休息とこれからと
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零仁たちは街道の近くにあるというカテリーナの村を目指して、森の中を進んだ。さして時間をおかず、木々の合間から村の外壁が見えてきた。
「……思ってたより、街道に寄ってたんだな」
「ね。カテリーナさんに会わなかったら、うっかり街道に出ちゃってたかも……」
新治と小声で話しつつ森から出ると、丸太を組んで作った外壁が視界に飛び込んでくる。手前には用水路を兼ねているのだろう、堀まで掘ってあった。傍から見ると村よりは、ちょっとした砦と言われたほうがしっくりくる。
堀に渡してある橋の手前まで来ると、カテリーナがくるりと振り返った。
「ようこそ、アウザーグ村へ」
「……結構、デカい村なんだな」
「はい、このあたりじゃ一番大きい村だと思います。お父様が、村のみんなと頑張って大きくしたんですよ」
そう言いながら、カテリーナは橋を渡って村の中へと入っていく。
後について入った途端、門の近くで薪割りをしていた中年夫婦が目を丸くした。
「カティちゃん……! よかった、帰ってきたか」
「領主様が心配されてたよ」
「うん、ありがとう~。お父様のところに行ってくるね」
カテリーナは道すがら、村人たちに笑顔で応えながら歩いていく。
村の中央と思しき広場に着くと、ちょっとした人だかりができていた。その中心にいた銀髪の男が、カテリーナの姿を認めるなり走り寄ってくる。
「カティ……! 今から皆で探しに行こうと思っていたところだったぞっ!」
「ごめんなさい、お父様。村の手前で魔物に出くわして、奥に入っちゃったの……。でも、この方たちが助けてくださったのよ」
カテリーナが零仁たちを指し示すと、銀髪の男は微笑みながら進み出た。
歳の頃なら四十前後だろう。領主というからには騎士なのだろうが、七三っぽく整えられた髪型と細身な体格が相まって、印象としてはサラリーマンに近い。
「娘を助けていただいて、感謝する……。私はカークス・ヴァン・ヒュッテラー。このアウザーグと、近隣一帯の領主を仰せつかっている」
零仁と新治が慣れぬ挨拶をすると、カークスはにっこりと笑って見せた。
娘を探しに行く寸前だったというだけあって、チュニックにトラウザの上から革の鎧と小手具足という、およそ領主らしからぬ出で立ちだ。腰間には、装飾が施されたサーベルを帯びている。
「君たちも転移者のようだね」
「やっぱり、分かりますか……?」
「その服装を見ればね。バルサザール公爵の領地に現れたという、日本の学生だろう?」
「なんで、そこまで……!」
すでに手が回っているか――。
そう思って身構えると、カークスは腰間の剣を抜いて見せた。
「……【燐光の抗剣】」
言葉とともに、剣に淡い光が灯る。
「能力ッ⁉」
「私も、転移者でね。こちらに来たのが前の内戦の頃だから、かれこれ十五年ほど経つかな」
カークスは光が消えた剣を鞘に納めると、ふたたび笑った。
「さあ、娘の恩人に立ち話をさせるのも気が引ける。ひとまず食事……と、その前に湯浴みはどうかな?」
* * * *
数時間後、零仁はカークスの館にある食堂のテーブルでくつろいでいた。
この世界に来てから初めての風呂に入った後、よく冷えた砂糖漬けの果実が入った水を飲むという贅沢なひと時である。服も血と旅塵でボロボロになった制服から、もらったチュニックとトラウザに着替えていた。
(いやぁ~……。あんだけキッツい旅の後だと、天国に思えるわ)
長い溜息をついていると、食堂の扉が開いた。まず入ってきたのは、家主であるカークスである。
「待たせてすまないね。あと少しで食事が来るよ」
その後に、いかにも中世の庶民が着ている風のワンピースに身を包んだ新治と、カテリーナがどやどやと続く。
「もうっ、テラさんにあう服がなくて大変でしたぁ。背ちっちゃいのに、あんなにおっきいとか考えもの……」
「カティちゃんっ! 言わなくていいからっ!」
やいのやいのと騒ぐ二人は、いつの間にか名前やあだ名で呼び合っている。たとえどこの世界であっても、女子というのはこういう生き物らしい。
そうこうするうちに、給仕たちがテーブルに料理が乗った皿を並べていく。肉や野菜の他、森の中だというのに魚のムニエルらしき料理まである。配膳が終わると、カークスは零仁たちに向けて微笑んだ。
「さて、恩人のもてなしに細かい作法は抜きだ。たんと食べてくれ。その間に、君たちの話も聞かせてもらえると嬉しい……」
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「……そうか。辛い思いをしたな」
追放の経緯とここまでの旅程を聞いたカークスは、顔をしかめながら言葉を絞り出した。すでに料理は、あらかた平らげられている。カテリーナに至っては、小さくあくびをしている始末だった。
「それで君たちは今後、どうするつもりなんだい?」
「旧王派の陣地を目指すつもりです。敵方に回って級友どもを討つ代わりに、新治の保護を頼みます」
「なるほどな。悪い案ではないが……巷には、こんなものも出回っている」
カークスは神妙な顔つきで、小さく折られた紙を取り出した。
広げてみると、零仁と新治の人相書きと思しき絵とともに、二人の特徴が細かく書かれている。
「手配書……! やっぱり……!」
「庶民なら、数年は遊んで暮らせる賞金だよ。今のところ回ってきたのは、この一枚だけだが……。このまま無策で旅を続けるのはどうかと思うね」
それだけの金額なら各地の領主はもとより、野盗や市井の者たちもこぞって目を光らせるのは、容易に想像できる。
小さく呻く新治と考え込む零仁を見つめながら、カークスは少し間をおいて口を開いた。
「私からの提案だが……しばらくこの村に留まってはどうかな。よもや連中も、賞金首が街道沿いの村で暮らしているとは思うまいよ」
「ここに? ご迷惑になるんじゃ……」
「新王派の勢力圏とはいえ皆が皆、新王派というわけじゃない。私の縁者は、むしろ旧王派に多いからね。保護や士官のアテもないわけではないが……情勢もあって、少々都合が悪いんだ」
「申し出はありがたいですが、俺は級友どもを討ちたいんです。ゆっくりしている間にも、あいつらは強くなる……」
「君たちは、この世界のことを何も知らないだろう? 今は村の若い男たちが皆、傭兵で一山当てると言って出ていってしまってね。村の仕事の人手が足りない。手伝いをしてくれるだけでだいぶ助かるし、学びになることも多いはずだ」
カークスの言葉に、ここまでの旅程が思い出される。
能力に頼って切り抜けてはきたものの、未だこの世界については知っていることのほうが少ない。食料を得る方法を知れるだけでも、旅路はだいぶ楽になる。
無言で考え込んでいると、カークスが零仁を見つめた。
「それになにより……。レイジくん、君はほとぼりを冷ましたほうがいい」
「俺が、ですか? 俺は別に……」
「私だって曲がりなりにも、戦場に出ていた身だ。安易な気休めを言うつもりはない。だが、今の君は……ひどい顔をしているよ?」
「……ッ!」
屋敷の片隅にある鏡に映った、己の顔を思い出す。目は鋭くぎらつき、頬は今までにないほどこけていた。見紛うことなき、人殺しの顔だ。
「村の仕事を手伝ってくれれば、衣食住は提供しよう。この世界についても、私の知っている限りを教える。諸々整えた上で、まだ心が変わらなければ……その時はこの村を出ていくといい。どうかな?」
ちらりと新治を見ると、小さく笑いながら頷く。
深く深くため息をつくと、カークスをひたと見つめた。
「分かりました、よろしくお願いします。……ただひとつだけ教えてください。なんで、そこまでしてくれるんですか?」
その言葉に、カークスはふっと微笑んだ。
「娘の恩人を見捨てるのは忍びない、というのはもちろんだが……。私もかつてこの世界に来た時、色々な人たちに救われてね。その真似事を、してみたくなっただけさ」
カークスの目には、欺瞞のない光が宿っているように見える。
ただ一片、別の感情が宿っているようにも思えた。しかしそれが何なのか、零仁には分からなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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