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平穏の終わり

お読みいただき、ありがとうございます!

 その日、零仁は朱に染まる西の空を眺めていた。

 アウザーグ村の外壁から少し離れた森の際から見ると、ちょうどはるか向こうに見える山の陰に陽が沈む。この景色が、妙に気に入っていた。


 すぐ側では、村の中年夫婦が木の実の採取に勤しんでいる。零仁は荷物持ち兼、魔物が出た時のための護衛というわけだ。


(この世界の月は二十八日刻み、って言ってたから……。元の世界の暦だと、ちょうど二ヶ月くらいになるのか)


 仕事の合間に教わった異世界の暦を思い出しながら、指折りで数える。


 カークスに教わったところによると、この異世界では太陽の周期が若干異なるらしい。それに合わせて一年を三三六日、一ヶ月を二十八日としているのだそうだ。三ヶ月おきに入れ替わる乾季と雨季は、農業や戦にも影響する。


(ずいぶんとまあ、、機械的な世界だこと……。さて、頃合いか)


 合間に捕まえた野ウサギを運ぶ用意をする。村人たちに獣の捌き方を教わってこの方、護衛の合間を縫っては狩りをして、食卓を賑やかすことが楽しみのひとつになっていた。


 カークスをはじめとした村人たちは、想像以上に多くのことを知っていた。野山や森の歩き方から、食べられる木の実や獣、野外の調理の仕方と、教わったことを数え出したらキリがない。


(あれから追手もまったく来ない。諦めたか……? いや、そんなはずもないか。手配書はまだ回ってるんだ)


 村に逗留してからというもの、追手はまったく来なかった。一度だけ、近隣の領主の使いと名乗る騎兵が手配書を配っていったが、村人たちが笑いながら火に()べていたものだ。


 新王派と旧王派の戦いは、どちらが優勢ともつかず小競り合いを繰り返しているらしい。ただ級友たちが訓練を終えたのか、聞き覚えのある二つ名が勇名を馳せた、などといった噂はちらほら聞く。


(いつ、発つか……)


 アウザーグ村での穏やかな日々は、零仁の容貌を精悍なものに変えていた。


 ボサついていた黒髪は、村の女性の手でスッキリした髪型に変わっていた。こけていた頬は程よく戻り、もともと細かった身体には旅程と力仕事と、村の食事で培った筋肉がついている。


 だが心は変わらなかった。胸に灯った黒い炎は、未だ消えていない。


最上位級(ハイエンド)のヤツらは、経験を積みきる前に狩りたい。なるべく早く発ちたいところだが……)


「……おぅ~い、レイジちゃ~ん。そろそろ上がろうかあ」


 張り詰めだした思考を、のんびりとした男の声がやんわりと断ち切った。


 声のほうを見ると、中年の夫婦と中学生くらいの娘が、果実や木の実でいっぱいになった籠を抱えて歩いてくる。

 最初に村に来た時にあった中年、アレンとその家族たちだ。


「お疲れっす。またずいぶんと採りましたね」


「おう、熟れた実がたくさんあってなあ。熟れきる前に採ってやんねえと、ダメになっちまうからね。……っと、お迎えが来たぜ?」


 笑うアレンの視線の先を見てみると、村のほうから歩いてくる者がある。

 チュニックとスカートの上から長衣(ローブ)を纏った、黒髪ボブカットの少女――新治だ。


「レイジくん、お疲れ。そろそろ上がりでしょ? カティちゃんが、もうすぐ夕飯できるから早く戻って来て、だってさ」


「あれ、もうそんな時間か。ってか、なんで名前で……」


「だって村の人たち、みんな名前で呼ぶじゃない? わたしだけ名字で呼んでるの、浮くんだもん」


「だからって……」


「……なっはっはっは! 照れるなよ~、レイジちゃん。別にいいじゃねえか」


 なおも言い返そうと思った時――。

 アレンたちが歩いてきた森の中から、不意に二人の男が飛び出してきた。


 どちらも下卑た顔つきをしているが、身体の所々に金属製の防具をつけている。得物は森の中でも取りまわしがよさそうな、短かめの剣だ。


(野盗っ⁉ その割には装備も、動きもいい……!)


「レイジくんっ!」


 新治の緊迫した声が響く。

 動きと視線からして、狙いはアレンの妻と娘だ。二人に肉薄される前に、娘に迫っている男の目を見つめる。


「【強迫の縛鎖(デュレス・バインド)】!」


 瞬間、男が金縛りにあったかのように動きを止めた。

 残ったもうひとりの男の顔に、動揺の表情が浮かんだ。しかし、構わずアレンの妻のほうを狙って突っ込んでくる。

 ひと息に駆けた。アレンたちの横をすり抜け、庇うように男の前へと出る。


「く、っ……!」


 侮りがたしと見たか、男が剣を構えた。

 零仁は間合いに飛び込むことはせず、その場で後ろ腰の短剣を抜き放つ。


「【音速剣刃(ソニック・スラッシュ)】!」


 抜き打ちざまに飛んだ白雲の弧が、男の喉を斬り裂いた。

 ひとりの動きを止めて数を減らし、残敵の数を速やかに減らす。【強迫の縛鎖(デュレス・バインド)】を吸収してからこの方、散々使っている戦法である。


「大丈夫ですか?」


 声を駆けながらあたりを見回す。他の賊が潜んでいる様子はない。


「あ、ああ……。初めて間近で見たけんど……ホント、強いんだなぁ……」


「ありがとうねぇ、レイジちゃん……」


 アレンとその家族に笑顔で応えると、未だ身体を震わせたまま動かない男の片割れに目を向けた。


 改めて見ると、得物も防具も戦場跡で漁った鹵獲品ではなく、磨かれた質の良いものだ。顔立ちこそアレだが、髪や肌に不衛生な印象はない。


「とりあえず、カークスさんのところに連れて行こう。……アレンさん、すみません。こいつ縛るの手伝ってもらえます?」



 *  *  *  *



 夕食をかき込んだ後、待つことしばし。

 領主館の食堂の扉を開けて、カークスが入ってきた。


「尋問が終わったよ。意味はなかったがね」


「ただの野盗……って、わけじゃないみたいっすね」


「ああ。口を割らなかった、と言ったほうが正しい」


 零仁に応じながら、カークスは険しい表情で椅子に腰を下ろした。

 その言葉は、捕らえた男が相応に訓練された者であることを示している。


「今日の襲撃は下見だろう。おそらく、すぐにまた来るな。仲間が帰ってこない以上、今度は大勢で……」


「ええ、っ……!」


 半ば予想通りの答えに、新治が表情を硬くする。


「分かったなら、国に通報して応援を回してもらえばいいじゃないですかっ! それでなくても近隣の領主さんとか……!」


「その近隣の領主と共謀(グル)なのさ。よその領地にちょっかいをかけたい時、野盗に扮した傭兵たちを使って領主を殺し、村を支配する。その討伐を買って出た雇い主の領主が、意気揚々と村を乗っ取るんだ」


 カークスは新治が出した茶を一口すすると、落ち着き払って言葉を続ける。


「国は事の真偽なんて知るはずもないからね。野盗を討った褒賞として、乗っ取った領主にそのまま管理を任せる。領主側は略奪を許す代わりに、少ない金で働き手と領地を手に入れる。傭兵は傭兵で、好き放題できるってわけだ」


「そんな……」


「新王派の領主連中がよく使う手口だよ。大方、バルサザールの差し金だろう。もちろん元の住人たちのことなんて知ったことじゃないから、女が犯されようが子供が攫われようが、どこ吹く風さ」


 夕日に染まる丘に、級友たちとともに転移した時のことが思い出された。

 (うやうや)しい態度で現れたバルサザールの顔は、今でも忘れない。


(なるほどね。バルサザールにしてみりゃ、クラスのヤツらはそういう便利な傭兵連中と同じってわけか……)


 転移直後のところを助けて恩に着せ、訓練を施し傭兵として組み入れる。衣食住と報酬を与えて祭り上げれば反乱を起こされる危険も少ないし、自軍の損耗も抑えられる。


 使えるだけ使った後で、うまい具合に戦場の露と消えてくれれば、万々歳といったところだろう。胸糞は悪いが、合理的ではあると認めざるを得ない。


「なんとか、ならないんですか?」


「この村で戦えるのは私の他、十名足らず……。だが、皆でここまで拓いた村だ。最後まで足掻いて見せるさ」


「……俺も戦います。野盗を蹴散らせば、他の領主連中は入ってこれないんですよね?」


 椅子から立ち上がった零仁に、カークスが驚いた顔を向けてくる。


「相手は多勢だ。どこに目があるかも分からない。旧王派の知人に紹介状を書くから、襲撃の前に村を出たほうがいい」


「この村の人たちには世話になりました。それを見捨てて出ていけるほど、恩知らずじゃありません」


 零仁の言葉に、新治も頷く。

 カークスはなおも考え込んでいたが、やがて意を決した表情で顔を上げた。


「分かった、ありがとう……。私も、打てる限りの手は打ってみる」


「なにか、手があるんですか?」


 不安げな新治に、カークスは頷きを以て応じた。


「旧王派のグランス公爵に、助力を乞おうと思う」


「その人が、さっき言ってた知人……?」


「ああ、彼も転移者でね。前の内戦では幾度も(くつわ)を並べた仲なんだ。旧王派の重鎮だが、きっと動いてくれる」


「どんな人なのか知りませんけど……。旧王派の人たちがいるのって、河の向こうなんでしょう? しかもカークスさん、知り合いってだけで旧王派じゃないですよね?」


「これから鳩を飛ばして、間に合うかは賭けだがね。新王派の勢力圏内に足場ができるとなれば、旧王派として見ても悪い話じゃないはずさ」


 カークスは立ち上がると、零仁たちに向けて笑いかけた。


「まさか若者に背中を押されるとはな。……我らと君たちで、育ててきた村だ。ともに守り抜こう」


 その言葉に、零仁と新治はそろって頷いた。

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