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凶つ風、業嵐の魔女③

お読みいただき、ありがとうございます!

 払暁と見紛う光に照らされた丘に、轟々と風が吹く。

 その光の中心、白んだ夜空を翔け下る颯手の姿は、追い落とされた天使のようにも見えた。


 堕天の路を彩るように、黄金色の紋様がいくつも浮かび上がる。ひとつひとつが致死の風弾を放つ、魔性の紋だ。


「俺が、何なのか、だとっ……⁉」


 紋様から打ち出された風弾の雨を、零仁の"黒灰の剣"が吸収していく。黒い刃で、颯手が降り下ろした光剣を受け止めた。


 "黒灰の剣"の力によって、光剣の勢いがたちまちに落ちていく。

 しかし颯手もそれを見越していたのか、吹きつける風に乗って光剣をさらに押し込んできた。力を吸い尽くされる前に押し切ると言わんばかりの、捨て身の一手。


「……う、っ⁉」


 新治の呻きが聞こえる。

 同時に視界の片隅で、眼鏡らしきものが飛んでいくのが見えた。


 魔力(マナ)を帯びた大気を叩きつけられているのだ。下級の攻撃魔法を浴び続けているのと変わらない。まともな防具すらつけていない新治にとっては、かなりの苦痛だろう。


「新治、堪えろよっ!」


 零仁は颯手を押し戻さんと、"黒灰の剣"を握る手に力を籠める。

 少しでも避けるそぶりを見せれば、颯手は新治を狙う。ならばがっぷり組み合って魔力(マナ)を吸い尽くし、新治が力尽きる前に粘り勝ちを拾う。


「陰キャが私たちのこと引っ掻き回してっ! 挙句の果てに人のこと空っぽですってっ⁉ 何様のつもりよっ!」


 颯手の叫びとともに、零仁と新治を取り囲むように無数の紋様が現れた。


「あんたなんて、最初から何もなかったくせにっ! 私と……っ! 私と一緒にいれば、すべてが手に入るのにっ!」


 紋様から、風弾が驟雨(しゅうう)のごとき勢いで吐き出された。そのすべてが"黒灰の剣"に吸われていく。

 そんな中、零仁は鼻で笑って見せた。


「ああ、そうだよ……! 何もなかったよっ!」


 圧しつけられる力に対して、力で押し返す。魔力(マナ)を吸われ続けたせいか、颯手の身体はあっさりと弾き飛ばされた。


「今なら分かるっ! なんで俺の能力(スキル)が【遺灰喰らい(これ)】なのか……っ!」


 叫びながら、吸った魔力(マナ)を光の刃に変えて撃ち出した。


 ――成績は振るわない。運動だって大してできるわけでもない。取り柄といえば、ガラの悪い連中にやたら絡まれることだけだった。

 ――幼い頃は期待の眼差しを向けていた両親も、中学あたりで息子の程度に見切りがつくと、己の仕事に熱中し始めた。


(生きづらい、なんてことすら感じない。無味無臭の、退屈な人生だった)


 光の刃の軌道にいた颯手が、風に乗って姿を消す。

 ふらつく新治の肩を抱きながら、"黒灰の剣"で風弾を吸い込んだ。


 ――世の中に対して斜に構えはじめたのは、辛うじて進学校と言える今の高校に入った頃からだろうか。

 ――底辺に甘んじながらも、それなりに友人もできた。だがその友人たちすらも皆、何かしらの輝きを持っていた。


(俺も欲しかった……輝くなにかを。そいつの才能だけじゃない、積み上げたモノの結晶だってことも知らずに)


 周囲の紋様が消えると同時、颯手が中空に現れた。

 翼を広げた姿を中心に、二つの光輪が回り出す。よく見るとそれは小さな紋様が集い織り成す、(しゅ)の連環だった。


 ――能力(ちから)を羨んだからと言って、何をしたわけでもなかった。

 ――才能の見切り、先回りの諦観。自責と見せかけた他責を繰り返しながら、誰かの輝きを眺めていた。

 ――取って代われたら、と思ったことがないと言ったら、噓になる。


「……【遺灰喰らい(これ)】は俺の今まで、そのものだっ! 羨み続け、妬み続けた俺に下されたっ! 神様からの(ギフト)なんだよっ!」


 撃ち出した光の刃が、光輪によってあっさり弾かれる。その正体が、魔法の詠唱であることは容易に想像できた。


「だったら……這いつくばっていればいいっ! 底辺(ドベ)底辺(ドベ)らしくっ! 私を見上げながら消えなさいっ!」


 颯手が、髪を逆立てて叫ぶ。

 光輪が回転する速度が上がった。舞い散る光の羽を巻き込み、輝きを増していく。


(手に入れるんじゃねえのかよっ! 我を失ってやがる……!)

 

 どうにかして魔法の詠唱を妨害したいが、颯手がいるのは遥か高みだ。

 膨大な魔力(マナ)を吸い込んだ光の刃が弾かれた以上、今使える魔法や【音速剣刃(ソニック・スラッシュ)】で妨害できるとは思えない。


 魔法である以上、【影潜り(シャドウ・ダイバー)】でやり過ごすことはできない。仮にできたところで、新治が犠牲になる。


 頼みの綱は"黒灰の剣"なのだが、先ほどから見ている限り、吸収できる魔力(マナ)の容量には限界がある。


(なにが来るか分からねえが……カークスさんを信じるしかねえか!)


 腹を決めた矢先。


「……大丈夫だよ」


 新治に、袖を引っ張られた。

 眼鏡をかけていない目は、まっすぐに颯手に向けられている。


「なんとなく、分かったから」


「はあ⁉ こんな時になにを……!」


「……わたしの、能力(スキル)のこと」


 話しながらも颯手を見つめ続けてる新治の瞳が、妙に輝いてみえた。

 まるで颯手ではなく、その向こうに広がる星空を写しとっているかのような――。


「……オーケー、信じるぞ」


 颯手が、右手を零仁たちに向けた。その掌には、吹き荒ぶ暴風を一点に集って生まれた風弾が生まれている。


「空を彷徨う無情の風よ! 我が手に集いて彼の者を討てっ……!」


 颯手の周りを回っていた光輪が、掌へと集った。風弾と光輪がひとつになり、輪を二つ持った土星を思わせる巨大な光球と化す。


極風(エアリアル)……ッ!!」


 颯手の(しゅ)が紡がれる寸前――。


星眼刻視(ステラ・リンク)――【業嵐の魔女(ストーム・ヘクセ)】。詠唱中断(アベイアンス)


 新治の声とともに、颯手の光球が明滅した。直後、光の塵となって消えていく。


「……はっ?」


 颯手の呆けた声がした。様子からして、術者の原因でないのは明らかだ。


「やっと分かった。こうするんだね」


 夜空の眼をした新治が、うっとりと笑う。

 待っていたかのように、"黒灰の剣"が輝きを宿した。カークスが放っていた光と、同じだ。


『レイジくん……。私を、使いきれ』


 脳裏にひとつの言葉が浮かぶ。

 だがこの言葉を唱えたら"黒灰の剣"は、カークスはどうなるのだろうか。

 逡巡する間に、直上から風が吹いた。


「レイジくんっ、目の前っ!」


 瞬きする間もなく、颯手の姿が眼前に現れる。振るわれたサーベルを、すんでのところで受け止めた。


「チ……ッ!」


 舌打ちとともに烈風が吹き、颯手が消えた。


「右ッ!」


 新治の言った通り、右手から颯手がゆらりと現れた。

 防いだサーベルの刃には、先ほどまであった黄金の輝きはない。


「な、なんで……っ!」


「レイジくん! 風向きに気をつけてっ! 颯手さん、風下にしか翔べないっ!」


「……ッ! 情けなく死んだ男に底辺(ドベ)の女に……っ! 借り物の力でしか戦えないくせにっ!」


 表情を硬くした颯手が姿を消し、大きく間合いを取った。ボロボロになった光の翼を大きく広げて紋様を生み、サーベルをまっすぐ前に突き出す構えだ。


「ああ、そうさっ! それが俺だよっ!」


 言い終える前に、風が吹きつけた。たしかに颯手が消える度、現れる度に風向きが変わる。


「でもっ……! カークスさんと新治を、バカにするなあっ!」


 右から風が吹いた後、背後に気配が現れた後に風が吹く。

 荒れ狂う風の中で、零仁は新治の肩を抱いたまま、"黒灰の剣"を引き絞るように構えた。


(背を襲う、と見せかけての……正面ッ!)


「【遺灰奔流(アッシズ・ゲイザー)】――!」


 浮かび上がった言葉を紡ぐ。

 果たして眼前に颯手が現れ、サーベルを振り上げた。その身が纏う魔力(マナ)を帯びた旋風が、零仁の身体を叩く。


「――勇騎一閃ブレイヴリー・ストロークッ!」


 風を打ち抜く想いを乗せて、"黒灰の剣"を突き出した。

 黒い切先から、光が溢れた。それは白い(きっさき)となって、颯手の左胸を捉える。


『二人とも、がんばったね』


 視界のすべてが白に沈む中――。

 零仁は、微笑むカークスの姿を見た気がした。

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