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獅子公グランス

お読みいただき、ありがとうございます!

 旧王派の陣地は、アウザーグ村から徒歩で五日ほどのところにあった。


 丘の陰の街道で野営して二日。

 トリーシャ河の手前で丘に登り、星を眺めて野営して二日。

 丘を下り草原に降りて、旧王派の勢力圏にある村で一泊。ここだけは先方が手配してくれていたのか、結構な食事にありつけた。


 さらに歩き通していると、夕刻になってようやく目的の陣地が見えてきた。


「いやあ~……。さすがにしんどいな、これ……」


 馬に乗りっぱなしで痛くなった尻をさすっていると、例によってクルトが横に馬を寄せてきた。


「長旅、お疲れさまでした。もうすぐですよ」


「飯とか風呂とかいい。とりあえず寝てえ……」


 消え入るようなぼやきに、クルトがさもありなんとばかりに苦笑する。

 森谷を擁した襲撃から、追撃らしい追撃はなかった。拍子抜けしたが、村人たちに被害がなかったのでよしとする。


「しかしまあ、よくみんなついてくれたもんだ」


 村人たちは疲れてこそいるが、落伍者はひとりとして出なかった。

 皆、あと少しで到着するのが分かっているのか、嬉しそうに歩いている。


「まあ、春先ですからね。食料に事欠かったのは救いでした」


 クルトの言う通り、森や丘を移動したのはもちろんあった。だがそれにも増して、新治やカークスが交代で活力回復の魔法をかけ続けていたのが大きい。

 話しながら馬に揺られていると、メイアが馬で駆けてきた。


「……カークス殿から伝令。列の先頭に来てほしいって」


「俺? なんで……」


「ともに我が主に謁見するつもりなのよ。あなただって、それが望みでしょう?」


 メイアの一言に得心すると、列の脇に出て馬を走らせる。

 行列の先頭についてみると、カークスの顔は若干やつれてはいるが元気そうだった。隣ではやや精悍な顔つきになった新治が、小さな馬に揺られている。


「やあ、来たね」


「レイジくん、お疲れ。なんかちょっと久しぶりな気がするね」


 新治は肌艶がよく、疲れている様子も見えない。


 クルトから聞いた話では自身の他、村人たちや馬への活力魔法や回復魔法をずっとかけて回っていたらしい。

 ”いくら下位の魔法とはいえ、魔力(マナ)の保有量が尋常ではない”というのがクルトの評だった。


「ずっと殿軍(しんがり)や周囲の警戒で駆け回ってたからな……。グランスさんって、あの陣地にいるんですか?」


「トリーシャ以東における、旧王派の本陣だからね。クルト殿も、昨日の村から鳩を飛ばしてくれていたらしい」


 カークスはひと息つくと、ふたたび零仁のほうを見た。


「ロクに礼も言えずにすまなかった。ここまで来れたのは、君たちのおかげだ。ありがとう」


 まっすぐに目を見られて、慌てて目を逸らす。面と向かって言われると、やはり少々くるものがある。


「別にいいですよ……。俺だって旧王派の陣地を目指してたんですから。恩を着せることもできましたしね」


「それでも、だ。君たちがいなければ、間違いなく戦死者や落伍者が出ていただろう。この恩は必ず……」


「だからいいですって。村で二ヶ月も世話になったんですから」


 話しているうちに、陣地の門の前まで来ていた。カークスとともに先頭を切って、馬を進める。


 すでに情報が知れ渡っているのか、門の中は革鎧を着こんだ兵士や傭兵と思しき者たちで溢れかえっていた。


「あれが新王派領からの亡命者ってやつか?」

「らしいぜ、丘の向こうから逃げてきたんだってよ」

「丘の向こうっ⁉ どんだけ死んだんだい、その割には多いけど」

「戦死も落伍もなしだとよ。大したもんだぜ……」

「おい見ろよ、あれ。手配書の……?」

「ホントだ、こっちに逃げてきたの?」

「バルサザールめ、ざまあみろってんだ」


 やいのやいのと騒ぐ者どもの間を通りながら、天幕が立ち並ぶ陣地の中を歩く。


 記憶に残る新王派のダリア砦と比べると、旧王派の陣地は兵士や傭兵、下位の騎士と思しき者たちが多かった。反乱勢力というところもあり、上級の騎士たちは少ないのかもしれない。


 やがて視界の先に、ひときわ大きな天幕が見えた。その前で、逆立った金髪の巨漢が仁王立ちしている。


(あれが……?)


 天幕の前まで着くと、カークスは馬を下りるなり金髪の巨漢と抱擁を交わした。


「……久しぶりだな。よく来た」


「……ああ。また会えたな」


 カークスはその一言だけを交わして抱擁を解くと、すぐさま跪いた。

 あわせて跪く新治の姿を視界の端に捉え、慌ててあとに倣う。


「アウザーグ領主……【燐光の抗剣(レジスト・フォスファ)】、カークス・ヴァン・ヒュッテラーにございます。此度の援兵ならびに領民の受け入れ、深く感謝いたします」


 金髪の巨漢はフッと笑うと、例の右手を胸に沿える武家の礼式を取る。


「ノースエンド領主……【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】、グランス・ヴァン・トラクテンバーグである。我が檄に応じ、よくぞ参じてくれた。……と、まあ、堅苦しいのはこの辺にしておこうか」


 次いで金髪の巨漢――グランスは、零仁と新治のほうに目を向けた


「そこの二人、大体の話はクルトから聞いてるが……。一応、名を聞いておこう」


「【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】、レイジ・フツガワ」


「【星眼の巫女(ステラ・シーカー)】……テラ・ニイハルです」


「バルサザールが探してるヤツらが転がり込んでくるとはな。面白いもんだ」


 グランスはふたたび、右の拳を自らの胸に当てた。


「改めて……【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】、グランス・ヴァン・トラクテンバーグだ。我が友カークスと、その領民を助けてくれたこと、深く感謝する」


 そう言うと、深々と頭を下げる。

 周囲で見物していた、旧王派の者たちがどよめいた。カークス曰く礼に合わせて(こうべ)を垂れるのは、最大級の賛辞のはずだ。


「さあて、こんなもんでいいだろ。さっきから後ろの皆さんがお待ちかねだしな」


 にやりと笑うグランスの言う通り、彼方からは炊ぎの煙が上がっていた。穏やかな風に乗って漂う美味そうな匂いが、鼻とすきっ腹を刺激する。


「細かい話は明日の朝にしよう。今日はメシ食って寝とけ。腹減ってくたびれてんじゃ、話なんぞ頭に入らねえからな」


 グランスの言葉に、背後に連れた村人たちが色めきだった。



 *  *  *  *



 旧王派の歓待を受けた、翌日の朝――。

 零仁と新治は、カークスとともにグランスの天幕を訪れていた。天幕の中は結構な広さだが、寝床と地図を置く背の低いテーブル以外に目立った設えはない。


「昨日は楽しめたか?」


 零仁たちがテーブルに向き合って座ると、グランスは木のコップに熱い茶を注いだ。かと思うと、木のコップが宙に浮き、零仁たちの前へと配される。

 なんでもこの見えない”手”がグランスの能力(スキル)、【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】らしい。


「……楽しむどころじゃなかったよ」


 幾分げっそりとしたカークスが応じると、グランスがにんまりと笑う。

 零仁たちは疲労と満腹感でさっさと寝たが、カークスは夜半まで酒に付き合わされていたらしい。


「ガハハハッ、そういうところは変わらねえなあ。じゃあきっちり休んだところで、お前が好きなマジメな話をしようか」


 グランスが、一転して真顔になった。


「念のため、改めて聞こう。【燐光の抗剣(レジスト・フォスファ)】、領民たちの生命ならびに糧食の保証を条件に、我が旗主となる……異論はないな?」


「ああ。新王派を押し込まない限り、我が旧領が回復されることもないからな」


「よし。領民たちは少し休ませた後、グスティアを経由して西部の開拓村に移ってもらう」


「娘もそちらに送ろうと思う。安全なんだろうな?」


「新王派にトリーシャ河を渡らせなければ、な。開拓はしんどいがメシは豊富だし、食いっぱぐれはねえ」


 そこまで聞いたカークスは、深々と頭を下げた。


「感謝する。あと自警団の者たちで兵役を希望する者は、登用してやってほしい」


「いいだろう。もっとも、旧王派軍(うち)の基準をクリアできればだがな。さて……」


 グランスの視線が、零仁たちへと移った。


「お前たちの事情も、大体聞いてる。レイジと言ったな。まだ級友(かたき)を討ちてえか?」


「はい、そのために来ました。ぜひ旧王派(あなたがた)と一緒に戦わせてください。損はさせません」


 淀みなく答える横で、新治が少し顔をうつむける。

 グランスは難しい顔をすると、テーブルの上に広げた地図を指した。


「……カークスもいるし、ちょうどいい。今からこの島の状況と、お前に課す任務を伝える。それを聞いたうえで、乗るか反るか決めろ」


 その言葉に、零仁はしっかりと頷いた。

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