強襲
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太陽がだいぶ西に傾いた頃。
森を拓いて作られた街道を、新治はひとりで歩いていた。スクールバッグを重そうに肩にかけ、左手には鞘に入った長剣を杖替わりにして持っている。
その背後から、いくつもの馬蹄の音が響いた。
新治が後ろを振り返ると、四騎の騎馬が猛然と迫ってくる。
「ひ……っ⁉」
新治は顔を歪めて走り出すが、馬の脚にかなうはずもない。
騎馬たちはまたたく間に新治を追いこすと、道を遮るようにして止まった。
「止まれえ、新治っ! やっと見つけたぞぉう!」
先頭にいた四十がらみの革鎧を着た日本人が、ひらりと馬から降りる。
バルサザール公爵軍の戦闘教官、荒木だ。
「陣地脱走は重罪だぞおぅ! だがバルサザール公爵が、寛大にもお許しくださるそうである……! さあ、散歩は終わりだっ!」
濁声でまくしたてる荒木を前に、新治は毅然と首を振った。
「い、イヤですっ! わたし、もうあの場所には戻りませんっ!」
「なぁにぃ……⁉」
荒木は新治に詰め寄るなり頬をつかむと、ぐいと顔を上げさせた。
「折に触れて転移者の面倒を見てきたが……これだから学生のガキは好かんのだっ! オレが転移した頃はな、貴様のような甘ったれたガキは折檻で矯正されたものだ……!」
荒木はにやりと笑うと、新治の目をひたと見る。
「【強迫の縛鎖】!」
次の瞬間、新治の動きが止まった。
動かしたくても動かせない、と言わんばかりに、小刻みに震えている。
「往時の流儀をたっぷりと仕込んでやる……! 声が出ないのは残念だがなあっ……! 公爵の元にお戻しするのはそれからだっ……!」
荒木はそう言うなり、新治のカーディガンを引き裂いた。
ボタンが弾け飛んだブラウスが開けた時、馬の上から見ていた革鎧姿の女子――鐙谷瑤子の表情が、険しいものに変わる。
「ちょっと、乱暴しないであげてくださいっ! っていうか新治さん連れ戻すのが目的ですよねっ⁉」
「バカモノオッ! こういう生意気なメスガキはなあ、教育して分からせてやることが必要なのだっ! お前もよく見ておけえっ! これから戦場で嫌というほど目にすることになるのだからなあっ!」
「本気で言ってるの……⁉ 貴船くん、なんとか言ってよっ!」
鐙谷は肩越しに、自身の馬に相乗りしている天然パーマの男子――貴船将也に視線を向ける。
防具こそ鐙谷と同じ革鎧だが、剣道部という自信ゆえか制式の長剣ではなく、柄が長い片手半剣を帯びている。
しかし貴船は、ぼりぼりと頭を掻いたのみだ。
「いやあ、ほら……教官がああ言ってるし。いいんじゃね?」
貴船はそう言いながら、荒木の行いをいやらしい視線で凝視する。
その様を見た鐙谷は、大きくため息をついた。
「もう、最ッ低……!」
後ろに従う兵士二人も、よく見る光景と言わんばかりの表情である。
荒木が、新治のブラウスに手をかけた。新治がせめてもの抵抗とばかりに、目をキュッと閉じる。
その時――。
(……オーケー。最高の流れだ)
――零仁は、荒木の影の中から勢いよく躍り上がった。
現れたのは荒木の背後。ちょうど新治と荒木が立つ位置と、鐙谷たち馬に乗ったまま群れている位置の中間だ。
「はあ……っ⁉」
「お前、祓川……っ!!」
鐙谷と貴船の声が重なった、次の瞬間。
「【目眩の閃光】!!」
零仁は、能力を発動させた。
太陽が間近に生まれたかのようなまばゆい光が、あたりを包み込む。
「っがあっ⁉」
「キャッ⁉」
「うおっ、まぶし……っ!」
「目がっ、目がああッ!」
「ヒイイイインッ!」
突然の閃光に、色とりどりの奇声が上がった。馬たちが驚き、跳ね回る。
その声と光に、荒木が振り向いた。
次の瞬間。
「なんだ……ガハっ⁉」
零仁は、荒木の首筋に短剣を突き立てていた。
血が流れ出る傷口から、灰が舞う。
それを見た零仁はほくそ笑みながら、荒木の頭に左手を乗せた。
「……【遺灰喰らい】!」
左手から濃い灰色の紋様が広がった。そのまま荒木の頭を、ガリガリと音を立てて飲み込んでいく。
血の代わりとばかりに噴き出る黒い灰が、春先の空に舞う。
「なんだこ……れあががががが痛でででで……ッ!」
頭を半ばまで喰われた荒木の口から、言葉になっていない悲鳴が上がる。
(いいぞ、いいぞっ! 全部、うまくいった……!)
それを見た零仁は、作戦の成功を悟った。
脳裏に、新治とのやり取りがよみがえる――。
『――わたしを囮に使って。【影潜り】でわたしの影に隠れて不意打ちすれば、誰か一人は確実に殺れると思う』
『――同じこと考えてたよ。それしかねえな。【目眩の閃光】ぶちかましたら、あとは出たとこ勝負だ』
『――できれば最初は荒木教官がいいかな。【音速剣刃】は今の祓川くんなら避けられるかもだけど、【強迫の縛鎖】は目を見られたら終わりだから』
『――そこは流れ次第で変えるさ。荒木がダメなら、貴船を初手で確実に殺る。どっちかの能力が手に入れば、あとはこっちのもんだ』
『――貴船くんが乗ってる馬の手綱を握ってるのは鐙谷さんだろうから、すぐには動けないと思う。ただ逃がしちゃうと面倒だから、そこだけ気をつけてね』
『――なあ、新治。人を殺すの、怖くないのか?』
『――え、怖いよ? けど……あんな風に助けられちゃうとね。なんかもう、どうでもよくなっちゃった』
そう言って微笑んだ新治は今、半ばまで飲み込まれた荒木の対面で剣を抜いて構えている。
その姿は剣士というより、スリッパでゴキブリを叩こうとする主婦のようだった。しかし今は、それが妙に頼もしく思える。
(あの地味子に、こうまで言われちゃあ……!)
「てんめえこのっ、祓川……ァッ!」
振り向けば、いち早くめまいから立ち直った貴船が、馬上で剣を諸手で振りかぶっていた。
零仁はすでに下半身だけになった荒木の身体を、盾のように突き出す。
(こっちもやるっきゃねえよなあっ!)
「【音速剣刃】ッ!」
貴船が裂帛の気合とともに振るった剣から、白雲の弧が撃ち出された。
本来なら、零仁の身体を斬り裂く程度の威力はあるのだろう。だがその一撃は、荒木の身体から噴き出る黒い灰に遮られ、あっさりと霧散した。
「は、はあっ⁉ お、お前……それっ!」
貴船が戸惑う間に、荒木の身体が紋様の中に飲み込まれた。
やはり、脳裏に記憶の残滓が浮かぶ。
――どこかの村だろうか。炎を噴き上げる家屋と、濛々と立ち込める煙。どうやら荒木が従軍した時の記憶らしい。
目の前には、身を震わせる村娘がいる。逃げ遅れたところを、能力で拘束したのだろう。
『――ハハハッ、なにもできまい。こんな作戦に駆り出されたんだ。少しくらい鬱憤を晴らしたってバチは当たらねえよなあ……!』
(昔っからこんなこと……! それが今じゃ、テメエがハメられて死んだってかっ! ざまあねえな、荒木さんよっ!)
記憶の残滓が消えた時――。
目の前では、まだ貴船が能力で生んだ白雲を叩きつけていた。だが未だ舞う灰の防壁に弾かれて、零仁には傷ひとつついていない。
「ク、クソッ! お前、いつの間にそんな能力……!」
「これからくたばるんだ、どうだっていいだろ? さあ、同じ目に合わせてやるよッ!」
零仁はそう言って、うろたえる貴船の目をひたと見つめた。




