交錯する想い
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風渡る道で、西日を背にした颯手が身構える。
得物こそ持っていないが、その姿は妙にサマになって見えた。戦闘訓練の賜物か、はたまた能力が与える力の成せる業なのだろうか。
零仁と颯手の間には、鹵獲品を手にしたまま固まった新治がいる。彼我の距離は、10mもない。
(相手はひとり、最高のチャンスじゃねえか! ここで颯手を喰えば、最上位級能力が手に入る……!)
じりりと距離を詰めようとした時、心が疼いた。
砦の門での出来事が思い起こされる。唯一庇ってくれたのが、目の前にいる颯手だった。
心の中の誰かが、『行くな』と言っている。そんな気がした。
(行くんだ……っ! どのみち、ここで颯手を殺らなきゃ……)
「颯手さん、どうしてここに……。【星眼の巫女】じゃなにも……」
迷いを振り切って走ろうとした時。
新治が、ぽつりと言った。先ほどの素っ頓狂な声は、いきなり現れたように見えたことが原因らしい。
だが対する颯手は、構えを崩さずに口を開く。
「どうでもいいでしょ。いいから、おとなしく投降して。何があったのかはなんとなく分かるから、バルサザールさんには私から話して……」
颯手の注意が、零仁から新治に逸れた。その機を逃さず、無言で走り出す。
「なっ……⁉ 祓川くん、止まって……!」
颯手の掌から、白く渦巻く風弾が撃ち出される。魔法詠唱の破棄――転移人の特権である。
零仁は立て続けに迫る風弾をステップで躱しながら、またたく間に距離を詰めた。颯手の端正な顔立ちが、はっきりと見える。
「は、速……っ!」
驚きに染まった颯手の目を、ひたと見た。
「【強迫の縛鎖】!」
瞬間、颯手の身体がびくりと強張った。
先ほどの貴船と同じく、動かしたくても動かせない、と言わんばかりに小刻みに震えている。
「な、なん、で……能力、を……っ! しかも……【強迫の縛鎖】、私には……効かない、はず……な、のに……っ!」
(やっぱりな……喋れるけど、かかってはいる! ”格下”ってのはそういうことか……っ!)
――【強迫の縛鎖】が効くのは一度にひとり、しかも格下のみ。
気になっていたのは、”格”の定義だった。仮に能力の等級だけで”格”が決まるなら、中位級能力を持つ貴船に、下位級の【強迫の縛鎖】が効く道理はない。このことから想定できるのは等級を覆す要素があるか、複合的な要素で決まっているかだ。
(”格”、ってのは……そいつの身体能力や魔力に、能力の等級やら性能やらを合わせたもん……! これなら、筋が通る……!)
【遺灰喰らい】にはなにかしらの条件で、累積した身体補正を付与する力が備わっている。五人もの転移者を吸収した今なら、最上位級能力を持った相手でも通用するのではないか――。そう考えたうえでの博打だったが、どうやら勝つことができたらしい。
(ここまでだっ……!)
また、心が疼いた。疼きは悪寒に変わり、全身に行き渡る。動きが鈍るのが、はっきりと分かった。
(それでも、殺る……っ!)
短剣を握る右手に、力を込めた時。
「……やめてっ!」
不意に後ろから左腕を引っ張られ、思わずつんのめった。
見れば新治が泣き出しそうな顔をしながら、両手で零仁の腕を掴んでいる。
「おい、なんのマネだっ⁉ 今、颯手を喰えば……っ!」
「祓川くん……だめっ……!」
「ええいクソッタレ……ッ! 離せえっ!!」
縋りついてくる新治の手を、力任せに振りほどく。
だがその時、颯手の口がわずかに動いた。
「……清らかなる風よ、我が身を縛りし不浄を吹き散らせっ! 浄化微風ッ!」
颯手の身体を、微かな光を湛えた風が包みこむ。転移人による呪文詠唱は、魔法をより強化する――。
身体の自由を取り戻した颯手が大きく跳んだ。そのまま零仁たちから大きく離れた、間道の真ん中に着地する。目が見える距離でなければ、【強迫の縛鎖】は発動しない。能力の性能を理解しているからこそできる判断だ。
(風の強化魔法……! しかも回復魔法まで使えんのか! 最上位級様はなんでもアリかよクソッタレッ!)
「【音速剣刃】!」
間髪入れずに、手にした短剣から白雲の弧を放つ。
颯手はふたたび驚きの表情を浮かべたが、慌てず騒がず右手を突き出した。
「烈風刃矢ッ!」
颯手の右手から放たれた翠色に渦巻く烈風が、白雲の弧とぶつかり合って消滅する。
(もう一回だ……! 【強迫の縛鎖】が入れば、勝てる……!)
「もうやめて、祓川くんっ!」
距離を詰めようとすると、ふたたび新治が腕を引っ張った。
「さっきから何なんだよ、テメエはっ⁉ ここまでに殺した級友と何が違うっ⁉」
「ダメだよ、祓川くんは……颯手さんだけは……」
「颯手だって同じだッ! 何もしなかったことに変わりは……!」
「……庇ってくれたじゃないっ! それに……」
新治は泣き出しそうな顔で、言葉を紡ぐ。
「颯手さんのこと、好きなんでしょッ⁉ ずっと見てたの知ってるんだから……! 颯手さんだって……!」
疼きを感じていた部分に、新治の言葉が突き立った。
見れば颯手も、構えていた右手を下ろしている。心なしか頬が赤いのは、西日の具合だけではない気がした。
(は……? 颯手、なんで……?)
「祓川くん……自分の顔が見えてないから、そんなこと言えるんだよ……。今、ひどい顔してる……」
穏やかな、風が吹いた。
零仁も颯手も、動かない。新治がすすり泣く声だけが、夕暮れ時の穏やかな空気に消えていく。
「もう、やめよう……? 颯手さんまで殺したら……祓川くん、ダメになっちゃうよ……」
腕にしがみついた新治の、身体の柔らかな感触とぬくもりを感じる。
呆然としていると、颯手がゆっくりと零士たちに向かって歩いてきた。頬を赤らめた顔に、敵意は見えない。
「ねえ、祓川くん……。今の、貴船くんの能力だよね? さっきのは荒木教官の能力だし……一体、何なのっ⁉ 新治さんを探してた人たちを、一体どうしたのっ⁉」
先ほどまで感じていた疼きは、まだしこりのようになって残っている。
今ここで、颯手に刃は振るえない。そんな気がした。
「殺して……全部、喰った」
「えっ……? それ、って……?」
戸惑いの表情を浮かべる颯手に言い捨てて、荒木が乗っていた黒馬にまたがる。
【騎乗の極意】の能力のおかげだろうか。まるで幼いころから馬に乗っていたかのように、あっさり跨ることができた。
すると新治も、そそっと馬のほうに歩いてくる。鹵獲品も食料が入ってそうな背嚢だけ持ってきているあたり、ちゃっかりしている。
「颯手さん。わたし、もう戻る気はありません。バルサザールさんや級友には、新治は見つからなかったって伝えてください」
「新治さん……。ねえっ、みんなで一緒に戻ろうっ⁉」
新治を馬上に引っ張り上げたところで、颯手が声を張り上げた。
「祓川くん、もう能力使えるんでしょ? だったらさ、それをバルサザールさんに説明しようよ! その、ちょっとすれ違いはあったかもしれないけど……私も一緒に話すからっ!」
「……ふざけるな」
馬上から颯手を見下ろしながら、傲然と言い放つ。
「お前たちが俺にしたことは、絶対に忘れない。どうせ口止めしたって無駄だろうから、ついでに伝えておけ」
言いながら手綱を捌いて、馬首を巡らせた。振り向きざまにもう一度、颯手の顔を見る。
「級友、全員……俺がこの手で殺してやるッ!」
「祓川くんっ! 待って……っ!」
颯手の声を振り切って、馬を走らせた。二人を乗せた黒馬は、朱の空の下を東へと駆けていく。
少し走ったところで、ちらと後ろを振り向いた。西日の中に浮かぶ颯手の影は、動かずに零仁たちを見つめているような気がした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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