復讐の残り火
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グリゼンダ要塞における、通商条約の調印式が終わった後。
大広間では、懇親会と称した宴会が行われていた。
そんな中、零仁は輝良とともに、さっさと会場から抜け出していた。
お偉方の堅苦しいやり取りに興味はない。何より領主になってから着るようになった黒い礼服の息苦しさから、一刻も早く解き放たれたかった。
「いいの? アリシャを放っておいて」
零仁とデザインを揃えた、スカートタイプの礼服を着た輝良が首を傾げる。
身体のラインが出るだけに、胸のボリュームがやたらと目立つ。式典中すら、それとなく見ていた者たちがちらほらいた。
「いいんだよ。そもそも賽原さんや転移者隊が総出で出張ってるんだぞ? 颯手たちだって会場にいなかったし、万一あいつらが動いても輝良が気づけるだろ」
本来、地方領主になった零仁が、この式典に出る筋合いはない。
だが『【業嵐の魔女】たちがいる以上、零仁がいるに越したことはない』と、アリシャと賽原から拝み倒され、仕方なく参加することになっての今日である。
主棟の正面扉をくぐれば、目の前は中庭の大階段と、白と黒の薔薇園だ。
なんでも外から攻め入った敵を確実に食い止められるよう、主棟へ向かうには、必ず中庭を通る構造になっているらしい。
実際、中庭は三差路になっているが、主棟の入口はこの大階段だけだった。
(白と黒は、弔いの色……。ここが殺し間ってことか)
先の知れぬ未来に、想いを巡らせていると。
「あっ、いたいたっ! 祓ちゃ~ん!」
背後の声に目をやれば、神剣騎士団の鎧を纏った室沢と姫反だった。式典ゆえの正装か、マントまでつけた姿はなかなか様になっている。
今回の通商条約はトゥルメイン教団も含めた三勢力間のものなので、教主マヌサウトの護衛に来ているのだった。
「おう、お疲れ。お前らもサボりか?」
「どこかのご領主様と一緒にしないでください。ただの交代です」
室沢が呆れた調子で言うと、姫反が何かを思い出したように口を開く。
「そいえば、教主様が探してたよ? 【遺灰喰らい】殿はどこだ~、って」
「なんであの人が俺を探すんだ……?」
「ロープウェイの運賃をもう少し下げられないか~、みたいな話が出てるんでしょ? そのことじゃないかな」
たしかにそういう話は出ている。
マヌサウトとしては、削れる固定費は少しでも削りたい、と言ったところだろう。
だがロープウェイ設備の警護を担っているのは、主に山の民たちだ。維持費を落とされたらたまったものではないとして、交渉は難航していると聞いていた。
「それこそアリシャか賽原さんに言えよ。俺の出る幕じゃないだろ……」
「そこはほら、名にし負う【遺灰喰らい】様のお口添えが欲しいんじゃな~い? 今、島内でもっとも勢いのあるアウザーグのご領主様だしぃ~」
「俺は最初に木を切り倒しただけだよ。あとは全部、輝良とカティがやってくれた」
ロープウェイ開通からこの方、アウザーグにはズウェド産の品々を求める商人たちで溢れかえっていた。
北街道沿いで西部から出てきやすい上、新たにできた街道により南部との連絡が良くなったのが理由らしい。
山の民たちは聖地にも品を卸しているが、巡礼道を通らなければ門前払いになる。
だがアウザーグはそうした制約がない。商人たちの中には、アウザーグに店を構えて拠点にしたいと申し出てくる者もいるくらいだ。
「立派な功労者じゃん。ここも要塞の中はともかく、壁の外とかズウェドの民族料理の出店がいっぱいだもの。教主様がツバつけようとするのも分かるよ」
室沢が言うと、姫反も遠い目で空を見つめた。
「もう一年、この調子だし。このまま平和になったりしないかなぁ~」
「こら、そういうこと言うと……」
室沢が言いかけた時――。
一陣の、風が吹いた。
(この気配……!)
掌から黒炎を撃ちだそうとするのを、すんでのところで堪える。
「レイジくん……!」
声を抑えた輝良の視線は、大階段の下に向けられていた。
そこには、四人の女性。それぞれ色違いの魔法の戦衣を纏った上から、黒いファーのついた陣羽織。
皆、一様に零仁を見ている。
「颯手……! それに、あいつら……!」
「王属裁定機関……!」
誰も、動かない。
一歩でも踏み出したら、この平穏が崩れてしまう。皆が、そんな予感を抱いている気がした。
護衛で来たとは言え、得物は斬獲双星のみ。
ここで戦闘になれば、明らかに不利だ。
(だが……それでも、行くんだ)
零仁は、階段へと踏み出した。
眼下にいる颯手もまた、階段を一段登る。
輝良たちが後ろに続くのが、気配で分かった。
視線を感じる。目を転じれば、颯手がわずかに微笑んでいた。
黒髪にわずかに混じる金色の髪は、魔力の影響か。北の陣地で見えた時に感じた、歪な感覚は変わっていない。
『――空っぽにしてあげるよ、レイジくん』
風の唸りとともに、声が聞こえる。
颯手の口は動いていなかった。幻聴なのか、魔法を使っているのかすら、分からない。
『――その後で……あなたの中を、私でい~っぱいにしてあげるね』
轟と、空が哭いた。
白と黒の薔薇が散り、秋晴れの青と入り混じる。
すれ違った颯手の後ろには、楢橋。
黒のウェーブロングに、わずかに差した海のような青。風になびく左肩のケープの下には、透き通った青水晶のような腕が見えた。
『――渡さない。あなたにだけは、絶対に。里緒菜は、わたしだけのものだから』
静かな怒りに満ちた視線が、声とともに突き刺さる。
刹那、舞い散る薔薇の花弁の一片が、凍てつき散った気がした。
その楢橋から少し離れて、塔村が続く。
ポニーテールにまとめた茶髪には、火の赤が交じっている。すれ違う瞬間、左目に黒の眼帯をした顔が、にいっと笑った。
『――さらに美味しそうになったじゃんか。待ってなよ。あんたと、もっとキモチ良くなりたいからさぁ……!』
ほのかな喜悦の熱とともに、声。
その矢先、いくつかの薔薇の花弁が灰と化す。塔村の眼帯から炎が迸るのが、たしかに見えた。
最後に登ってきたのは、庄山。
黒ずんだ茶髪のボブカットは、うっすら緑に染まりつつあった。古木の幹を思わせる大剣を背負って、気だるげに歩いてくる。
『――こんな気分になってんの、全部アンタらのせいだから。せめてブチ殺す時くらい楽しませてよ?』
その様とは裏腹の、享楽に満ちた声。地の底から響いてくる気すらした。
同時に感じる地鳴りと揺れは、幻覚などではない。
(クソッタレ……結局、因縁つけてきやがるか。まあ、ちょうどいい)
胸の内で、黒い炎が揺れる。
振り向けば、復讐の残り火たちが、階段の上から見下ろしていた。
輝良も、室沢と姫反も、居並ぶ級友たちを睨みつけている。
(やることは変わらねえ。お前ら全員、この手で殺す……っ!)
颯手たちは悠然と踵を返し、主棟の中へと姿を消した。
零仁たちもまた、誰からともなく、それぞれの道へと散っていく。
輝良が無言のまま、小走りになって隣に並んでくる。
零仁はその手を取ると、白と黒が彩る道を歩き始めた。
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なお第三部は構想中です。
GWまでには公開できるといいな~、くらいの感じです。
カクヨム側で先行公開の予定ですので、ご興味あればどうぞ。




