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格パラ外伝 意志を継ぐ者達  作者: 福島崇史
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ある決断

まるで木の幹の様に隆起した筋肉。

そんな硬直した太き左腕が、鳥居の胸元へと叩きつけられた。

本当に肉同士か?と疑いたくなる程の衝突音が会場に響く。

そしてバットでフルスイングされた様な衝撃が、波紋の如く鳥居の全身に拡がっていた。


しかし蛮の左腕は止まらない、、、

汗の滑りも手伝って、そのまま鳥居の喉元へと突き上げる形でめり込んで行く。

マウスピースで保護されていない下の歯が突き刺さり、鳥居の口内に鉄の味が拡がる。


「あっ!!」

本部席に座る、崇、大作、優子の3人が揃って声を上げた。

しかしそれは鳥居のピンチに対してでは無く、目にしたばかりの意外な光景に対しての物、、、


蛮が繰り出した渾身のラリアットは、確かに鳥居の肉体を捉えた、、、

しかし今、マットにうつ伏せて苦悶の表情を浮かべているのも、紛れも無く反撃に成功したはずの蛮である。


「今の、、、って、、、」

呟いた優子に崇が頷く。


「ああ。これもプロレスでは定番の展開やな」

崇の言葉へ大作が更に頷く。


「これは俺も見た事あるで。組長を思い出すよなっ!」


大作が口にした「組長」

それは「関節技の鬼」として知られる、組長こと藤原喜明氏の事を指している。


藤原喜明、、、23歳という年齢でデビューした遅咲きのプロレスラー。

プロレスの神様、カール・ゴッチに師事し関節技を磨くが、老けた外見と地味な関節技ではなかなか人気は出なかった。

しかし道場で彼に敵う者は無く、実質上当時の新日本プロレス最強の男だった。

師のカール・ゴッチと同じく、強すぎてスポットライトを浴びれなかった男だが、長州 力を花道で襲い血塗れにしてからは「テロリスト」の異名と共に注目を浴びる。

そしてその後、格闘技路線を打ち出した団体UWFの登場によりその実力が再評価される事となって行く。



鳥居はラリアットを受けると同時にその丸太の様な腕を掴むと、身体を横へスライドさせながらそこへ全体重を浴びせかけたのだった。

そうである、、、関節技の鬼、藤原組長の必殺技「脇固め」で切り返したのだ。

そうして今、蛮がピンで串刺しにされた昆虫標本の様に、腹這いのまま脂汗を浮かべる光景が出来上がっていた。


「残り3分程かぁ、、、極めるにせよ、逃げられるにせよ、鳥やんの勝ちはもう動かんな」

崇が誰にとも無く溢す。

大作と優子は無言のまま聞き流したが、2人共その意見に異論は無かった。


歯を喰い縛りながら蛮の左腕を絞り上げる鳥居。

開いた口角からは血が流れ出ている。

先のラリアットによる出血が溢れ出たらしい。

そして今、力を込めた事により頭部に血が集まり、再び傷口からは血が吹き出し始めていた。


対する蛮は、足掻く者と化している。

鳥居の繰り出した脇固めは、1度完璧に極まってしまえば、自力で脱出する事はほぼ不可能である。

しかし幸いな事にここは路上では無くリング、この技から逃れる術が1つ残されている。それはロープエスケープ、、、

だが残り時間は約3分。

逃げられたとしても、現在イーブンのポイント(イエローカード分は除く)

に差がついてしまい、残された僅かな時間内に追い付く事は難しい。

そして何より、右腕の動かない蛮がロープエスケープを狙うならば、足をロープに届かせる必要があり、そもそも逃げられるかすら疑問である。


(くっ!ここまでか、、、)

ある種の覚悟が蛮の脳裏を過る。

そして今考えるべきは、潔くギブアップをするか、最後の時まで意地を通して見せるのか、、、その2択であった。

どのみち、このままで試合終了を迎えれば、開始前のイエローカードが響き判定負けとなってしまう。

どういった敗れ方を選ぶのか、、、

残酷な選択を迫られた蛮が出した答え、それは最後の最後まで足掻く事だった。


たとえ折られようともギブアップだけはすまいっ!そう心に決めた蛮が、ロープを目指してズリズリと身体を這わせて行く。

それこそ蟲が地を這うスピードで、、、

秒速1mmにも届かぬ様な移動距離、、、

しかしである、完璧に極められながらもギブアップをしない忍耐力。

仮に折られても、決して屈しなかったという事実が残り、どちらに転ぼうとも敗れながら尚、プロレスラーの凄みを世間に見せつける事が出来る。

蛮が選んだのは己の名誉では無く、プロレスラーの名誉を守る事だったのだ。


「グウッ!!」

口の端から血の泡を吐き、鳥居が力んだ声を洩らす。


「ンガッ!、、、ガッ、、グッ、、、」

蛮の苦痛を堪える荒い息づかいがそこに重なる。

声援を飛ばすのも忘れ、固唾を呑む観客達。

怖い程に静まりかえった会場に、2人の呼吸が二重奏となってこだましていた。


ほぼほぼ勝利の確定した鳥居だが、どうもスッキリしない物を感じていた。

心が深い霧に包まれている様な感覚、、、

その正体、鳥居には判っていた。

たとえ腕を折ろうとも、蛮の心までは折れぬ事を。

すなわち、どうやってもギブアップ勝ちは奪えないであろう事を。

そうなれば時間切れでポイント差による判定勝ちとなり、あそこまで完璧に極めておきながら1本勝ちを取れなかった男として嘲笑の的となるのだ。

そんなレッテルを貼られるのだけは辛抱がならない、、、するとここに来て、1つの考えが頭に浮かんだ。


しかし、、、そんな事をして本当に良いものか、、、迷いが邪魔をする。

ふと時計に目をやると残り時間が1分になろうとしている、もう迷っている時間は無い。


(来いっ!頼む、、、来てくれっ!!)

技を極めたまま、強い願いと共に目を閉じた鳥居。そしてその願いは天へと通じていた。

閉じた瞼の裏に再びあの人物が現れたのだ、、、長老、室田その人である。

そこでの室田は、おどけた表情で右手の親指を立てていた。

鳥居の思い付いた考えにGOサインを出しているのだろう。


らしいその仕草に思わず笑みを溢した鳥居。

今まであれ程に力を込めて掴んでいた蛮の腕を解放すると、すっくと立ち上がってしまった。

掴んでいた鳥居の右掌も、掴まれていた蛮の左手首も真っ白に変色しており、それが両者それぞれの執念を物語っている。


だが訳が解らないのは蛮である。

いや蛮だけでは無い。その証拠にあれほど静寂に包まれていた会場も、ザワザワと蠢きを見せ始めていた。

無理もない。

決着を目前に、想像もしなかったこの行動である。その真意が読み取れる訳などない。


解放された(のち)、ダウンを取られぬように直ぐ様立ち上がった蛮、凄まじい形相で鳥居を睨むと


「テメェ、、、どういうつもりやっ!?」


怒りと屈辱を孕んだ口調でそう詰め寄った。

それを笑顔でいなした鳥居


「悪いな兄ちゃん、ちょっとだけ下がって貰えるか?」

そう言って蛮をシッシと手で払う。

蛮ともどもにレフリーの新木までが、それをキョトンと見守っている。

すると鳥居、ニヤリと不敵な笑みで蛮を見やると、天を掴まんばかりに右手を突き上げ、そのまま顔までをも天へと向けた。


そして大きく息を吸い込むと、一気にそれを吹き出すっ!!

それは赤い霧となってリング上に降り注いだ、、、

そうである。鳥居は口内に溜まった自らの血を、蛮よろしく毒霧として吹き上げたのだ。

唖然とそれを見つめる蛮と新木。

そこへ悪戯っぽい顔をした鳥居が言う。


「これで俺もイエローカードやな、、、これで反則分もチャラ、ポイントは完全にイーブンや。さあ延長戦と行こうやないか」


そしてそれを言い終えると同時に、タイムアップを告げる鐘の音が響き渡った、、、



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