ドミナ平原の戦い①
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※読みやすさ重視で、敢えて漢数字を使っていない箇所があります。ご了承ください。
旧王派の野営地に着いてから一週間後。グランスの予想通り、新王派の大部隊がダリア砦を進発したとの報が入った。
装備を整え、野営地を進発して一日後。会敵したのは――ドミナ平原。旧王派の野営地のすぐ東に位置する、広大な草原地帯だ。前方の彼方に見える敵部隊は、黒地に緑の蛇がのたくったバルサザールの旗を掲げている。
(これが戦場、か)
零仁は、身体に震えがくるのを感じた。褒賞の前渡しとばかりに支給された金属で補強された革防具が、カチカチと音を立てる。
戦いも人を殺すのも、慣れたと思っていた。だが陣の中に組み込まれ、敵兵を前にすると、以前とは違った緊張がある。
(ここに級友もいる……。大丈夫だ、やることは変わらねえ)
敢えて、級友たちの嗤った顔を思い出す。胸に灯る黒い炎が、緊張を高揚へと変えていく。
その時。誰かにぽんと左肩を叩かれた。
振り向くとそこには、クルトとメイアがいた。ともに零仁の援護を担う役目を、グランスから仰せつかったらしい。
「緊張してるんですか?」
「……まあ、な」
「ふふふっ、いいですね。戦闘の心得があるからといって、変に虚勢を張ったりしないのは素晴らしい。それに適度に緊張していたほうが、なんだかんだで動けるものです」
緊張のかけらもない糸目面を見ていると、身体の硬さがほぐれた気がした。気晴らしがてら、改めて自陣を見回す。
旧王派軍の野戦陣形は、シンプルな横陣だった。傭兵を含めた歩兵800を中心に、両翼と遊撃に散った騎兵が計300、弓兵300、魔法兵100――のべ1500の部隊である。数を聞いた時には正直ちょっと拍子抜けしたが、後続してくる輜重隊やトリーシャ北部の戦線、各拠点の防衛を考えると、中央の攻め手に回せるのはこのくらいが精いっぱいらしい。
「相手、何人だっけか」
「事前情報ではこちらと同じく1500……ですが、輜重込みの人数です。騎兵の数は向こうが上とはいえ、実動できる人数はこちらが上でしょう。敢えて人数を抑えた理由は、なんとなく分かりますがね」
「……級友を当て込んでる、ってわけか」
零仁たちがいるのは右翼の後列部、いわゆる遊撃役である。ちなみにグランスは横陣の後方にある本陣で指揮と遊撃を兼ね、新治は【星眼の巫女】でその補佐を担っている。カークスは本陣の防衛という親衛隊の役に加えて、伝令や後方部隊の指揮といった足回りの管理を一手に引き受けているらしい。なぜグランスがカークスを欲したのか、なんとなく分かる配置ではある。
「まあまあ、変に気負わずにいきましょう。どのみち最初のうちは様子見です。ただ時がきたら……」
「ああ、分かってる」
クルトに短く応じると同時に、鐘の音が一度聞こえた。続いて、二回の鐘が聞こえる。一度が構え、二度が弓矢、三度が突撃、連打が撤退――。この異世界の軍隊で共通して用いられる、鐘の合図らしい。
対面から風が吹きつけた。刹那の間をおいて、強風の勢いに乗った矢が驟雨のように降り注いでくる。
「盾、構えっ!」
現場を指揮する部隊長の声で、各々が一斉に大きな盾を構えた。
矢の雨が視界いっぱいに広がった瞬間、零仁は得物の戦鎚を置きながら身をかがめた。
「【影潜り】!」
能力の名を告げるとともに、零仁の身体がクルトの影の中へと潜り込む。
「微風にたゆたう精霊よ、我らを禍より守る帳となれ! 禍躱微風!」
矢は兵士たちの盾や、クルトが放った風の矢避けの魔法に遮られる。たまに流れ矢が地に突き立つが、影に潜っている零仁の身体に届くことはない。
(さすが上位級、便利な能力だ……! 魔法は通じちまうのがネックだが、初動じゃその心配はないって聞いてるしな)
影に潜ったままで、ほくそ笑む。
戦いの趨勢を一発で決めるような大魔法は、高位の能力を持ち熟練した転移人でないと難しいらしい。それですら大量の魔力やら高価な触媒やら、様々な制約がついて回るのだそうだ。いかに最上位級といえど、二ヶ月そこらの訓練と少々の戦闘経験で、大魔法を扱うことはできない――というのが、グランスの見立てだった。
(今のところ、見立ては当たってるみたいだが……。肝心の級友はどこにいる?)
考えているうちに、矢の応酬が終わった。横陣を形成していた傭兵風の男たちや兵士たちが、一斉に敵陣目がけて駆け出していく。あとに残るのは、後備えと遊撃を兼ねた後列の騎兵部隊だけだ。
「……敵は密集陣形のようです。中央突破で一気に本陣を狙うつもりでしょう。グランス様の読み通りですね」
「ってことは、級友どもは中央の先手にいる可能性が高いか。お呼び出しはまだかねえ?」
「さて、どうでしょうね。そろそろ調べがついてもいい頃ですが……」
クルトが言いかけたところで、本陣の方角から馬蹄が聞こえた。影から出て見てみれば、伝令の旗印を掲げた騎兵が駆けてくる。
「……本陣、グランス様より伝令ッ! ”敵前陣に級友の影なし、燻り出せ”とのことですっ!」
息を切らした伝令の言葉に、クルトがくつくつと笑った。
「また随分と雑な命令が来ましたねえ。しかし不思議なこともあるものです」
「たしかに妙ね。【武極大帝】すら出てこないなんて」
クルトのボヤキに、メイアも静かに同意する。
対転移者用の強襲部隊――それが、零仁がグランスから課せられた役目だった。
転移者の数は、圧倒的に敵方が上である。全員が戦闘向き能力でないことは分かっているものの、大一番の戦ともなれば相当な数を動員してくるのは明らかだった。
(出てきたところを食い散らかすつもりだったんだが……アテが外れたな)
級友たちが出てきたところに零仁が駆けつけ強襲し、即座に【遺灰喰らい】で喰らう。能力を吸収し強化したところで、さらに別の者を喰らう――というのが、当初の目論見だった。
燻り出すにもどうしたものか、と思案していると、伝令が言いにくそうに口を開いた。
「あ、その……【遺灰喰らい】殿に、【星眼の巫女】殿から伝言です」
「俺に?」
「ハッ! ”敵は魚鱗、鱗を剥がせ。さすれば級友は現れよう”とのことです!」
その言葉に、思わずフッと笑みが出る。
【星眼の巫女】の視界で敵陣を見た新治は、戦国時代に使われたとされる”魚鱗の陣”に見立てのだろう。ゆえにこそ、鱗というフレーズを使ったのだ。
「新治が見つけられない以上、範囲外で後詰か遊撃として待機してるだろう、ってことか? ってか、俺が”鱗”の意味を分からなかったらどうするつもりだったんだ……」
「彼女、すっかり軍師ノリですねえ。敵方の意図は分かりませんが……まずはひと暴れ、ですかね」
「ここにずっといるよりはいいわ。行きましょう」
零仁はクルトとメイアに向けて頷くと、愛用の戦鎚を握りこんだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
お気に召しましたら、続きもぜひ。




