壊天、武極大帝①
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鐘を突くような音が、朱の空に響き渡る。
魔法の鍛冶師の武器同士がぶつかった時にだけ奏でる、重厚な衝突音。
方々から鳥たちのざわめきが聞こえた。強者がぶつかり合う気配を、音と空気の震えで感じ取ったのだろうか。
(さすがに、やるっ!)
零仁は舘岡の斧槍を弾いて、大きく後ろに跳び退った。
舘岡も逆らわず、柄を諸手で持っての迎撃の構えを取る。
「【変幻自在】!!」
零仁の身体に、奇妙な感覚がまとわりつく。見た目は何も変わらない。ただ自身の身体が外側にもうひとつあるような、そんな感覚だ。
(この体感なら、能力の名前も納得だ……!)
攻撃と判断した事象からの身体ダメージを一定回数だけ無効化できるこの能力、単純な殴り合いでは無類の強さを誇る。
展開中に他の能力を使うと効果が途切れるが、魔法は使える。そもそもダメージを受けないなら問題ない。
(まずは【変幻自在】で見極める! 舘岡の遣う魔法とやらを……!)
ふたたび間合いを詰めようとした矢先、動かなかった舘岡が口を開いた。
「……燃えろ」
手もかざさず、名づけもない一言。
だがそれだけで、零仁の全身が炎に包まれた。
(対策済みか! それにしても思った以上に上手く遣うっ!)
火をつけるなどして【変幻自在】の発動回数を削る方法は、零仁が好んで使った方法だ。舘岡が知っていること自体は不思議ではない。
問題はその挙動だった。微動だにせず、詠唱はおろか名づけすら行わずに火を起こすなど、以前の舘岡なら考えられなかったことだ。
「水舞鎧!」
水の膜を纏う魔法で、強化と消火を兼ねる。
その間、舘岡は刺突の構えで、零仁に向けて駆け出している。
「【残影疾駆】!」
間合いを外す瞬時の移動で、舘岡の側面へと出る。
火は途中で消したため、【変幻自在】の効果は途絶えていない。そこを逆手にとっての不意打ちだ。
しかし視界が転じた時、すでに舘岡は零仁の姿を捕らえていた。
「背後に出なかったのは褒めてやるっ!」
繰り出された刃のついた石突を、すんでのところで躱す。
(クソッタレ、見切られてる上に内門の時より速いっ! でもまた【変幻自在】を使ったところで燃やされるっ! だったら……!)
「【幻体舞踏】!」
舘岡を挟み込む位置に出現した幻影が、舘岡へと打ちかかる。
斧槍が封じられたところを見計らって、零仁は左手をかざした。
「汚濁棺封!」
澱んだ水の中に相手を閉じ込める魔法だ。良くても毒に冒されながら動きを縛められ、悪ければあっさり水死体と化す。
(セルフ挟撃だっ! 耐えたところで、俺が追撃すればいいっ!)
毒々しい色の水が、舘岡の姿を包みこむ――その直前。
「オオオオオッ!!」
舘岡の一声で、収束しかけていた水が弾けた。
さらには幻影が、よろりと体勢を崩す。
(はあっ⁉)
幻影が斧刃によって斬り裂かれた。
やむなく黒い炎の斬撃を放つが、返してきた斧刃にあえなく止められる。
【残影疾駆】で間合いを取ると、舘岡は斧槍を肩に担ぎながら笑った。
「やれやれ。他の連中も、お前くらい上手く使いこなしてくれてりゃな」
(冗談キツイぜ……! 能力の効果を覚えてるのは分かる……だがどうしてここまで魔法を使える⁉)
まだ試していない能力はもちろんある。
だが舘岡は、今まで出した能力や攻撃魔法を、強化や打消しで捌いてみせた。魔力の保有量で劣っていない証拠だ。
しかも今見た限り、名づけも詠唱も一切使っていない。
魔法系の技能能力を以て行使する得意属性の魔法でも、イメージだけで発動すれば威力や効果は著しく減衰する。
相当な訓練を積まなければ、いや積んだとしても、ここまでの境地に達するのは容易ではないはずだ。
「ヘッ……なんで魔法を使えるんだ、って感じか? まあ無理もねえけどよ」
油断なく身構えていると、舘岡は悠然とした表情で言葉を続ける。
「オレはな、思ったんだよ。いくつもの能力を使うお前の対策を考える前に……そもそも魔法と能力の差は何だ、ってな」
予想外の一言に、思わず顔をしかめる。
「なんでも能力は転移者が一人ひとつずつ持ってる天賦の特性、魔法は魔力を介して事象を発現する超常現象……だそうだ。ただ、これだとちょっと納得いかなくねえか?」
(たしかにそうだ。魔力を使う能力はあるし、魔法の技能を付与してくれる能力だってある)
能力の成り立ちについては、その者が持つ「業」が反映される特殊能力となる――というのが、零仁の中での仮説だった。
しかし能力と魔法の差異は考えたことがない。
「ダグラスさんはこう言ってた。少なくとも魔法は、『ひとつしかない能力をたくさん使えるように、真似するため創った手段』なんじゃねえか、ってな」
出てきた名に、かつてトリーシャ河で聞いたセリフが脳裏をよぎった。
『――【神代の花園】は私のイメージに応じて、ありとあらゆる魔力に擬態し花と咲く』
「……そうか、お前に稽古つけたのはあの人か」
転移者ならイメージを固める訓練さえすれば、戦闘中の魔法行使はそこまで難しい事ではない。
しかし強力な魔法は往々にして、大きな魔力と複雑なイメージを要求される。名づけも詠唱もなしに複数のイメージを具現化するのは、魔法系の技能能力を以てしても至難の業だ。
最上位級能力による魔力保有量の底上げと、ダグラスによる特訓の賜物だろう。
「魔法のコツを教わっただけさ。イメージさえあれば、魔力はなんにでもなってくれる。こんな風に……なっ!」
舘岡の姿が掻き消えた。
かと思えば、真横から斧の刃が振り下ろされている。
(【残影疾駆】……⁉)
零仁は横っ飛びに跳んで躱すと、罪斬之剣を大きく振りかぶった。
「【音速剣刃】!」
振り抜いた刃から、雲の弧刃が放たれる。
彼我の距離、目測二メートル。刃の間合いの外ではあるが、飛び道具を躱すのは難しい。
だが舘岡は動かない。それどころか、唸りを上げて迫る雲を胸板で受け止める。
「ふんっ!」
風船が破裂するような音ともに、雲が千切れ飛ぶ。
舘岡の鎧には傷ひとつついていない。
「【変幻自在】か……⁉」
思わず言葉が漏れたと同時に、舘岡がふたたび消えた。
気配は、背後。
「チッ……【打ち放つ者】!!」
その場で踏み込み、自分自身を跳ね上げる。
一拍前まで立っていた位置を、黒い残像を伴う刺突が貫いた。
「ありゃ【幻体舞踏】……⁉」
「さすがに自分の分身までは追っつかなかったよっ!」
「クソッタレ! 黒陽焔墜!」
【空を掴むもの】の空中浮遊から黒い炎を放つが、舘岡はやはり微動だにしない。
【音速剣刃】を耐えた魔力はそのままなのだ。
「タネが分かれば簡単な話だ! イメージさえ何とかすりゃ、魔法でも能力と同じことができるっ! お前は能力をひとつずつしか使えねえ! オレはこうやって、いくらでも使えるっ!」
舘岡は瞬時の移動を繰り返しながら、魔力の刃を放ってくる。
炎の赤、氷の青、風の黄金。色とりどりの魔力の刃が、零仁へと迫る。
「【惑歪の帳】!」
「エバンの能力か! だが……っ!」
魔力の刃が、零仁の直前で軌道を変えて逸れていく。
しかしそこへ、幾つもの色を纏った斧槍が振り下ろされた。
「【惑歪の帳】を使ってる間は、他を使えねえだろっ!」
斬撃すら逸らす【惑歪の帳】に、魔力の刃の束が叩きつけられる。
処理の限界か、はたまた力場が破れたか、残像の刃のいくつかが零仁へと迫る。
(【変幻自在】を……いやダメだっ! 火ィつけられながら斬られて終わる!)
刹那に駆け巡った直感を信じて、罪斬之剣から手を放す。
「【影潜り】!」
舘岡の影に潜り込み、背後へと抜けた。
振り向きざまの勢いを利用した横薙ぎを、抜き放った斬獲双星でなんとか受け止める。
「ぐ……っ!」
弾き飛ばされて着地すると、舘岡がにやりと笑った。
「宍戸の能力だったか。そういや、それもまだ模倣れてねえな」
「言ってろ。その機会は二度と来ねえ」
「ハッ、減らず口はいいが……。次はどうする、英雄さんよ」
斧槍を覆う光が、さらに輝きを増す。見た目からでは分からないが、強化魔法もかけ直しているだろう。
【武極大帝】には自然回復の効果もある。長引けば不利になるのは明らかだ。
(魔力を使う、か。攻略法はなくもねえが……)
「……新治の魔流封刻か? 別に構わねえよ。どうせ角田の能力で連絡できるようにしてんだろ」
考えた先を言葉に出され、思わずぎょっとする。
舘岡は斧槍を下ろして脱力しながら、さらに口を開く。
「破り方は火音から教わってっからな。魔力を繰る練習にもなって、一石二鳥だったぜ」
空手の呼吸法と気合の一声を併用することで自身の魔力を高め、瞬時に魔流封刻の縛めを打ち破る――。
トリーシャの戦いを生き残った塔村は、しっかり攻略法を教えていたらしい。
今掛かっている強化魔法を解除することはできるだろうが、魔流封刻はあと一発しか撃てないはずだ。
舘岡の自信たっぷりな態度からして、それでどうこうできるとは思えない。
(さすがは最上位級サマか……! さてさて、どうすっかねえ……!)
舌なめずりし、舘岡を見据える。
かつて、かがり火燃ゆるダリア砦を見た時もこうだった。ゲームの高難度ステージを前にした時の高揚感が、全身に駆け巡っていく。
「いい目だ、死んでねえ。それだよ、オレが求めていたものは……!」
舘岡が、ギラついた笑顔で斧槍を構えた時。
零仁の身体から、微かに遺灰が溢れ出した。
『――名を告げよ』
声が聞こえた。
地下礼拝堂で、バルサザールを追い詰めた時に聞いた声と同じだ。
「また……!」
「おうおう、働きもんじゃねえか。今度は何の用だ?」
舘岡にも聞こえているらしく、朱色の空を見ながら応じている。口ぶりからして、バルサザールが変化した時も聞いていたらしい。
だが、周りにそれらしき影はない。
『――汝の心の、名を告げよ』
「心だと? 俺はもう、力の名は……!」
『――力に非ず。汝らの心に広がる、景色の名を』
「はあ……っ⁉」
「訳の分からねえことを。死神ヅラしてお前を連れに来たんじゃねえのか?」
舘岡の煽りで、ふと思い出す。
そもそも【遺灰喰らい】とはどのような能力なのかと、考えたことがあった。
今の感覚は――転移者の遺灰を納める、巨大な墓所だ。
転移者を狩り続ける死神が、死相を見せた転移者を嗅ぎ取り、肉体を灰と化して喰らい内に納める。
(まさか、景色って……!)
『――然り。汝は、すでに知っている。その名を告げよ』
不意に、言葉が降りてきた。
聞き覚えのない、さりとてまるで知らないわけでもない。
声が言うとおり、名づけていなかっただけなのかもしれない。
「【遺灰喰らい】――心巡解放」
自分の中で、何かが開いた気がした。
両開きの窓の向こうに在るそれは、不気味な絵画のようにも思える。
もしこの絵に、名をつけるとすれば――。
「遺灰闇墓!!」
零仁の声とともに。
朱色だった空が、遺灰の色に染まった。




