天秤
序盤のラリアットに続き、ジャーマンスープレックスで2つ目のダウンを奪われた鳥居。
これで持ちポイントは蛮が4で鳥居は3、1ポイントのリードを許した事となる。
こうなるとやはり、先の変型三角締めでポイントを奪えなかったのは痛い。
開始から約15分、、、30分に設定された試合時間の半分に差し掛かろうとしている。
試合の常として、こういう小さな差が後々に響きかねないものである。
鳥居の心中に僅かばかりの焦燥感が生まれ始めていた。
それを顕すかの様に、再開後の攻めは荒い物となっていた。
大振りの右フックやテレフォンパンチの右ストレート、フェイントや伏線も無しのいきなりのハイキック等々、早くポイントを奪い返そうと、1発狙いの技が目立つ、、、
しかしそんな大技が決まるはずも無く、当然の様に蛮はそれらを凌いでいた。
そんな心理的優位からか、蛮の顔には見下す様な薄ら笑いすら浮かんでいる。
「どしたぁ、もう終いか?んならええ頃合いやし、そろそろ決めに行かせて貰おか」
そう言いつつジワリジワリと距離を詰める蛮。
頭部をカバーしている左手の指が、どこを捕まえてやろうかと、待ちきれないとばかりにモゾモゾと動いている。
追い詰められながらも鳥居は、その動きを見て
(イソギンチャクみたいやなぁ、、、)
などとまるで他人事の様に呑気な事を思っていた。
しかしそのせいで、我に返った時には自らがロープ際まで下がっていた事に気付く、、、
(しもたっ!!)
焦った鳥居が右ローキックを放つ!
が、蛮はヒョイと左足を上げ、脛で難なくそれをガードする。
ならばともう1発右ロー!更に左ローへのコンビネーションを繰り出すが、腰を引いた蛮に2発ともすかされてしまった。
だが悪い事ばかりでは無い、、、
蛮が腰を引いて下がったお陰で先よりも距離が開き、2歩程だが前に出る事が出来た。
今まで呪縛の様に張り付いていたロープから解放され、ようやく背後にもスペースが出来る。
この事だけでも使える技は増え、反撃の選択肢は広がった。
右ジャブを連打しながら更に前へと出る鳥居。
だがこれは蛮がパリィで払い落とす。
しかしこのジャブは鳥居にとって捨て技だった、、、
鳥居を捕らえようと蛮が、パンチを払ったばかりの手を更に前へと伸ばしたその時、身を屈ませダッキングでその手をいなした鳥居は、そのまま自らの右手をリングにつき、逆立ちした様な形で左後ろ回し蹴りを放ったのだっ!
「逆回し蹴り」
骨法ではそう呼ばれ、カポエィラでは「メイア・ルーア・プレザ」その名称で知られる技。先までのロープを背にした状態では、決して出せなかった技である。
蛮からすれば伸ばした己の手が仇となり、自ら死角を作る形となっていた。
そしてプロペラの様に回った鳥居の左踵が、十分な遠心力を伴いながら蛮の顎先へとヒット!
それは掠めると言った表現がピッタリの、当たったかどうかすら微妙な一撃だった。
しかしガツンと直撃する打撃と違い、ハイスピードで顎の先端を掠めたその打撃は、脳を揺らすのに最も効果的である。
こればかりは流石の蛮も首の筋力で堪える事は出来ず、、、
「おろ?、、、」
と一声溢すと、一気に足の力が抜けた様にその場に尻もちをついて座り込んだ。
レフリーを務める新木は迷った、、、
(ダウンか?スリップか?、、、)
探る様に蛮の様子を窺う。
その間に鳥居が尚も攻め込もうと距離を詰めるが、蛮は足が言う事をきかないらしく、防御の体勢にすら入らない。いや、入れない。
ただ脂汗を浮かべ、眉間に皺を刻みながら歯を噛んでいる。
それを見た新木が、2人を結ぶ直線上に割って入り、攻め込もうとする鳥居を身体で止めた。
(レフリーストップか!?)
そんな緊張感が会場を包む、、、
しかし新木は試合そのものを止めた訳では無かった。
身体ごと鳥居をニュートラルコーナーへと押し込むと、ここでようやくそのダミ声を響かせた。
「ダウ~ンッ!!」
これで互いに持ちポイントは3対3。
試合開始20分を過ぎた所で鳥居が追い付いた。
残された時間は10分足らず、、、
再び水平を保った武の天秤は、この後どちらへと傾くのだろうか?




