ドミナ平原の戦い③
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零仁たちのいる戦場は、敵味方が入り乱れる混戦と化していた。にも関わらず、零仁たちが立っているあたりはぽっかりと空いている。戦場で転移者に近づくべからず――それが、この異世界における鉄則らしい。
そんな中、零仁は戦鎚を肩に担ぐように構えつつ、左手を天に突き出した。
「焦天墜火ッ!」
天を灼くが如き炎弾を放った後、室沢と杉原に向けて走り出す。
「祓ちゃん……!」
室沢が前に出た。腰を落とし、盾を前面に構えている。
一方の杉原は、後ろに下がって両剣を構えていた。盾で受け止めた瞬間に斬りかかるつもりだろう。
(急造にしちゃ、いいコンビだっ!)
走りながら、室沢の目を見て言葉を繰る。
「【強迫の縛鎖】!」
一瞬、室沢の目が移ろった。が、すぐに零仁の目をまっすぐ見てくる。
(クソッタレッ! やっぱ上位級にゃキツイかっ!)
【強迫の縛鎖】は、彼我の”格”の差で成功率や効果時間が決まるらしい。
先ほど杉原にかけた時もかかりはしたものの、すぐに復活していた。級友たちが訓練や経験を積んでいる証だ。かかればラッキーとばかりに試してみたが、そう上手くはいかないらしい。
(それなら、やっぱり……!)
「うおおおおおらああっ!」
戦鎚を振り上げて、室沢に向けて打ち下ろす。
室沢の【意志の神盾】は、任意の場所に発生させた光の盾が攻撃を防ぐ上位級能力だ。新治曰く光の盾はひとつしか出せないらしいが、【音速剣刃】や魔法といった攻撃は片っ端から防がれると考えていい。
(だったら、敢えて出させりゃいいっ!)
上空からは炎弾、正面からは戦鎚。
室沢の目に刹那の間、戸惑いが浮かんだ。しかしすぐに、盾を上方へと構える。
「【意志の神盾】!」
室沢の持つ円形盾が、光を纏った。瞬時にして生まれた光の大盾が、零仁が放った炎弾を弾き散らす。室沢は迷いのない動きで、盾を前方へと構え直した。
(盾に光を宿しちまえば時間いっぱい使える上に、方向転換も自由ってわけかいっ!)
「うおおおらああああっ!」
しかし零仁は構わず、裂帛の気合とともに戦鎚を打ち下ろした。光の盾が、水をぶちまけたような音を立てて鎚頭を受け止める。
(今だっ……!)
「【影潜り】!」
零仁は戦鎚から手を放し、室沢の影へと潜り込んだ。あまりに大きな得物は、影の中には持ち込めない。
瞬きほどの間も置かず、影から躍り出た。出た先は室沢の背後。目の前には、今まさに攻撃に転じようとしていた杉原がいる。
「え……っ……!」
杉原の目が、見開かれた。
「【目眩の閃光】!」
まばゆい光が、杉原と室沢を包み込んだ。室沢は背を向けていたが、杉原は至近距離から目を焼かれる。
「あぐ、あっ……!」
「なに、杉ちゃ……」
背を向けていた室沢が振り向くが、もう遅い。
(終わりだ……っ!)
言葉を放つ代わりに、左手で引き抜いた短剣で杉原の喉を斬った。真っ赤な裂け目から、血があふれ出す。
灰が舞うのが見えた。笑みを浮かべ、杉原の頭に空いた右手を当てる。
「【遺灰喰らい】ッ!!」
右掌から広がった灰色の紋様に、杉原の頭が飲み込まれた。固いものを砕く嫌な音とともに、黒い灰が撒き散らされる。
「え……っ……杉ちゃん……。い、いや……ッ! 祓ちゃん……! やめてえっ!」
室沢の悲痛な声も虚しく、杉原の身体はすでに半ばまで紋様に飲み込まれていた。力が抜けた手から、ひとつながりになった両剣がこぼれ落ちる。
わずかな衝撃を感じた。室沢が長剣と盾の縁で、紋様を殴りつけたのだ。だがあふれ出る黒い灰に阻まれて、一切の痛みは届かない。
「安心しろ。すぐにお前も……!」
室沢に言いかけたところで、脳裏にひとつのイメージが浮かぶ。
――どこかの一室らしい。わずかな明かり石で照らされた部屋の中には、舘岡と颯手がいる。
おそらく出撃前のダリア砦だろう。そう当たりをつけた時、杉原の視界にいる舘岡が口を開いた。
『――いいだろう。お前らから合図があるまで、俺達は動かねえ』
『――約束だよ? バルサザールさんだって納得してくれてるんだから』
視界が右に逸れた。そこには室沢の他、数人の見慣れた級友たちの顔がある。
『――ヘッ。ただしグズグズするなよ。しびれ切らしたら、動いちまうかもしれねえぜ?』
室沢に舘岡が応じると、沈黙を守っていた颯手が口を開いた。
『――ちゃんと祓川くんを説得してね。こっちだって、チャンスは一度きりなんだから』
『――分かってる。でもうまくいかなかったら……俺達でなんとかする』
杉原の声に、舘岡が鼻を鳴らした。
『――おうおう、強気だねえ。中位級のクセして、いい武器もらえたからってよ』
『――別にそんなんじゃ……』
『――ともあれ、怖いのは空振りかな。あまり心配はしてないけど』
『――ハッ。ずいぶんと自信満々じゃねえか、【業嵐の魔女】さんよ』
『――ふふっ。そこは女の勘、よ』
――どことなく不気味な颯手の笑顔とともに、イメージが溶け消えた。
溶けたイメージが脳裏で玉の形に変わり、【両剣使い】の名が記憶に刻まれる。
(杉原、室沢……。あいつら、本気で……)
泣き叫びながら盾で殴りかかってくる室沢を、影に潜って躱す。影から飛び出るついでに、杉原の両剣を拾い上げた。一度も使ったことのない武器なのに、生まれた頃から使い込んでいるような錯覚に陥る。
(でも……なんでだ⁉ 狙いがグランスさんじゃないっ⁉)
両手で持って取り回し、舞い踊るような動きで周囲の兵士を斬り散らした。光の盾で弾いて攻撃に転じようとする室沢から距離を取り、周囲の敵兵を片っ端から斬って回る。
(杉原の記憶からして、楯岡たちが本陣を突くのは間違いない。なのに総大将を狙わない……)
零仁が敵兵の掃討に回ったことで、戦況は一変していた。今や見えている範囲で”鱗”の集を成している敵兵は、ほとんどいない。
(バルサザールが、総大将のグランスさんの首より欲しいもの……? まさか……!)
零仁を押し止めんとばかりに、魔法や矢が降り注ぐ。だがそのすべてが、クルトとメイアによるものであろう魔法や弓射によって打ち消されていく。どうやらこの世界の矢には、魔力による事象を阻害できるものがあるらしい。
敵兵を屠りながら杉原の記憶を反芻するうち、ひとつの言葉が引っ掛かった。
”怖いのは、空振り”――。
(そうか……まずいッ! あいつらの狙いは……ッ!)
「……新治ッ!」
思わず口走った時には、すでに身体は敵陣と逆のほうへと動いていた。
背後で、室沢の声が聞こえる。そのすべてを振り切って、零仁は本陣へとひた駆けた。
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