現れた追手
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うららかな午後の陽射しが差し込む森に、獣の断末魔が立て続けにこだまする。
程なくして、零仁の足元には赤い目をした狼の死骸が二つ並んでいた。間道を避けた森の中で、襲ってきたところを返り討ちにしたのだった。
ちなみに新治曰く、獣と魔物の区別は目の色でつけるらしい。大気中に漂っている魔力を大量に取り込んだ獣は目が赤く染まり、人を襲うようになるのだそうだ。
(さて、と……)
宍戸から掠め取った短剣を鞘に納めて屈みこむと、死骸の片方にゆっくりと右手を当てる。念じても先ほどの光景をイメージしても、【遺灰喰らい】が発動する気配はない。
(やっぱり出ねえかあ。もうちょい試したいこともあるけど一旦、条件は確定っぽいな)
狼たちにとどめを刺した時、宍戸や本橋の時に見えた”灰”がまったく見えなかった。先ほど嫌がる新治に試したが、やはり発動しない。
これらの結果から、『【遺灰喰らい】は”死にかけ”の”転移者”でないと発動しない』と考えてよさそうだった。
(発動条件はいいとしても……。やっぱりまだ分からねえことだらけだな。痛みがなくなってるのも謎だし)
今朝がた宍戸にしこたま蹴たぐられた部分は、すでに痛みがなくなっていた。骨が何本か折れたと思うほどの激痛だったが、腫れにも痣にもなっていない。
しかも朝からほとんど飲まず食わずなのに空腹感がないどころか、体力や気力が充実している感すらある。
(身体もやたら軽い気がする。この狼って魔物だよな。こんなにあっさり狩れるもんなのか……?)
なおも考えていると、後ろの茂みががさごそと鳴った。
ひょっこり顔を出したのは言わずもがな、新治だ。狼が現れた瞬間、自分だけさっさと茂みに逃げ込むあたり、変なところですばしっこい。
「ねえ、もう行こうよお……。早くしないと、また追手が来ちゃう」
新治の【星眼の巫女】は、転移者が近づくと脳裏にレーダーのようなものが表示されるらしい。こう言っているならば、少なくとも周辺には追手がいないと思っていいだろう。
「そう急かすなよ。いざって時に能力が使えねえと、色々困るだろ」
言いながら、狼たちの死骸を茂みの中に放り込む。
食糧事情を考えれば、なんとかして持っていきたいところだった。だが獣を捌いたこともなければ、干し肉にする手段もない。そも、魔物と化した獣の肉を食べていいかも分からない。
後ろ髪を引かれる思いで歩き出すと、重そうなスクールバッグを肩にかけた新治がとてとてとついてくる。
「何事もないに越したことはないでしょ? それに今の祓川くん、下手な転移者の人よりよっぽど強そうだし」
「やっぱりそう思うか? さっきから身体が軽いんだよ」
「今、狼と戦うところ見てたけど……本橋くんと戦った時より動きが速くなってた、気がする」
「動体視力もお察しの新治さんが見てそうなら、間違いないっすなあ」
「うう……。我ながら否定できないのが悲しい……」
軽口を叩きつつ、新治の感想を反芻する。
本橋と戦った時より、ということは、宍戸戦と比べても良かったことになる。二つの状況における差異は【遺灰喰らい】の発動回数と、奪った能力の数だ。
(どっちにせよ、身体強化が累積してるのは間違いなさそうだな。こいつは面白くなってきた……!)
口の端に笑みを浮かべて歩いていると、行く手に小さな木こり小屋が見えた。
小屋の中に入ると、中には誰もいない。こうした休憩に使える作業小屋が点在しているのも、敢えて森の中を歩く理由のひとつである。
「ふぃ~、朝からだいぶ歩いたねえ。今、どのあたりかな……」
歩き通しで疲れたのか、新治はさっさと腰を下ろして地図を眺め始めた。
大して疲れていない零仁が、小屋の窓から外の様子を伺っていると――。
「……ひっ⁉」
新治の甲高い悲鳴が聞こえた。
こめかみに指を添えているのは、脳裏の【星眼の巫女】を見ている証拠だ。
「どうした?」
「き、きっ、来たっ! 追手っ! しかも荒木教官がいる……!」
「……誰だ、それ?」
緊迫した新治の声とは対照的な、あっけらかんとした声が出る。
「バルサザールさんのところで、転移者向けの戦闘訓練をやってる人なの。【強迫の縛鎖】って能力を持ってて、目を合わせた相手の動きを止めちゃうんだ。昨日の能力実演、それで棒立ちになったところをタコ殴りにされてた人、何人もいたよ……」
「厄介だな。他は?」
「待って……【音速剣刃】と、【騎乗の極意】! 貴船君と鐙谷さんだ! あとはうっすらとした反応が二つ。こっちは普通の兵士かな」
貴船将也は、スクールカーストだと上位勢だ。獰猛な顔つきで、零仁がいまいち苦手なタイプだった。それでも剣道部に所属しているということもあり、女子には結構人気がある。
鐙谷瑤子はカースト中位勢だが、その中ではまあまあ目立っている女子だった。顔は可もなく不可もなくといったところだが、実家が結構な資産家で、乗馬クラブに通っていると聞いたことがある。
「来やがったか……! 能力の性能は?」
「貴船君の【音速剣刃】は剣から衝撃波を出せる、中位級の能力だよ。二人の反応が重なってるから、能力で馬に乗れる鐙谷さんと相乗りしてるんだと思う……」
「全員、騎馬な上に遠当て役までいるのか。やる気満々だな」
「どうしよう、いきなりこんな人数が来るなんて……。小屋にいればやり過ごせるかな?」
「こういう小屋がたくさんあるのは、向こうだって分かってるはずだ。いの一番で探すだろうな」
「じゃ、じゃあこのまま森の中を逃げるのは?」
「さっき地図見たけど、この先ずっと森ってわけでもないだろ。森が切れたところで見つかったら、どのみち同じだ」
「そ、そうだけどぉ~……」
新治の泣きそうな顔を尻目に見ながら、手番を考える。
敵が五人に対して、味方は二人。新治は戦闘だと役立たずなので、一人で全員を仕留めるしかない。
(そうだ、殺るしかねえ。使える手札は、ふたつか)
【影潜り】は、物体の影に潜り込める能力だ。すぐ近くにある影なら、乗り移ることもできる。新治曰く上位級だそうで、なかなか有用な能力と言える。
【目眩の閃光】は強烈な閃光を放つ能力、と言えば聞こえはいいが、要するにただの目くらましである。下位級というだけあって微妙な効果だが、有効範囲が広いのがせめてもの救いだろうか。
(荒木と貴船を速攻で潰したいから、不意打ちは確定だ。でも片方を殺っても、もう片方に殺られる。仮に二人いっぺんに殺れても、鐙谷や他の雑魚に新治を連れ去られたらダメなわけで……ん?)
ひとつ、見落としていた。【遺灰喰らい】は、転移者の能力を喰らえる能力である、ということを。
――すなわち手札は、戦いの中でも増やせる。
(これは……いけるっ! いけるぞっ!)
ひとつひとつの要素が、頭の中で手番として組み上がっていく。
その興奮で、口の端がつり上がりそうになった時。
「……ねえ。ちょっといい? 考えがあるんだけど」
視界の外から呼ばれて、ふと我に返る。
見れば新治が、覚悟を決めた表情で零仁を見ていた。
「奇遇だな……俺もだよ」
応じて微笑んだ新治の顔は、何故だか同じことを考えている気がした。
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