在るべき場所へ
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白一色だった視界に、徐々に風に嬲られ荒れた草地の風景が戻ってくる。先ほど違うのは、白みかけた東の空だけだ。
風を生み出していた張本人たる颯手の姿は、どこにもない。
「颯手さんは……?」
「分からねえ。けど手応えはあった、気がする」
未だ右手の中に在る剣の柄を、握りしめる。
最後の一撃を放った時、颯手の身体を捉えた感触はたしかにあった。だが、貫けたかは分からない。
(加減はしてねえはずだ。なんたって黒灰の剣の力を……)
――使い切ったんだから。
自身の内で馳せた言葉に、ふと戸惑う。
カークスの声が伝えた式句によって、光の奔流は生まれた。あの光は、一体なんだったのか。
(力を使いきったら……黒灰の剣はどうなるんだ?)
そこまで考えた時。
何かが、ひび割れる音が聞こえた。音は徐々に増えていき、すぐにひとつの曲を思わせる連なりとなる。
「な、なに? この音……」
不安げな新治をよそに音を放つのは、他でもない”黒灰の剣”だった。
黒々とした色合いゆえに見えずらかった細かなヒビは、今や繋がり広がって、刀身の全体に行き渡っている。
「お、おいおい……。ウソだろ……?」
零仁の声も虚しく。
”黒灰の剣”が、手の中で粉々に砕け散った。すると昇りかけの朝日を背にして、ひとりの男が宙に浮いて現れる。
金属鎧を身に纏い、サーベルを佩いた銀髪の優男。よく見慣れた、カークスの姿だ。
『よかった……。最期に役に立てたようだね』
その言葉で、すべてを悟る。
――【遺灰纏装】は、【遺灰喰らい】で喰った者の魂を具現化する。生前その者が手にした武器を模し、その者が振るった能力を宿して。
ここまでは、使っているうちになんとなく分かっていた。
「カークスさん……! 最期、って……まさかっ!」
――だが魂が形を成すなど世の理ではない。理を曲げて形を成し、やがて力を失った魂はどうなるか。
答えは決まっている。在るべき場所に、還るのだ。
「なんで、なんで……っ!」
『いいんだよ……。言っただろう? 私も色々な人に救われた。その真似事をしたかったんだ』
払暁の光の中で、カークスの姿はどんどん薄くなっていく。
――【遺灰奔流】は、【遺灰纏装】の魂の力を解き放つ式句だろう。
だが形を持っていない魂の力をすべて放ち尽くせば、武器はたちまち崩れ去る。”黒灰の剣”が保ったのは、ひとえにカークスの魂の強さと、吸い続けた颯手の魔力が起こした奇跡なのかもしれない。
「カークスさん、ダメだッ! もう一度、【遺灰喰らい】で……!」
『ハハ……そうもいかないさ。私にも、還るべき場所がある』
「カティちゃんがいるじゃないですかっ! まだカークスさんのこと知らないんですっ! カークスさんがいなくなったら、あの子は……独りぼっちになっちゃうっ!」
『あの子なら大丈夫。妻に似て強い子だ。なにより、君たちがいる……』
カークスの背後に燐光が舞った。その中に、二人の女性の姿が現れる。記憶で亡骸となっていた貞淑な女性と、快活そうな少女だ。
『……レイジくん、テラくん。お別れだ。息子と娘が、増えたみたいで……楽しかったよ』
カークスは、淑女と少女に寄り添うようにして歩き出す。三人から光が散るたびに、その姿が朝日の中に溶け消えていく。
『テレジア、エスト……待たせたね。さあ、行こう』
声を、最後に。
カークスたちの姿は、元から何もなかったかのように消え失せていた。
その瞬間。脳裏の中に在った記憶のひとつに、ひびが入った気がした。【燐光の抗剣】の名が、まるで燃え尽きた灰のようにさらさらと消えていく。
零仁の身体から灰が舞う。白っぽいそれは、カークスの銀髪を思わせた。
「カークスさんが消えていく……。俺の、中から……」
「魂が消えたから……?」
「分かんねえ。けれど俺の能力のこと、なんとなく分かった気がする」
――思うに。【遺灰喰らい】は転移者のみを納める、巨大な墓所のような能力なのではなかろうか。
力を得た存在は、転移者を狩り続ける死神と化す。傷つき死相たる黒い灰を見せた転移者を嗅ぎ取り、肉を灰と化して喰らい納める。
(魂を捕らえてるとしたら……【遺灰喰らい】で喰ったら、死んだうちに入らねえ?)
ある時は納められた遺灰の記憶を能力に変え、ある時は遺灰を魂で塗り固めて武器と成す。その力を振るって、さらに転移者を狩り続ける。魂は力を失うまで、呪いの墓所から解き放たれることはない。
この想像が正しければ、カークスはようやく”本当の死”を迎えることができたのだ。
(もしそうだとしたら、どえらい悪趣味な能力だ。なあ、どこぞの神様よ?)
初めて【遺灰喰らい】が発現した時に聞こえた声。ひょっとすると、能力を発現したすべての転移者が聞いたのではないだろうか――。
なおも考えていると、東のほうから馬蹄が響いた。見れば騎兵の一団をぶっちぎり、見覚えのある金髪の巨漢を乗せた白馬が駆け寄ってくる。
「……グランスさん!」
「いよおっ! 無事だったか、ご両人っ! 集合場所にいねえから、辺り一帯を探し回ってたところだ」
そういって笑うグランスの顔は、返り血と汗にまみれていた。防具が焦げや傷だらけになっているものの、重傷を負っている風ではない。それどころか、陣地にいた時より精気に満ち溢れているようにすら見える。
遅れて駆け寄ってきた騎兵の群れの中には、クルトにメイアの顔もあった。
「すいません、【業嵐の魔女】に待ち伏せ喰らいました。それで、カークスさんが……」
グランスはなにかを察したのか、一瞬だけ苦々しい顔をした後にため息で零仁の言葉を遮った。
「……今は難しいことを聞きたくねえ。腹が減った、酒が飲みてえ」
グランスの声に合わせて、騎兵たちがやいのやいのと騒ぎ立てた。後方にいた一騎が空馬を引いてくる。後詰の部隊もすでに合流しているらしい。
「さあ、はやく帰ろうぜ。帰りを待ってる奴らがいる」
ニッと笑うグランスに、零仁と新治は力強く頷いた。
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