契り
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「……こいつが、今オレたちがいる島だ。正確な大きさは分からねえが、日本の北海道くらいだと思ってもらえりゃいい」
グランスはそう言うと、手元の地図に描かれた広大な島を指した。
新治の持っている地図とは比べ物にならないほど、精巧なものだった。街や村の名から、平原、丘陵、森、河川、山脈の名に至るまで、細かく記されている。
「島のど真ん中を流れてるのがトリーシャ河だ。河を分け目にして西側が旧王派、東側が新王派だと思ってくれ」
言葉どおり島の中央を北から南にかけて二分するように、大きな河が流れている。いくつかの支流に分かれた後、島の南部中央にある三角州に流れていくようだ。
「やけにざっくりと別れてるんですね……」
「挙兵したオレらは元より、参じたのも河の西側の領主がほとんどだったんだよ。日和見を決め込んでる領主も大勢いるけどな」
新治に応じたグランスの言葉に、カークスが自嘲気味に笑った。
「……私も、日和見をしている領主の一人だったがね」
「別に責めてねえよ。領地の位置が悪かっただけだろ」
カークスとグランスのやり取りに耳を傾けつつ、島の西部に目を向ける。
言われてみれば、西部には大きな街がほとんどなかった。開拓が必要とされているのも納得だ。その未開地に先の内戦の英雄たるグランスが封ぜられているあたり、この内乱が単なる王位継承権を巡る争いでないことは、なんとなく想像がつく。
続いてグランスは、河の中央から西にある大きな都市に指を置いた。
「ここが旧王派の本城、グスティアだ。今のところトリーシャ河にかかってる三つの橋と、橋の関所を兼ねた三つの砦を中心に争ってる」
グランスの指が、トリーシャ河の北、中央、南にある橋を示した。それぞれの橋の西側には、砦の名が記されている。
中央と南の砦には青の駒が乗っており、周りを大小バラバラの青い駒が取り囲んでいる。北の砦だけは赤の駒が乗っているが、大きな青駒を中心とした群れがぐるりと囲んでいた。
「中央のゼフィル砦と、南のノトゥン砦は旧王派が獲ってる。北のヴォレア砦は新王派に獲られてるが、旧王派の主力が包囲してる。今のうちに中央と南から押し込んで、バルサザールの居城であるネロスを陥としたいんだが……」
説明を続けるグランスの指が、河の東の平野部に記された砦で止まる。
ダリア砦――。転移した零仁たちが最初に連れてこられた、バルサザール領の砦だ。
「そこに出てきたのが、お前さんたちの級友だ。最近、訓練を終えたらしくてな。【武極大帝】を中心とした部隊が、旧王派の前線拠点を潰して回ってんのよ」
聞き覚えのある二つ名に、胸のあたりにわずかな疼きを感じた。
【武極大帝】、舘岡良平――。追放された時の屈辱は、忘れもしない。
「この調子だと、そろそろ一発デカい戦を仕掛けてくるだろう。負ければ今の陣地ばかりか、トリーシャ中央と南部の勢力圏まで失いかねない」
「そうなる前に、次の戦で級友らを狩って喰え……ってことっすね。優勢を見せつけてやれば、日和見してる領主たちも旧王派になびく」
「察しの良さは合格だ……。お前さんの能力のことはクルトから聞いた。にわかには信じ難いが、実際に喰うとこまで部下が見てるんじゃ、信じざるを得ねえ」
「お安い御用です。理屈は分かりませんが、俺は転移者を喰えば喰うほど力が増す。狩り尽くしてやりますよ」
「言葉に行動が伴うか、見せてもらおう。なにせお年頃だ。知った顔に友人、他にも色々いるだろうから、な」
にやりと笑うグランスの言葉に、別の疼きが胸を襲った。脳裏に、ひとりの少女の顔が思い出される。
【業嵐の魔女】、颯手里緒菜――。彼女もまた、戦線に赴いているのだろうか。
想いを巡らせる間に、グランスは沈黙を保っていた新治へと視線を向けた。
「さて、零仁は話がついたが……。テラ、君はどうする?」
「……っ」
「オレも強制はしたくねえ。戦いが嫌なら、アウザーグの領民たちと一緒に西部へ行くといい。気心知れた連中と一緒なら、生活に困りはしねえだろう」
新治はしばし俯いていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。
「いいえ……わたしも軍においてください。戦うことはできませんけど、【星眼の巫女】ならお役に立てますよね?」
天幕の中の、空気が変わった。
「新治……⁉」
「テラくん、無理しなくていい。これは我々の戦いだ」
「違います、違うんです……」
零仁とカークスの言葉に、新治はふるふると首を振った。
「戦いは嫌です。バルサザールさんやクラスの級友なんて……もう顔も見たくありません」
「だったら村の皆と西部に行けばいいだろ。安心しろ。バルサザールもクラスの連中も全員、俺が消してやる」
そこまで言ったところで、新治は零仁の顔を睨みつけた。
「……わたしは、それが嫌なのっ!」
「は、はあ……?」
「わたしはもう、レイジくんに人を殺してほしくない! けどレイジくんは、どうせ行っちゃうんでしょうっ⁉ だったらわたしも協力して、すぐ終えたほうがいいじゃないっ!」
「お、お前、そんな理屈……」
「それに……わたしが今生きていられるのは、レイジくんのおかげだもの。だから血の海でも泥の中でも、ついていく。そう決めたの」
新治がそこまで言ったところで、不意にグランスが肩を震わせた。
「ガッハッハッハッハッ、よく言ったッ! 【星眼の巫女】、侮ったことをお詫びしよう。我……【大いなる御手】、グランス・ヴァン・トラクテンバーグの名を以て、貴女の求めに応えようっ!」
「へっ……⁉ ちょっと……」
グランスと新治の顔を見比べていると、隣のカークスが肩にぽんと手を置いてきた。
「……レイジくん。こうまで言われて止めるのは、さすがに野暮と言うものだぞ」
「いや、戦場に出てバルサザールに狙われたら、ここまで連れてきた意味が……。あぁぁあっ、もうっ! 好きにしろっ!」
「そうさせて、いただきます」
半ば自棄になった零仁の声に、新治はすまし顔で微笑んだ。
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