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ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~  作者: ぱすた屋さん


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第2話:沈黙は金、残響は証拠

3/31 加筆改稿

「……以上が、俺が見たすべてだ。テオは、オーガの注意を引くために自ら囮になって、俺を逃がすために一人で立ち向かって……! ううっ、あいつは最高の相棒だったのに……!」


 ガイルは両手で顔を覆い、カウンターに突っ伏して号泣した。

 彼の「自己犠牲を伴う相棒の壮絶な死」というドラマチックな悲劇に、フロアにいた冒険者たちは完全に呑まれていた。

 中にはもらい泣きをしている若い僧侶や、ガイルの泥だらけの肩を叩いて「お前が生き延びたことが、テオへの一番の供養だ」と熱く慰めるベテラン戦士までいる。

 ギルド全体が、悲劇の生存者に対する同情と連帯感という、美しい感情で一つになっていた。


 ――しかし。窓口に座る私の視界だけは、全く別の地獄絵図を映し出していた。


 ガイルの言葉が発せられるたびに、彼の口元から吐き出される【残響の波紋エコー・パルス】。

 それは、同情を誘う言葉とは裏腹に、どす黒く濁りきった『欲の黄色』と、底知れぬ『悪意の赤』が混ざり合った、ヘドロのような極彩色だった。それが霧のように窓口周辺に充満し、私の嗅覚すらも錯覚で汚染しそうになる。


(……この色の濃さと淀み具合。単なる見栄や虚勢の嘘じゃないわね。明確な『殺意』と、他人の命を金に換算する『強欲』。……間違いなく、自らの手で相棒を処理した人間の色よ)


 私は手元の『弔慰金・特別保険金申請台帳』を開き、羽ペンをインク瓶に浸した。

 窓口の椅子から、一歩も動くつもりはない。ただの数センチすら腰を浮かせる必要はない。

 だが、前世の悪質クレーム処理専門部署で培われた、私のSVスーパーバイザーとしての「戦い」は、既に始まっていた。


「……ガイル様。お辛いところ大変恐縮ですが、円滑な弔慰金のお支払いのために、頂戴した証言の【事実確認ファクトチェック】をさせていただきます」


 私は、悲しみと労わりに満ちた『営業用スマイル・タイプB(共感モード)』を完璧に維持したまま、手元の羊皮紙にペンを走らせる。


「現場は、王都より西へ半日の距離にある『嘆きの谷』付近の森。時刻は昨晩の二の刻(深夜)。遭遇したオーガは一体。ガイル様は、テオ様が背後からオーガに強襲されるのを目撃し、テオ様の『逃げろ』という言葉に従って、そのまま王都へ撤退された……。いただいた証言ログは、以上でお間違いありませんか?」


 私は、コールセンターの基本技術【バックトラッキング(オウム返し)】を展開した。

 相手が話した内容を、要約してそのまま返す。これは「あなたの話をちゃんと聞いていますよ」という安心感を与えるための基本スキルだが、詐欺師やクレーマー相手には全く別の意味を持つ。

 『あなたが語った嘘の設定を、ギルドの公式記録として完全に固定ロックしました。もう後戻りも、証言の変更もできませんよ』という、逃げ道を塞ぐための呪い(バインド)だ。


「あ、ああ、間違いない……。あの血走ったオーガの目と、恐ろしい咆哮が、今も耳に焼き付いてる……。テオの悲鳴もな……」


 ガイルが震える声で答える。その声に、またドス黒い「黄色」が混じる。

 嘘をつく人間は、証言をまとめられると「自分の嘘が薄っぺらく聞こえないか」と不安になり、自分の嘘を補強しようとして、聞かれてもいない『余計な情景描写(設定)』を付け加える悪癖がある。


「左様でございますか。……」


 私はここで、スッとペンを止めた。

 そして、顔を上げ、ガイルの目を真っ直ぐに見つめた。

 口角は僅かに上げたまま、瞬きを一切せず、ただ無言で彼を見つめ続ける。


 一秒。二秒。三秒。

 フロアは喧騒に包まれているというのに、私と彼を隔てるカウンターの上だけが、まるで真空の空間に放り込まれたかのように静まり返った。


 五秒。……八秒。


 これが、コールセンターのプロが用いる尋問術【戦略的沈黙タクティカル・サイレンス】だ。

 通常の通話において、無音状態デッドエアは重大なサービス違反だが、追及の場面では最強の武器となる。

 人間という生き物は、沈黙に耐えられない。特に、後ろ暗い嘘をついている人間は、相手の無言を「自分の嘘が見透かされているのではないか」と勝手に深読みし、膨れ上がるプレッシャー(空白)を埋めるために、自ら致命的な情報を喋り出してしまうのだ。


「……な、なんだよ。早く手続きを進めてくれよ! 俺は疲れてるんだ!」

「…………(さらに三秒の完全な沈黙)」

「……あ、あ、そういえば! オーガの奴、テオの『右腕』を真っ先に食らいやがったんだ! 丸太みたいな太い腕で、テオが剣を持っていた右腕を、ボキッと……! あの無残な光景、思い出すだけで吐き気が……!」


(……はい、見事に釣れたわね)


 私は心の中で、冷酷な勝利の笑みを浮かべた。

 ガイルは沈黙の圧力に耐えきれず、自分から「誰も尋ねていない、致命的に詳細な情報バグ」を差し出したのだ。


「右腕、でございますね。……貴重な証言、感謝いたします。ルーク、ちょっと来て(おいで)」


 私はカウンターの下で息を潜めていた新人職員のルークを、指先だけで呼び寄せた。

 彼は私の『SVとしての冷気』を肌で感じ取っているのか、小動物のように震えながら小走りでやってきた。


「は、はい! アイラさん、何でしょうか!」

「ルーク。今すぐ地下の第三保管庫へ行って、『過去三年のオーガ被害における死体損壊パターンと生態データ』のファイルを持ってきて。それと……」


 私はガイルには聞こえないよう、ルークの耳元で極小のウィスパーボイスを紡ぐ。


「昨日、ガイルさんが王都へ戻ってから泊まった『豚の尻尾亭』の裏のゴミ箱を、ギルドの清掃権限(という名目)で直ちに調べてきて。……彼は昨晩の深夜に王都に着いたはずなのに、なぜかギルドの開門(朝九時)まで報告に来なかった。その『空白の数時間』に、不自然に捨てられた『重い金属』か『血のついた布』がないか確認してね。……走って。三分で戻ってきて(SLAは三分よ)」


「えっ、ゴミ箱!? ぼ、僕がですか!? あ、はい! ただちに行ってきます!」


 ルークが風のような速度でギルドを飛び出していく。パシリとしての機動力レスポンスだけは一級品だ。

 彼を見送りながら、私は再びガイルに向き直り、極上の営業スマイルを向けた。


「少々、照合作業にお時間をいただきます。何しろ、お支払いする弔慰金は金貨十枚という大金。ギルドの共有財産から拠出されるものですから、コンプライアンス(法令遵守)および、品質保証(QA)の観点から、厳格な審査が必須となっております」


「な……コンプラ……? QA? 何だそれは! 俺を疑ってるのか!? 俺が嘘をついて、金目当てで相棒を売ったとでも言いたいのか!!」


 ガイルがカウンターを力任せに叩き、唾を飛ばして怒鳴り散らす。

 ふふっ、いい傾向だ。「過剰な怒り」は「図星を突かれた焦り」の裏返し。

 前世で何千回と対応してきた「自分の不正を棚に上げて逆ギレする悪質クレーマー」の、全く同じ第一声テンプレートである。


「滅相もございません。ご遺族に正しくお金をお渡しするための、必須のプロセス(手順)でございます。……ただ、先ほどガイル様が自ら付け加えられた『右腕から食べられた』という詳細な証言が、少々気になりまして」


 私は窓口の椅子から一歩も動かず、手元にある別の分厚い台帳——冒険者登録名簿のページを、指先だけでパラリとめくった。


「当ギルドのデータベースによれば、お亡くなりになったテオ様は『左利き』。剣も盾も、通常とは逆の構えをされるサウスポーの戦士でしたね。……王都の生態系データにおいて、オーガという魔物は非常に獰猛ですが、同時に『獲物の最も危険な部位(武器を持っている手)』を本能的に認識し、真っ先に狙い打つ習性があります。もしガイル様のご記憶が正しいのであれば……」


 私はそこで言葉を切り、ガイルの目を真っ直ぐに射抜いた。


「オーガは、わざわざテオ様の武器を持った利き腕(左腕)を避け、全く脅威ではない逆の『右腕』から綺麗に食べたことになりますが。……野生の魔物が、そのような不自然な(非合理的な)捕食行動をとるとお考えですか?」


 ガイルの顔から、さぁっと血の気が引いていくのがわかった。

 先ほどまで彼から噴き出していた「欲の黄色」が、今や明らかな「恐怖と焦燥の青」へと急激に変色し始めている。


「そ、それは……! 俺の記憶違いかもしれない! 夜で暗かったし、混乱してたんだ! 左腕だったかもしれない!」

「左様でございますか。深夜の暗闇の中で『右腕がボキッと折れる光景』を鮮明に目撃したという、先ほどの自信に満ちた証言ログとは随分と食い違いますが」

「う、うるせえ! 俺は疲れてるんだ! とにかく手続きを……!」


「あ、アイラさんッ! 戻りましたっ!! 」


 ガイルが怒号を上げようとしたその瞬間。

 息を完全に切らし、肺からヒューヒューと音を立てながら、ルークが小さな麻袋を手に窓口へと滑り込んできた。


「アイラさんの言う通りでした! 『豚の尻尾亭』の裏のゴミ箱の底に、これ……!」


 ルークが震える手でカウンターの上に置いたもの。

 それは、オーガの爪痕などではない、鋭利な刃物でつけられた真新しい血糊がこびりついた『一振りのダガー(短剣)』と、ずっしりと重い『テオのネーム入り金貨袋』だった。


 それを見た瞬間、ガイルの喉の奥で「ひっ」という短い悲鳴が鳴り、呼吸が完全に停止した。


「……さて、ガイル様。これ以上の手続き(処理)を進める前に、少しだけおヒアリングの時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」


 私は、声のトーンを先ほどの「ミ」の音から、さらに三音、一気に急降下させた。

 顔面から「悲痛な生存者を慰める営業用スマイル」が完全に剥がれ落ちる。


 そこにあるのは、数々の悪質な詐欺師やクレーマーの嘘をデータと論理で解体し、完膚なきまでに絶望させてきた、コールセンターの絶対的支配者——【鉄のSVスーパーバイザー】の冷徹な素顔だった。


(さあ。私の至高のローストビーフ・クロワッサンサンドの時間を奪おうとした罪、その身をもって後悔ログアウトさせてあげるわ)


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