謝料の算定ですね」
私はペンを走らせ、ギルド長へ提出するための「特別報酬請求式」を端書きに記しました。
$$C = (H_{ot} \times R_{base} \times 1.5) + D_{psych}$$
> $C$: 合計請求額(Compensation)
> $H_{ot}$: 吹雪による強制拘束時間
> $R_{base}$: 基本時給
> $D_{psych}$: クレーマー(代理人)対応に伴う精神的磨耗係数
「……。よし。これに加えて、ルークへの『命がけのアーカイブ調査報酬』として、王都で一番高いパフェ三回分の経費を上乗せしましょう」
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【一週間後:王都ギルド窓口】
16時59分。
いつものように、王都本部の受付窓口。
私のデスクには、極北支部から届いた「正常に稼働中」との業務連絡(定期ログ)が届いています。セレンは無事に遺産を継承し、あの僻地を「冒険者のための憩いの場」に変えるべく、新しい事務員たちと奮闘しているようです。
「アイラさーん! 今日の分の書類、全部仕分け終わりました!」
ルークが誇らしげに報告に来ます。私は時計の針が頂点に重なるのをじっと見つめました。
「お疲れ様です、ルーク。……。一秒の誤差もありませんね。合格です」
「へへっ、ありがとうございます! ……。あ、そういえばアイラさん。例の特別手当、ギルド長が泣きながら承認したって聞きましたよ?」
「当然です。私の『定時』を奪ったのですから、それ相応のコストを支払っていただかなくては。……。さあ、業務終了です」
私は迷いなく受付のシャッターを下ろしました。
17時ちょうど。
世界がどれほど混沌に満ちていても、私の引いた「定時」という境界線だけは、今日も完璧な正解を刻み続けています。
「お疲れ様でした。……。ルーク、パフェの店、予約してありますよ」
「えっ! 本当ですか!? やったー!」
夕暮れの街へと歩き出す二人の影。
受付嬢アイラの戦いは、明日もまた、オンタイムで幕を開けます。
【完】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本当に今更なんですがミステリーものは描くの苦手です。
ミステリーにもなっていないかもしれませんね。
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また思いついたら投稿します。
次回もお楽しみに。




