凶つ風、業嵐の魔女②
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夜空の藍すら覆い尽くして、黒い灰が零仁の右手へと集っていく。
驚く暇もなく、右手の灰で颯手のサーベルを受け止めた。
「はあ……っ⁉」
颯手の間の抜けた声をよそに、灰はひとつの形を取る。羽虫が群れ集うようにしてできた歪な剣は、かつてカークスが使っていたサーベルに似ていた。
「……そういやお前が信用ならねえ理由、もうひとつあったわ」
言いながら、右手に力を込めた。”黒灰の剣”はその見た目とは裏腹に、たしかな質量を以てサーベルの刃を押し返す。
慌てた様子で間合いを取る颯手に、零仁は灰でできた切先を突きつけた。
「お前が余計なことしなけりゃ、カークスさんは死ななかった。仇、討たせてもらう」
「誰だか知らないけど。零仁くんが仇討ちとか言っちゃうのホント……滑稽だよ、ねっ!」
言い捨てた颯手の姿が掻き消える。
(颯手にしてみても”剣”の性能が分からないんだ、斬撃はない! だったら次は魔法……!)
予想通り、かなり距離を空けた先に颯手が現れた。風弾を呼び出す紋様の代わりとばかりに、光を宿した左手を零士に向けて突き出す。
「雲間を移ろう風竜よっ! その顎で我が敵を喰らえっ! 風竜顎想!」
颯手の掌から生まれた竜巻が、丘の緑を喰いちぎりながら零仁へと迫る。
”詠唱”と”名付け”の双方を使っているところを見ると、風の上位魔法だ。大きく間合いを取ったあたり、颯手にとっても結構な大技なのは容易に想像がつく。
(カークスさんは、『自分を遣え』って言った! だったらっ!)
信じるままに、”黒灰の剣”を竜巻に向かって突き出した。黒い灰の刀身が、白い風の奔流を貪るように吸い込んでいく。消えていく風を糧にするかのように、灰の刃が光を放った。
――【燐光の抗剣】。
光が身体に吸い込まれ、魔力に変わっていくのが分かる。光の刃として撃ち出す代わりに、魔力へと転化できるのも、かつて聞いたとおりだった。
(やっぱり! カークスさんの能力と同じっ!)
「ウソ、でしょ……っ⁉ 能力を武器として具現化してるっての……⁉」
颯手の顔に、はじめて焦燥の色が浮かんだ。
「【音速剣刃】ッ!」
その隙をついて、左手の双剣の片割れを振るう。刃から飛んだ白雲の弧が、未だ左手を突き出したままの颯手へと迫った。
「ああっ、もうっ!」
サーベルの一振りで白雲を斬り払うと、吹きつける風とともに姿を消した。
”黒灰の剣”が能力だとするならば、剣が具現化している限りは別の能力を使えないと踏んだらしい。だが【音速剣刃】を使ってみせたことで、その前提も消えた。
(次の手は分かっている! ”黒灰の剣”を避けて新治を狙ってくる! 魔法が通じないと分かった以上、魔力を使うとは思えない!)
「レイジくんっ!」
聞こえてきた新治の声に振り向く。
案の定、颯手は新治の背後にいた。すでに、黄金の輝きを宿したサーベルを振りかぶっている。
(位置が悪い! けどっ!)
「【影潜り】!」
沈み込んだ影の中から新治の背後の位置を目がけて、一気に飛び出す。その勢いを使って、”黒灰の剣”ですくい上げるような一撃を見舞った。黒い刃と黄金の刃が、音もなくせめぎ合う。だが先ほどとは違って、黄金の光があっさり掻き消えた。【燐光の抗剣】が、刀身に纏った魔力を吸い込んだのだ。
「なんでっ……⁉ なんなのよっ、その剣ッ!」
颯手は焦りながらもサーベルに黄金の魔力を纏い直し、左手に同じ色の光剣を生んだ。背後には先ほども見せた、無数の風弾を生む紋様がいくつも浮かび上がる。
(同時攻撃……ッ!)
とっさに黒い炎をイメージした。次の瞬間には左手の双剣を、黒い炎が包み込んでいる。
「焦灼敵愾ッ!」
”黒灰の剣”で光剣を、左手の炎剣でサーベルを、がっしりと受け止めた。その間にも、紋様から生まれた風弾が”黒灰の剣”の刃に吸い込まれていく。
魔力の刃を維持すれば維持するほど、【燐光の抗剣】に吸い取られる。黒炎が絶えることもない。
「そんな能力ッ! いいとこ中位級でしょ……ッ⁉ なのに、なんで……最上位級の私がっ!」
顔を歪ませる颯手に、零仁は鼻を鳴らした。
「やっぱり……お前も変わんねえのな! あいつらとっ!」
「はあっ……⁉」
「俺が思うになあっ! 能力は持ってるヤツの生き様の結晶だっ! 歩んできた生が、能力に反映される……っ!」
「だったら私が勝てないなんて、おかしいじゃないっ! 私は何も間違えなかったっ! 今在る【業嵐の魔女】が、それを証明してる!」
颯手が一歩、踏み込んでくる。 魔力を放出し、風弾の紋を維持しながらなお、風の強化魔法を使って押し込んだのだろう。
「さすがトップカーストの女子様は言うことが違うぜっ! あながち間違いじゃないんだろうっ! 現在はなあっ!」
放たれる黄金の光のすべてを吸い込んで、一歩を踏み出す。先ほどまでびくともしなかった颯手の力は、今やじりじりと押し返せつつあった。
「だが弱者を切り捨て、利用するしか考えてねえお前らにっ! 未来なんてねえっ!」
「情けなく死んだ男のフンドシに頼るしかない分際で、強者になったつもりなのっ⁉ 私が負けるなんてありえないっ! 現在も、過去も、未来もっ!」
「そうやって人を見下す態度が……命とりだっ言ってんだよっ!」
颯手は気づいていない。すぐ背後に、先ほど弾き落とされた双剣の片割れがあることを。
「連結ッ!」
言葉とともに。転がっていた双剣が零仁の左手にある片割れを目がけて、勢いよく飛んでくる。
その刃が、颯手の背後から脇腹に、深々と突き立った。
「……ッがっ、はっ……!」
黄金の光の中に、黒い灰が舞う。
(今だッ……!)
とっさに双剣を握る左手を放し、颯手の喉首へと伸ばす。
「【遺灰……】!」
手が、届く――寸前。
「……ッアアアアアッ!!」
光が弾けたと同時に、颯手が夜天に舞い上がった。脇腹に突き立っていた双剣が、渦巻く風によって弾き飛ばされる。
黒かった髪が、睫毛が、曇りなき金に染まってゆく。コート状の闘衣は吹き飛び、露わになった背中からは一対の光り輝く黄金の翼が現れた。
さながら、暗き世に舞い降りた黄金の天使――。
「……ふぅ。どうかな、零仁くん」
零仁をひたと見据える瞳は、魔力と同じ金色に染まっている。
「これが私。未来の、私だよ」
「なるほどね、お似合いじゃねえか。キラキラして偉そぶって、すべてを救うフリをする……空っぽの天使サマってか」
「ふっ、ふふっ……。私が、空っぽなら……」
颯手の翼が、輝いた。明けの明星のごとき光が、夜の丘を照らす。
「何も持ってない【遺灰喰らい】はっ! 一体……なんなのよっ!」
藍を斬り裂き駆け下る天使に向けて、零仁は”黒灰の剣”を構えた。
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