夜風に誓う【里緒菜】
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その日の夜――。バルサザール公爵領、ダリア砦。
里緒菜は級友たちとともに、砦の最上階にある指揮官室でバルサザールに面会していた。
「殺した転移者の能力を……奪う、ですと……ッ⁉」
バルサザールの震えた声が、室内に響き渡る。
新治探索の部隊に合流しようと出撃し、零仁と新治と遭遇した一部始終を話し終えての今である。
(ま、事実とはちょっと内容違うけど。追放とかされたくないしね)
心の中で、舌を出す。
なにせ本当は、遠視魔法で荒木や貴船たちとの戦闘を見届けた後、強化魔法による高速移動で零仁たちの目の前に滑り込んだのだ。
最初は恩を着せるため、零仁たちが追い込まれた時を見計らって割って入る算段だったが、逆に貴船たちが返り討ちにあうとは思ってもみなかった。
ともあれバカ正直に話した日には、いくら最上位級でも追放されかねない。野垂れ死にはさすがに御免だ。
「バカな、そんな能力は聞いたことがない……。第一、石板は何も……」
口調が変わっているバルサザールに向けて、横に控えていた侍従が口を開く。
「閣下、僭越ながら……。今の【業嵐の魔女】殿のお話からすると、彼の者の能力は、転移者を殺した時に初めて発現するものだったのでは?」
年頃は、里緒菜たちより少し下だろうか。昼間に訪れた時、バルサザールの治療をしていた侍従だ。なんでも名をアンドリアスといい、バルサザールの次男坊らしい。
その言葉を聞いた庄山地咲が、わざとらしくポンと手を打った。
「あ~なるほど? まだ発現してなかったから石板に引っかからなかっただけ、ってオチ?」
「……賢しげなことを言うな、アンドリアスッ! そんなことは分かっておるわっ!」
父親の一喝に、アンドリアスが小さくなって押し黙る。
状況から見ても正論なのだが、今のバルサザールにはそれを汲み取る余裕すらないらしい。
己の態度が変わっていたことに気づいたのか、バルサザールは大きなため息をついた後に口を開いた。
「未だ信じられませんが……。以降、彼の者を【遺灰喰らい】と呼称します」
二つ名は、能力を持つ転移人の証。これでバルサザールは、零仁を能力保有者として認めたことになる。
一瞬落ちた沈黙を逃さず、里緒菜はすかさず口を開いた。
「私は、祓川くんに戻ってきてもらうのがいいと思うんです。おそらく荒木教官を含め、殺された人たちの能力は彼が持ってます。戻ってきてもらえれば……」
「……【業嵐の魔女】殿。無断出撃の件は、情報を持ち帰った功を以て不問としましょう。ですが、それとこれとは話が別です」
バルサザールが、いつもの厳めしい表情を里緒菜に向けた。
「彼の者の我々に対する敵意は明らかです。引き入れたところで、害を為すだけでしょう。なにより……我が麾下の者を手にかけたのです。下手に出ては、私の沽券に関わります」
(いやあんた、自分の勘違いを認めたくないだけでしょっ⁉)
「そうだぜっ! 級友を手にかけるヤツなんざ、信用できるかよっ!」
さらに言い募ろうとした時、脇にいた小柄な男子が喚き立てた。
田中宏伸――。
舘岡ほか、カースト上位勢の太鼓持ちをしている男子である。今の一言も、バルサザールという長いものに巻かれての発言だろう。
(田中はうるさいッ! 級友って言いたいだけでしょ⁉ 上位級能力を引き当てたからって、バカがこういう場に出てこないでよね……ッ!)
そんな中、珍しく沈黙を守っていた舘岡がずいっと前に出た。
「ヘッ……なんだって構わねえよ。オレが行って新治をとっ捕まえてくりゃいいだろ? ついでに祓川のヤツもぶっ殺してきてやるぜ」
「【遺灰喰らい】の対策はこちらで考えます。皆様におかれましては、引き続き戦闘訓練に傾注を……」
「……お言葉ですが、閣下。わたしは里緒菜の案に賛成します」
バルサザールの言葉を喰うようにして、腰まで届く黒髪ウェーブロングの女子が進み出た。青い長衣を纏った姿は、若き神官といった体の雰囲気を醸し出している。
楢橋波留――。
カースト上位の一角にして、里緒菜の小学校時代からの親友でもある。水属性の魔法に最上位の適性をもたらす最上位級能力、【波濤の聖女】の持ち主だ。
「新治さんを連れ戻すなら、わたしたち全員で謝罪して彼ごと仲間に引き入れるべきです」
「【波濤の聖女】殿、あまり私を困らせないでいただきたい。できぬ相談です」
「ですが今の話からすると、彼が新治さんを殺して能力を奪う可能性もありますよね。それを防ぐ意味でも、戻ってきてもらうのが最善じゃないでしょうか」
「ザッケンナコラァ! 平気な顔して級友を殺せるヤツに、頭下げられるかっ! オレが行ってブッ殺してやらあっ!」
なおも喚き散らす田中を、波留は冷たい視線で見つめた。
「元はと言えば、こちらの早とちりが原因でしょう? それに戦いになったら、人がたくさん傷つくの。クラスのみんなのためを思うなら、使えるものは使うべきよ。何も考えずに喚くだけなら黙ってて」
「んっ、ぐうぅ……っ!」
(おお~、さっすが戦傷者を近くで見てるだけあるっ! いいぞいいぞ波留~! 言ったれ言ったれ!)
波留は能力の恩恵で、高位の水の回復魔法を使いこなすことができる。それを買われて戦闘訓練の合間に、後送されてくる戦傷者の治療を手伝っているのだ。
「……何度も言わせないでください。前線を捨てるわけにはいかんのです。」
波留の意見が作った空気を、バルサザールの言葉がかき消した。
「旧王派の主力部隊が、我が領地の村々を拠点とすべく狙っているとの報告もあります。あなた方には疾く速く、前線に赴き支えていただきたい」
「ですが……!」
「訓練後の夜分にご足労いただき、ありがとうございました。戦闘訓練の速やかな修了を期待しております」
バルサザールはそう言うと、執務机に向かって書き仕事を始めた。話は終わった、という意思表示だ。それを見た級友たちは三々五々、部屋から出ていく。
ため息をついて部屋から出ると、波留がすっと横に寄ってきた。
「ごめん、力になれなくて」
「波留は悪くないよ。それに……」
「それに?」
「……ううん、なんでもない。おやすみ」
心配そうな親友に微笑むと、建屋から出て敷地内にある宿舎に向かう。
穏やかな夜風が吹いていた。零仁と新治を見送った時の風と、よく似ている。
そう考えた途端、先ほどの屈辱が沸々と蘇ってきた。
(なによ、あの新治……! 零仁くんのこと、分かったような口きいて……!)
殺されかけたことよりも。命を救われたことよりも。想いを見透かされたことよりも。
零仁の心を見透かしているかのような新治の言動が、癇に障った。
(私が……私が、先に好きだったのに……ッ!)
二人を呼び戻した後に新治だけ始末してやろうかと思ったが、これはこれで好都合だ。探し出して新治を始末し、教室にいたころの零仁を取り戻せばいい。
(零仁くんが好きになっていいのは、私だけなんだから……っ! 待っててね、零仁くん。必ず迎えに行くから……!)
想いよ届けと、夜空を見上げる。
先ほどまで寄り添うように渦巻いてくれた風たちは、今は静々とざわめくだけだった。




