大脱出②
お読みいただき、ありがとうございます!
零仁はクルトと並んで、丘と森の狭間にある街道を駆けた。
徐々に高くなっていく朝日が、視界の端を流れゆく森と丘の斜面を照らしている。街道の石畳からはわずかばかりの雑草が生えているばかりで、道の状態は良い。使われなくなってから、そこまで時が経っていないのだろう。
「出会い頭にブチかますっ!!」
「承知!」
騎乗で短い言葉を交わすと、なおも街道を疾駆する。
程なくして、前方に騎兵の影がちらついた。彼我の距離が、見る見るうちに距離が縮まる。
「あれか……!」
「やはり軽装ですね、大胆なことだっ!」
クルトの言う通り、騎兵たちの防具は金属の兜と胸甲鎧のみだった。武器に至っては、各々肩に担ぐように持ったサーベルのみ。想像していた重装甲の騎兵よりは、だいぶ軽装である。
「て、敵襲っ! 止まれっ!」
零仁たちが止まらないことを悟ったのか、先頭の騎士ががなり立てた。こんな寂れた街道で敵の騎馬が逆走してくるなど、思ってもいなかったのだろう。
(今だっ!)
馬を腹を蹴り、クルトの前に出る。
得物を持つ右手で手綱を操りながら、空いた左手を騎兵に向けて突き出した。手に集う炎をイメージし、力の名を解き放つ。
「火炎雷撃ッ!」
掌に集った炎が、雷とともに迸った。先頭の騎兵が炎を受け、馬から転げ落ちた。塩田の【灯すもの】によって使えるようになった、炎の攻撃魔法である。
「ぐぎゃあああっ⁉」
棹立ちになった馬には後続の騎兵が次々に突っ込み、ドミノ倒しのように倒れこんでいく。
「ヒヒイィィイン!」
「おいバカ野郎ッ! 止まれ止ま……ぎゃああっ!」
「各員、散開し……ぐぼあああっ⁉」
零仁はダメ押しとばかりに、人と馬が折り重なったところに手をかざした。
「火炎雷撃ッ!」
炎雷が、悶えている人馬を片っ端から焼き尽くしていく。
ちなみに転移人は生活に用いるレベルの簡単な魔法なら、イメージだけで使える。だがこの能力は炎を使う場合に限り、イメージの効力を拡大してくれるらしい。それを利用して、こうした炎以外の事象も発現することができるのだった。
(クルトにコツだけ教わっといて正解だったな! 早速、役に立ってくれた!)
ほくそ笑みながら、手早く丘の斜面へと馬を走らせる。
振り向くと後続のクルトが、丘の斜面に走り難を逃れた騎兵たちへ、錫杖を向けていた。
「衝爆炎想!」
「ごぎゃあっ⁉」
炎弾をもろに喰らった騎兵が、盛大に馬上から吹っ飛んだ。主を無くした馬は音に驚き、丘の彼方へと駆け去っていく。
零仁は勢いに乗じて散開した騎兵たちを叩こうと、右手の戦鎚を握りこんだ。
その時――。
「祓川ああああああッッ!」
聞き覚えのある声がした。
見ると丘の斜面を駆け降りるように、一騎の騎兵が突っ込んでくる。騎兵はもとより乗った馬に至るまで、薄紅色のオーラに包まれている。
「……森谷ッ!」
級友の名を呼び、馬を走らせる。
新治から、【吶喊する騎手】のことは聞いていた。使用者の移動速度が一定に達している時にしか使えない、中位級能力だ。発動すると使用者の周囲にオーラが展開され、障害物や魔法を弾いて進むことができる。オーラの強度は、移動速度と走行距離に比例するらしい。
「お前ッ、お前ッッ! 燈子を、燈子をどこにやったああああああッ!!」
絶叫する森谷は、丘の斜面を駆け降りてきた。走行距離を稼いでいることは、容易に想像できる。
(このままぶつかり合ったら負けだ……! 予定通りにやるっ!)
思いを巡らす間に、薄紅色の光はすぐ目の前まで迫っていた。殺気だった森谷の目が、零仁を捉える。
それを見た零仁は、にやりと笑った。
「【強迫の縛鎖】!」
零仁は、森谷が駆る馬の目を見て、能力を放った。
馬が瞬時にして棹立ちになった。森谷を覆うオーラが、消えた。
「なっ……⁉ バカがっ、うごけええっ……お、あああっ⁉」
勢い余って倒れた馬の背から、森谷が草地に投げ出された。
――障害物や魔法は弾けても、視線や馬への害意までは弾けない。
――速度が発動条件なら、足を止めるか速度が落ちれば、能力は解除される。
新治の情報をもとに予想した【吶喊する騎手】の弱点は、どうやら大当たりだったらしい。
「【強迫の縛鎖】ッ!」
ふたたび放った能力の呪縛によって、森谷がピクリとも動かなくなる。馬の呪縛は解除されるが、森谷さえ止めれば問題はない。
憎悪に燃える目を見ながら、零仁は空いた左手を突き出す。
「……焚火灯呪」
放った炎の魔法によって、森谷の全身が炎に包まれた。
対象を穏やかな火で包むだけの魔法だ。烈しい炎も爆風もない。だが身動きが取れない今の森谷にとっては、ひと息に殺されるより辛い拷問となるだろう。
「お前の塩田なあ……俺が喰ったよっ!」
言い捨てると、零仁は生き残った敵騎兵たちの掃討にかかる。
出会い頭に見舞った魔法で、騎兵たちの数は半数足らずまで減っていた。そこからクルトがさらに数騎を屠り、後方偵察に出ていた麾下の騎兵たちも合流してきている。
――すべての敵騎兵が斃れるまで、さして時間はかからなかった。
零仁が馬から降りて森谷の前に戻ると、火はまだ燃えていた。少し呪縛が弱まったのか、蚊が鳴くような声が聞こえる。
少し離れた位置では、クルトとその麾下が神妙な顔つきで見守っていた。
「……どうだ、お前の塩田の魔法は。抱きしめられてるみたいだったろ」
人の形をした炭のようになった森谷に、語り掛ける。言葉を発さぬ身体からは、朝の空を覆わんばかりの灰が舞っていた。
焼け焦げた額に、右掌を当てた。炎で焼かれたばかりの熱が、掌を通して伝わる。
「もうちょい、おしゃべりしてやりたかったが……無理そうか。【遺灰喰らい】」
右手に生まれた灰色の紋が、森谷の身体を喰らう。程なくして、断末魔すら上げぬ炭の塊が紋に飲み込まれた。
脳裏に、イメージが浮かぶ。
――視界いっぱいに塩田の顔が見える。口づけをしているらしい。
どうやら塩田の記憶の、続きのようだった。
『――ねえ、祐樹。私たちさ、元の世界に戻れると思う?』
『――どうかな。室沢たちが元の世界の資料とか探させてくれって、バルサザールさんに頼んだみたいだけど』
『――んと、そうじゃなくて。どうせ戻れないならさ、その……』
『――なんだよ。改まって……』
『――結婚とか、しちゃわない?』
『――……アッハハハハッ!』
『――なっ、なんで笑うのっ⁉ 私、真剣だよっ⁉ 戦いに出たら、お互いどうなるか分からないんだし……!』
『――ハハハッ……ごめんごめん、燈子らしいなって思ってさ。いいよ、結婚しよう。クラスのみんな、式に呼んでさ』
『――祐樹……!』
『――約束だ。だから、絶対死ぬなよ』
――塩田が涙ぐみながら頷いたところで、イメージがどろりと崩れ落ちた。
脳裏に、【吶喊する騎手】の名が浮かぶ。
(よかったな。これで……ずっと一緒だ)
振り返ると、騎兵たちがおぞましいものを見る目つきで零仁を見ていた。クルトも見るのは二度目のはずだが、心なしか険しい表情をしている。
「……あんた方のおかげで、級友のひとりを討てた。ありがとうな」
「礼を言うのはこちらのほうです。熟達した騎兵の一個小隊の半ばと転移者を、たった一人で、とはね……」
「なんてことはねえよ。さあ、村の連中に追いつくぞ」
零仁は馬にまたがると、何事もなかったかのように丘を後にした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
お気に召しましたら、続きもぜひ。