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望まぬ帰還【輝良】

お読みいただき、ありがとうございます!

 零仁とグランスが問答している頃――。

 手枷をされた新治輝良は、自らの意思で後にしたダリア砦の門をふたたび潜っていた。無傷で残っていた本陣部隊は歩けぬ負傷者を置き去りにすると、最上位級(ハイエンド)の強化魔法によっていち早くダリア砦へと撤収したのだ。

 砦の執務室に通されると、バルサザールと主だった級友たちが顔を連ねている。


「やあ、【星眼の巫女(ステラ・シーカー)】殿……よくお戻りなさった。ささ、こちらへ」


「……ッ」


 沈黙でせめてもの抵抗をしてみせると、バルサザールは蛇を思わせる顔をニッタリと歪めた。


「そこまで固くなることもないでしょう。いや、周りが騒々しすぎますかな」


「……別に、ここでおっぱじめてもらっても構わねえぜ? いい余興じゃねえか」


 バルサザールの言葉に、舘岡がせせら笑う。

 その時。脇にいた颯手が、ため息を吐いて口を開いた。


「趣味の悪いことはやめてください。それより奇襲の対策はどうなってますか?」


「ご献策のとおりにしました。いやはや、考えたものですな」


(あの配置、颯手さんが考えたの……?)


 砦の中にも外にも、異様な数の巡回兵やかがり火がそこかしこに配されていた。健常な兵はすべて砦の壁の中に屯しており、壁の外の天幕の中には傷病者が多いように見受けられた。明らかに夜襲や能力(スキル)対策だ。潜れる影がなければ、零仁の持つ【影潜り(シャドウ・ダイバー)】は用を為さない。

 颯手は執務室の小さな窓からしばし外を見つめていたが、ふたたびバルサザールに視線を向けた。


「……壁の足場の下が死角になってます。かがり火をもっと増やしてください。影があれば、零仁(かれ)はどこからでも入ってきます」


「外にはこの倍の数を焚かせてあります。侵入することはできますまい」


「今までそう言って、散々してやられてきたじゃないですか。今日の戦場だって、左翼を突破したのは零仁(かれ)なんですよね? 甘く見るのはやめてください」


「ヘッ、上等だ。来たら今度こそブッ殺してやる」


 颯手の言葉に、舘岡が顔に怒りと歓喜が半々といった笑みを浮かべた。

 零仁がつけた額の傷は回復魔法で治したのか、血は流れていない。だが左の眉端から右の目許に向けて斜めに走る傷痕は、生々しい血の色のままだ。


「お願いだから(はや)らないでよね。できれば生け捕って……」


「……この傷の借りを返してやる。こんだけやられて、まだ説得なんて生温いこと言うつもりじゃねえだろうな」


「生け捕りにできるくらい、余裕持ってやってねってこと。私が援護しなかったら良平、ここにいなかったかもしれないんだからね?」


「……ぐっ」


 言葉に詰まる舘岡の顔を見て、攫われた時の記憶がよみがえる。

 零仁が舘岡に一撃を見舞った時、風で弾き飛ばされたように見えた。颯手も近くまで来ていたのだ。

 二人のやり取りに嫌気がさしたのか、バルサザールがため息で流れを断ち切った。


「人員の選定をお任せしている手前、敢えて強くは申しませんが……。そも最上位級(ハイエンド)の皆様が全員で戦線に出れば、小細工を弄す必要もなかったように思いますがね。今後はご配慮いただきたい」


 バルサザールの視線が、前列に居並ぶ最上位級(ハイエンド)の女子勢に移る。

 庄山は一瞬たじろいだ様子を見せたが、すぐに口を開いた。


「アタシたちだって、みんなで良平に強化魔法かけたしっ! そのおかげで新治ちゃん取り戻せたんじゃんかっ!」


 その勢いに乗じるつもりか、今度は楢橋が口を開く。


「前線には上位級(ハイクラス)三名を含めた六名が出てました。【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】捜索に出て戻っていない面々を除けば、全員が参加してます」


 捜索に出て戻っていない面々、の部分だけ妙に語気が強い。つまるところ、配牌をしくじったのはバルサザールだと言いたいのだろう。

 すると今度は、壁にもたれかかっていた塔村がバルサザールを睨みつけた。


「第一、こういう作戦だって話は里緒菜がしてただろ? うまくすりゃ敵の大将だって殺れてたんだ。それなのに負け戦の責任が全部あたしらってのは、納得いかないね」


 物怖じしない様子の最上位級(ハイエンド)の面々に、バルサザールは軽く首を振った。


「作戦の成功と【星眼の巫女(ステラ・シーカー)】の奪還は評価します。ですが兵は畑から採れません。くれぐれもお忘れなきように……。では、解散としましょう」


 級友たちはなおも不満げな表情を浮かべていたが、すぐに執務室から出ていく。

 若い侍従が出ていくと、バルサザールと輝良の二人だけになる。


「……やっと、二人きりになれたな」


 バルサザールはそう言うなり、輝良の身体を抱きすくめた。まるで二匹の蛇がはい回るように、全身をまさぐってくる。


「ひ……っ」


「相変わらず、よい身体をしている。心配したのだぞ?」


「やっ……やめてくださいっ!」


 抵抗したくても、手を縛められていては叶わない。バルサザールはひとしきり身体を触った後、すっと手を引いた。


手籠(てご)めにしてやろうかとも思ったが……。どうせなら、そなたから求めてくるほうがそそるというものだ」


 バルサザールはにたりと笑って、輝良の耳元に口を近づける。


「虫に這い回られながら、自分の立場を噛みしめろ……。股を開く気になったら言うがいい。私の子種をくれてやろう。何人でも産ませてやる」


 耳元にかかる吐息の生暖かさと、鼻孔を突く酒の香りに、思わず顔を背ける。

 バルサザールは満足げに笑うと、鈴を鳴らして侍従を呼んだ。


「この者を土牢へ括り付けておけ。音を上げるまで、な」



 *  *  *  *



 砦の外に出ると、夜とは思えないほど明るかった。煌々と燃えるかがり火の数が、先ほどよりも多くなったからだろう。

 若干の罪悪感を感じてそうなバルサザールの侍従に連れられていると、行く手に黒髪ベリーショートの女性が立ちふさがる。学級委員の室沢(むろさわ)明美(あけみ)だ。


「……アンドリアス様。捕虜の収監はこちらで引き受けます」


「そう、ですか? ではお言葉に甘えて」


「敵方も相応の痛手のはず……。すぐにダリアが攻められるとも思えません。ゆっくりお休みになってください」


「いえ。私にも備えの用意がありますから、これにて」


 アンドリアスは室沢に手錠の鎖を託すと、足早に去っていく。

 そのまま先導されるのかと思いきや、室沢は鎖を短く持って輝良に近づいてきた。


「ごめんね、こんなことになって。まだ乱暴されてない?」


「うん。でも……」


「諦めないで。今の(ふっ)ちゃんなら、必ず助けに来るよ。杉ちゃんを斃した後、『新治!』って叫んだと思ったら、血相変えてすっ飛んでったもん」


「レイジくんが……?」


星眼の巫女(ステラ・シーカー)】で見えた、零仁の不可解な行動が思い起こされた。


(多分、杉原くんの記憶の中に、奇襲の情報があったんだ。目の前の級友(かたき)を放り出しても……)


 そこまで考えたところで、室沢が意味深な笑みを浮かべた。


「へえ、名前で呼び合ってるんだ? そりゃそうだよねぇ。納得、納得」


「わ、わたしだけだよ。それに周りに合わせてるだけで……」


「ごめん、ごめん。でもちょっと安心してるんだ」


 室沢の笑みに、いくばくかの悲しみが混じる。


「目の前で杉ちゃんが()られた時ね。もうウチの知ってる(ふっ)ちゃんはいないんだ、って思った……。でも新治さんのために戻ったの見たら、また信じる気になれたの」


「本当に……来ると思う?」


「うん。(ふっ)ちゃんのあんな顔、見たことないもん。だから絶対に諦めちゃダメだよ。ウチらにも考えがあるからさ」


 話しながら歩くうちに、土牢の目の前まで来ていた。風呂桶ほどの穴の上に、金属の格子を乗せただけの簡素な造りだ。

 室沢から見張りの兵士に手枷の鎖が渡されると、兵士が三人がかりで格子を持ち上げた。突き落とすように放り込まれたかと思うと、ふたたび格子が被せられる。


(こんな時、なんて願えばいいんだろう。助けに来て? それとも……来ないで?)


 手枷の鎖が格子に結ばれたのか、両手が吊り上げられる。

 心の中に広がる夜空に、想う男の星はない。そのことに少しだけ安堵すると、輝良の意識は闇へと落ちていった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

お気に召しましたら、続きもぜひ。

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