アウザーグ村 防衛戦①
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異変は、三日後の深夜に起きた。見張りが間道を進む一団を発見したのだ。
カークスの家令に叩き起こされ、慌てて防具を着こむ。
「急いで、急いでっ!」
「だああもうっ! 分かってるっ!」
不意に、防具の装備を手伝う新治の手が止まった。手がわずかに震えている。
「……また、戦うんだ」
「なんだよ、今さら。新治だって賛成してたろ?」
「分かってるよ? 村の人たちが危険になるって。それでも……」
チュニックを掴む新治の手が、きゅっと握りこまれた。
「わたしは……レイジくんに殺してほしくない」
「……もう、来ちまったんだ。行くぞ」
残りの準備を終えると、零仁は門の陰に作られた足場に向かった。使い古された革の防具は程よく馴染み、思っていた以上に動きやすい。少し後ろからは、魔法士用の長衣を着こんだ新治がとてとてとついてくる。
足場の上はところどころに設置されたかがり火で浩々と照らされ、夜半だというのに昼のように明るい。すでに門は固く閉ざされ、裏手には木箱やらつっかえ棒やらがごまんと積まれていた。堀にかけた橋も落としてあるはずだ。
足場に登ると、零仁たちの姿を認めたカークスが微笑みを浮かべた。
「よし、来たな。寝こけているのかと心配したよ」
カークスは、初めて見る金属鎧を着こんでいた。腰間にはサーベル、傍らには何本もの手槍が立てかけられている。
「すんません、防具の準備に手間取っちゃって」
視線を逸らしがてら足場を見ると、村の衆も防衛の配置についていた。内訳は自警団の者たち八名に、志願した女性の二名を合わせた十名である。ここに零仁とカークスを合わせた、十二名が総戦力だ。
ちなみにレーダー役の新治も当初は、自分も転移者なんだから、と息巻いていた。だが足場に登ることすら苦労していた時点で、カークスからめでたく戦力外通告を言い渡されている。
「……く、来るぞっ!」
遠視の魔法を使えるらしい、自警団のひとりが声をあげる。
自警団の男たちは厚手の布服や、調理器具で作った即席の防具に身を固めていた。得物はここ数日で訓練したボウガンのみである。打って出ることのない籠城戦、且つ相手がそれなりの練度の傭兵である以上、剣や槍など練習したところで無意味だろうというカークスの判断によるものだった。
(やっぱり、一ヶ所しかない門に集中させてくるよな)
考えを巡らす間に、森の切れ目から男たちの集団が現れた。
皆、革防具や金属防具に身を固め、長剣や鈍器、手槍といった思い思いの得物を持っている。偵察に来た男たちはやたら下卑た野盗面だったが、眼下にいる者たちは野盗というより精悍な戦士の顔だ。数は見えるだけでも、三十そこらはいる。
「……新治。他にいるか?」
「ううん。村の外周から少し離れた位置まで見えてるけど、今いるのはあそこに群れてるヤツらだけ。転移者もいないみたい」
「それが分かるだけでも、だいぶ気が楽だな」
傍らで聞いていたカークスが、どことなく安堵した笑みを浮かべた。
その時、一団の奥から頭目と思しき男が進み出た。ぼうぼうと伸びた黒髪に無精ひげと、いかにも賊といった面構えだ。
「女子供まで並べて立て籠もるたぁ、泣かせるじゃねえかッ! おい、領主さんよォ! 村を明け渡すなら無事に逃がしてやってもいいぜェ?」
頭目のよく通る濁声を、カークスは一笑に付した。
「我が祖父から言われているんだ! 夢見るネズミ面は信じるな、とね!」
村人たちがどっと笑う。言われてみると、男はたしかにネズミに似ている。
遠目に見える頭目の顔が、怒りの表情に変わった。こちらはわりと沸点が低いらしい。
「上等だ……っ! かかれええっ!」
『オオオオオオオオッ!』
頭目の号令に合わせて、野盗たちが雄たけびを上げて突っ込んでくる。
前方の二十人ほどは元々塀をよじ登るつもりだったのか、腰に鉤縄らしきものを装備していた。残る十人強は足場にいる村人たちを狙うつもりらしく、弓に矢を番え始めている。
「まだだ、まだ撃つなよ……今だっ、撃てええっ!」
カークスの合図で、自警団の面々が一斉に矢を放った。矢がぱらぱらと降り注ぎ、塀に取りつこうとしていた野盗の数名が倒れ伏す。
「替えっ! 構えっ!」
号令とともに、撃ち手が撃ち終えたボウガンを、各々の背後に控える村の女性に渡した。受け取った女性は、代わりに矢を番えた状態のボウガンを渡す。撃ち手が次の矢を撃つ間に、女性たちはボウガンに矢を番える。
新治がカークスに提案した方法だった。どこぞの戦国武将が、鉄砲の弾込めで用いたと伝わる手法を応用したのだろう。
「レイジくんっ! 弓を持った奴を頼むっ!」
「分かりました! ……【音速剣刃】!」
カークスに応じつつ短剣から放った白雲の弧が、弓を構えていた男の首を薙いだ。手前はボウガンに任せればいいので、弓を持った者を集中して狙っていく。
弓とはいっても、高所を狙う以上はそれなりに前に出てくる必要がある。そこを狙って叩くだけの簡単なお仕事だ。門の左側をちらと見れば、カークスが投げた手槍が、弓を構えた野盗の顔面に突き立っていた。
「ちくしょうっ、話が違うぞっ!」
「なんなんだ、あのガキはっ! 転移者かっ⁉」
「領主以外は、まともに戦えないんじゃねえのかよっ!」
矢を受けて後ろへ退る、野盗たちの声が聞こえた。実際、敵の数は早くも半分ほどまで減っている。
二段撃ち作戦が奏功したのか、はたまた舐めきっていただけか。遠目に見える頭目の顔にも、焦りの色が浮かび始めた。
「ええいっ、なにしてやがるっ! とっとと上のバカどもを撃ち殺せえッ!」
「やれるもんならアンタがやってみせろよっ!」
「楽な仕事だって言うから乗ったのによう!」
「オレたちはもうゴメンだぜっ!」
遠巻きに、野盗たちが言い合う声が聞こえてくる。
カークスと顔を見合わせて頷いた時、背後でボウガンの装填を手伝っていた新治が小さく震えた。
「ひっ⁉ ま、まだ来るっ! し、しかも……!」
「おい、どうした⁉ ちゃんと教えろっ!」
「クラスの人がいるのっ! 【灯すもの】……塩田さんっ!」
「はあっ⁉ なんでここに級友が……⁉」
塩田燈子――。テニス部に所属するカースト中位の女子で、同じテニス部の森谷祐樹とつき合っていたはずだ。
森の際あたりが俄かに騒がしくなった。どうやら敵の後詰が到着したらしい。
「えいクソッ……! 塩田の能力はっ⁉」
「中位級! 炎の魔法に適性を……!」
言葉が終わる前に。
何かが爆ぜる音が響いた。足場が揺れる。木が焼ける臭いが、あたり一面に立ち込めた。
「魔法だっ!」
「も、門がっ! 門がっ!」
自警団の男たちの声で門のほうを見れば、固く閉ざされていた門から火の手が上がっている。足場からでは見えないが、焼き砕かれていても不思議ではない。
野盗たちは、すでに森の際の位置まで下がっていた。後詰を合わせても先ほどと同じくらいの人数に見えるが、塀と門という地理的有利がなければ、話はまるで変ってくる。
「よぉしっ、次は崖上だあっ! 頼みますぜ、センセイッ!」
森の際のあたりで、頭目がはしゃぎだしている。その隣にいる魔法士用の長衣姿が、進み出た。
「クソッタレ……! 次発を撃たれる前に殺る!」
「無理だよっ! あの位置じゃ【音速剣刃】は届かないでしょ⁉」
「突っ込めばいい! みんなを足場の下に避難させてくれっ!」
制止してくる新治の手を、振りほどこうとしていると。
「……大丈夫だ。魔法なら、私に任せてくれ」
そう言ったのは、カークスだった。
サーベルを抜き放つと、肌が散りつく空気の中を一歩前に出る。
「能力、ですか? でも、どうやって……!」
「私だって転移者の端くれだよ。まあ見ていろっ!」
言い合ううちに、森の際に子供ほどの大きさをした火球が現れた。燃え盛ったと思うと、零仁たちが立つ足場を目がけて飛んでくる。
「わわわわ来たぁっ……!」
「ひ、ひいっ! もうダメだぁ、おしまいだあっ……!」
新治や自警団の男たちの慌てた声が響く中、カークスはサーベルを構えた。
「……【燐光の抗剣】!」
燐光が、サーベルの刃を包み込む。
カークスはサーベルを天に掲げた。飛来した火球が、刃の燐光に吸い寄せられた。かと思うと一瞬にして散り消え、光となって刃の中へと吸いこまれていく。
カークスがサーベルを振るう。刃を包む燐光が刃となって、野盗の群れの一角を薙ぎ払った。
「す、すごいっ……!」
ぽつりと言う新治を笑みで応じると、カークスは自警団の男たちに視線を移した。
「さあ、火が燃え広がる前に決着をつけるぞっ! 魔法は私が引きつける! レイジくん、君は転移者と頭目を頼む!」
「分かりました……突っ込みます!」
零仁は託された得物を引っ掴むと、熱風荒ぶ壁の外へと飛び降りた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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