殺し喰らいて
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夕焼けの色に染まりかけた西日を背にして、零仁は貴船の目を睨みつけた。
「【強迫の縛鎖】!」
奪ったばかりの能力を発動すると、瞬時に貴船の身体が強張る。
「が、っ……あ、っ……ああっ……!」
(よっしゃっ! 効いてくれたなっ!)
声を出すことすらできない貴船を見て、ほくそ笑む。
荒木から奪ったこの能力、色々と制約があると新治から聞いていたのだ。
『――【強迫の縛鎖】は強力だけど、一回に止められるのはひとりだけ、しかも同格以下の相手にしか効果がないんだって。実際、舘岡くんとか最上位級の人たちには、全然効いてなかったし』
(”同格”の縛りが謎な分、少し冷や冷やしたが……結果オーライッ!)
仮に【強迫の縛鎖】を先に手に入れた場合、真っ先に動きを止めたかったのが貴船だった。この男の剣腕と【音速剣刃】を封じてしまえば、相手の攻撃手段はかなり限定される。
(あとは、移動手段を封じるっ!)
零仁は、全身を使って飛び上がった。そのまま、未だ馬上で目頭を押さえている鐙谷めがけて、蹴りを見舞う。革靴の靴底は狙い違わず、鐙谷の側頭部にめり込んだ。
「ぎゃあんッ!」
鐙谷が、馬から転げ落ちてのたうち回る。どうせ殺して喰うのだ。男だろうが女だろうが、容赦はしない。
「貴、様ッ……!」
「調子に、乗るなあっ!」
視線を巡らせば、ようやく目眩から復活した兵士たちがボウガンを構えるところだった。光に驚いた馬を御せなかったか、二人とも徒歩立ちだ。
手にしていた短剣を、向かって右手の兵士めがけて投げつけた。短剣が兵士の喉笛を貫くと同時に、左手にいる兵士のボウガンから矢が放たれる。
「【影潜り】!」
直撃を予感して、影の中に潜り込んだ。たった今まで零士がいた空間を、ボウガンの矢がむなしく行き過ぎる。
「なに、っ……!」
くぐもって聞こえる兵士の声にほくそ笑みながら、兵士の影へと飛び移った。最初と同じ要領で影から飛び上がり、兵士の顔面に拳を振るう。
「ぐぎゃっ!」
悲鳴を上げた兵士の腰から長剣を引き抜き、喉に突き入れた。
動かなくなったのを見届けると、すでに馬から振り落とされた貴船に目を向けた。表情を変えることもできないのか、驚いた表情のまま震えている。
「さて、と……っ!」
目の前まで行き、貴船の喉笛を長剣で突いた。肉を貫く手応えとともに、貴船の目から生気が消えていく。
血とともに、灰が舞う。零仁は長剣から手を離すと、表情を変えぬ貴船の頭に右手を乗せた。
「……【遺灰喰らい】!」
ふたたび現れた灰色の紋が、貴船を頭から喰らっていく。
舞い散る灰と耳障りな音が消えた時、やはり脳裏に記憶の残滓が流れ始めた。
――目の前に、四足を戒められた猫がうずくまっている。視界の端には、竹刀の切先が見えた。
どうやら貴船が、竹刀でこの猫をいたぶっているらしい。
『――おらあっ! もっといい声で啼けよっ! もっと、もっとっ!』
『――ミャッアッ! ミャッ、ミャアアッ……!』
(クソッタレ……! 学校の敷地で野良猫の死骸が見つかって、問題になったことあったけど……貴船だったのかっ!)
記憶の残滓が溶け落ち――。どろりとした何かに変わった。
脳裏に、【音速剣刃】の名が浮かぶ。
ほくそ笑んだ時、視界の外で馬蹄の音が響いた。見れば鐙谷を乗せた馬が、西を指して駆け去っていく。
「祓川くんっ! 鐙谷さんがっ!」
新治の焦った声が聞こえる。
零仁は兵士の亡骸から短剣を抜き取ると、はるか遠くを走る鐙谷の馬に切先を向けた。
「……【音速剣刃】!」
声とともに短剣を振るう。刃から白雲の弧が飛び、走る馬の脚に命中した。馬がいななきとともに倒れる。鐙谷の身体が、街道脇の草むらに投げ出された。
無言で近づいてみると、鐙谷は身体をしたたかに打ったのか地べたを這いずり回っていた。蹴りを入れた側頭部は赤く腫れあがり、身体のいたるところに青痣ができている。いくつかの傷からは、うっすらと灰が出ているのが見えた。
「お、お願い……。ころ、殺さないで……。なんでも……なんでもするからぁ……っ」
「じゃあ、ひとつ聞きたい。お前、俺に何したか覚えてるか?」
追放された時、鐙谷は門の内側で騒ぎ立てる級友の群れの中にいた。黄色い声を上げて笑っていたのを、たしかに覚えている。
鐙谷は一瞬だけぽかんとした表情をしたが、すぐにふるふると首を振り出した。
「……あれはっ! あれは仕方なかったのっ! あそこで除け者にされたら、私……っ!」
必死に言い繕う土埃に塗れた顔を、冷たい目で見下ろす。
口の端を笑みの形に吊り上げながら、言葉を紡ぐ。
「ついでに、もうひとつ頼もうか。試したいことがあるんだ」
言いながら、鐙谷の左足首をむんずと掴んだ。
股を無理やり開かされるとでも思ったのか、鐙谷の表情が擦れた笑みに変わる。
「なっ、なに⁉ なんでも言って……! なんなら私のこと、好きにしてくれていい……!」
「そうかい。じゃあ……好きにさせてもらうぜ」
右手に持っていた短剣を、鐙谷の足に突き立てた。
傷口から、灰が舞う。
「いぎゃああああっ⁉ ちょっとっ、あんたあああっ……!」
「試してみたいことってのはなぁ……これだよっ! 【遺灰喰らい】!」
鐙谷の足をつかんだ左手に、灰色の紋様が出現した。
先ほどと同じように黒い灰を撒き散らし、耳障りな音を立てながら鐙谷の身体を引きずり込んでいく。
「いだだっだあいだいいだいいだいだいっ……!」
「ッハハッ、今まで頭からしか喰ったことなくてなあっ……! なるほど、身体のどこかに触れてりゃいいわけだっ!」
「いだだいだいいだいお願い止めていだいもうやめていやいやだいやだ……」
「……すぐに口が塞がらねえ分、静かにならねえのがネックだな」
言っているうちに、灰の紋が鐙谷の身体を喰らいつくした。脳裏に、鐙谷の記憶の残滓が浮かぶ。
――薄暗い部屋だった。視界が上下に揺れている。ロッカーが並んでいるところからして、更衣室らしい。
揺れる視界が、下のほうに移った。上半身に一糸まとわぬ若い男が、愉悦の表情を浮かべている。
『――この腰使い……っ! すっ、すごいよ鐙谷くんっ! キミの乗馬のセンスは、素晴らしいっ!』
『――アッ、ありがとうございますッ、コーチっ!』
――記憶の残滓が、爛れ落ちる。
脳裏に、【騎乗の極意】の名が浮かんだ。
(なにが【騎乗の極意】だ……。馬じゃなくて男に跨ってたんじゃねえか! 反吐が出るぜ……)
改めて周囲を見回すと、すでに空は茜色に染まりつつあった。新治の影に潜って待ち伏せたのを含めても、そんなに時間は経っていない。だが、妙に長い時間を戦いに費やしていた感じがする。
視界の隅では新治が、兵士の亡骸から鞄やら装備やらを剝ぎとっていた。馬は光や音に驚いたのか逃げ散っていたが、荒木が乗っていた黒い馬だけは残っている。
「新治、さっさとしろ。黒馬で逃げるぞ」
「んもうっ、ちょっと待っててよ! 携帯食とか持ってるかもしれないんだからっ! それに今日のところは、もう追手はこな……ええっ⁉」
新治が声を上げた時。その足元を、見えない何かが叩いた。
それが魔法で撃ち出された風だと察するのに、数瞬を要する。
「……動かないで」
聞こえてきた声に、思わず動きが止まった。
見ればいつの間にか、街道の真ん中に一人の女性が立っていた。白い肌、切れ長の目。風にたなびく黒髪のミディアムロングが、背にした西日の光を受けて照り映える。長衣の裾やキュロットスカートから伸びるすらりとした白い手足が、妙に艶めかしい。
知った顔だった。ずっと見ていたいとすら、想った顔。
「颯手……!」
「やっぱり、一緒だったんだね……祓川くん」
ぽつりと言った声に、颯手里緒菜は凛とした声で応えた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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