解答編 重楠の発表・衣瑠の発表
重楠の発表
「まず、パーティメンバーのテントの位置だが、こう描写されている。『東にアメジスト、西にノーマ、南にフランセス、北に路次』と。そして、冒頭で犯人が最初にいた位置は、アメジストのテントとフランセスのテントの間、南東だ。これがおかしい」
「それが、どうかしたんですか?」
「『犯人は寝床から最短距離で路次のテントに向かった』と描写されているんだぞ。路次のテントは北、ノーマのテントは西だ。最短距離で向かったのなら、南東なんかにいるわけがない。
つまり、ノーマは犯人ではない」
たしかにそうですけれど。そう浪穂は言った。「じゃあ、誰が犯人なんですか? ノーマでもない、アメジストでもない、フランセスでもない。他に、暗証呪文を知っていた人なんて──」
「いるぞ。一人だけ」
浪穂は目を瞠った。「誰なんですか」
「それは──」重楠はわざと、間を置いた。「物語の語り手だ」
浪穂は、ぽかん、と口を開けた。原稿の束を引っ掴むと、ぺらぺら、と捲る。「たしかに、暗証呪文の内容が描写されているということは、物語の語り手は、呪文を知っているでしょうけれど……この作品はいわゆる三人称一元、神様視点でしょう? じゃあ、何ですか? 神様が、犯人だとでも言うのですか?」
「違う──そもそも、その時点で間違えている。この小説は、三人称一元じゃない、一人称だ。冒頭を除いては」
浪穂は再び、口をあんぐりと開けた。「いや、でも」と言う。「フランセスの、心の呟きとか、感情とかが、地の文で描写されていましたし」
「語り手は、読心魔法を使ったんだよ。それで、一人称にもかかわらず、他人の心理描写ができていたんだ」
「それにほら、アメジストが暗証呪文を口にした後、ノーマが探知魔法で辺りを調べた時、彼女ら四人以外、誰もいなかったって……」
「それは、遠見魔法だよ。遠見魔法で、まったく別の場所から、路次たちの動向を見ていたんだ」
「遠見魔法って……アメジストは言っていたではありませんか、ノーマが、遠見魔法を妨害する結界魔法を、辺りに張っているって。それを破れるのは、スペンサーくらいだとも……」浪穂はしばらくの間、硬直した。「まさか……」
「そのとおり。語り手は、スペンサー・アダムスだ。『首を刎ねられた』と書かれていたが、生きていたんだろうな。
ちゃんと、根拠もあるぞ。フランセスが欠伸をするシーンだ。『街の象徴でもある巨塔が真っ二つに折れていた』と描写されている。
でも、冒頭では、時系列的にその後のはずなのに、『遠くの町のシンボルである巨塔が、月を突き刺しているように見えた』と書かれている。折れていないんだ。このことから、巨塔の折れた街と、路次たちの近くにある巨塔の町とは、別の町だと考えられる。
路次たちが、勇者のくせして爆発音などを無視しているのも、その根拠のうちの一つだ。別の町の出来事なんだから、気づかなくて当然だ。また、他は簡単なほうの『町』と記されているのに、ここだけ難しいほうの『街』と述べられているのも、別の町であるという意味の伏線だろう。
『突如として、爆発音が辺りに響き渡った』から、『欠伸をしながら目を閉じた』までが、スペンサーが遠見魔法でなく肉眼で見た景色の描写だろう。爆発音に驚いて目を開けることにより、遠見魔法から現実世界へと戻り、欠伸をしながら目を閉じることにより、現実世界から遠見魔法に移ったんだ」
「なるほど……では、翌朝のシーンも、スペンサーが遠見魔法と読心魔法で見ていたってことですか?」
「いや、違う。おそらく翌朝のシーンは、スペンサーが実際にその場でいて、肉眼でその光景を見ていたんだ」
えっ、と声を上げ、浪穂が驚いたような表情をした。重楠はそれに構わずに台詞を続けた。
「まず、語り手が手で庇を作った時、『掌に龍の入れ墨が刻まれている』という描写がある。入れ墨の模様は万人不同で、同じ模様の入れ墨をスペンサーもしているのだから、語り手は相変わらず、スペンサーだってことだ。
次に、『彼女は無表情でそう言った。悲しみを堪え、あえて表情をなくしているのか、あまりの事態を受け止めきれず、一時的に放心状態になっているのか。どちらなのかは、わからなかった』という記述がある。読心魔法を使っていたら、フランセスの心が読めるのだから、どちらなのかわかったはずだ。よって、読心魔法は使われていない。
また、『瞬きをする。視界が二度、三度、暗くなった』という描写もある。遠見魔法を使用中は、目を瞑っているのだから、瞬きはできない。仮にしたとしても、瞼を閉じた時、遠見魔法で見ている情景が浮かぶのだから、視界は暗くならないはずだ。
おそらく、巨塔の町からやってきた料理人という人物こそが、スペンサーのことだろう」
浪穂は腕を組んだ。なるほどです、と呟く。「たしかにそれなら、筋が通っていますね」
「そうだろ?」重楠は恵理を見た。「どうだ恵理、この推理──ずばり、当たりだろ?」
恵理は、にこっ、と笑うと、ゆっくりと首を横に振った。「ううん。間違っているよ」
重楠は眉を顰めた。「なんだって? どういうことだ?」
「衣瑠君の発表が終わってないから、まだ解説はできないよ。どうだい、衣瑠君──発表、お願いできるかな?」
衣瑠は頷いた。「わかったわ」
衣瑠の発表
大まかな推理は、あなたと同じよ、重楠君。彼女は初めにそう言った。「この小説は、三人称じゃない」
「だろう?」
「でも、その後は違うわ。そうね……問題編の最後、フランセスの台詞を見て」
重楠はそう言われ、該当の文章を読み返した。
「さて、以上で問題編は終了ですの」フランセスは立ち上がると、あなたのほうを向いて言った。「それでは、誰が路次様を殺したのか、を推理してくださいな」
「これが何か?」
「ここに、語り手の正体が書かれているじゃない」
「なんだって」重楠は会話文を食い入るように見つめた。「どこだ。どこに記述されているんだ」
「ここよ」衣瑠は地の文のある箇所を指差した。「『あなた』と書かれているじゃないの」
重楠は口を半開きにした。顔を上げ、衣瑠を見つめる。
「つまり──この小説は、『彼女』が語る三人称でも、『俺』が語る一人称でもない。『あなた』に語りかける、二人称なのよ。そして、語りかけている相手イコール犯人なんだから、犯人は──『あなた』よ、重楠君」
「ゲームブック、ってやったことあるかしら? 『あなたは草原を歩いている。すると、突然スライムが現れた。あなたはどうする? 戦うなら112へ、逃げるなら358へ』──この小説は、こんな感じの、二人称で書かれているのよ。
スペンサーと『あなた』が一緒にいる、という可能性もないわ。最後に探知魔法を使ったノーマが言っているじゃない、『ここより半径百フランセストル以内には、わたくしと、アメジスト、フランセス、巨塔の町の料理人の四人しかおりません』って。つまり、巨塔の町の料理人イコール、語りかけている相手イコール、『あなた』なのよ」
衣瑠は恵理のほうを向いた。つまり、犯人は読者よ、と言う。恵理は、ぱちぱちぱち、と拍手をした。
「さすがだね、衣瑠君。ノーマが犯人というミスリードと、スペンサーが犯人というミスリードの、二つの罠に引っかからず、真相を突き止めるなんて。それじゃあ、今日の部活はこれで終わりっ」恵理は立ち上がった。「ボクは帰るね、今書いている問題編の推敲をしなきゃいけないから。ばいばい」
彼女はそう言って、部室を出て行った。衣瑠も、それじゃあ私も、と呟くと、部屋を去った。残されたのは、重楠と浪穂だけになった。
「いやあ、今日の問題編には、してやられたなあ」重楠は溜め息を吐いた。「まさか、三人称と見せかけて一人称、と見せかけて二人称だったなんて」
「そうですねえ」と浪穂。「まあ、私の場合、そこまで推理が至りませんでしたけれど」
重楠は机の上に視線を遣り、あれ、と呟いた。「恵理と衣瑠のやつ、筆箱忘れていっているな」
「本当ですね」浪穂は筆箱を二つ、掴むと、自分の鞄に入れた。「明日、持って行ってあげますよ」
「頼む」重楠は立ち上がった。「ちょっとトイレに行ってくる」
トイレまでの道を歩いている間、ふと、恵理と衣瑠に隠している、「あのこと」について思いを巡らせた。
「あのこと」というのは、プレゼントのことだ。恵理と衣瑠は、誕生日が同じで、来週なのである。いつもは、バースデーに贈り物などしないが、今年はなんとなく、何か簡単なものでいいからあげよう、という気分になったのだ。
昨日、駅前のデパートに浪穂と一緒に行ったのも、プレゼントを選ぶためだった。だが、けっきょく、「髪飾りか耳飾りか」で迷い、決められなかったため、後日、もう一度来よう、ということになった。
用を済ませ、トイレから戻る。髪飾りにしよう、と心の中で呟いた。あちらのほうが、デザインがよかったし、何より安かった。
「なあ、浪穂」重楠は部室の扉を開けながら言った。「恵理と衣瑠の、誕生日プレゼントの件だが──」
部屋の中に目を遣って、絶句した。
浪穂だけでなく、忘れ物を取りに来たらしい、恵理と衣瑠が、そこにいた。
〈了〉