瞼の再会
蛮が繰り出した技、それはジャーマンスープレックスであった。
よほど体幹が鍛えられているのだろう、片腕で鳥居を抱えたままで見事な人間橋を描いている。
そしてその体勢のまま、鳥居の耳元で囁いた。
「1・2・3、カンカンカンッ!プロレスやったら俺の勝ちやのぅ」
そう言うと鳥居から離れて立ち上がる蛮。
後頭部を強かに打ちつけた鳥居は、大の字となって蛮の足下に横たわっている。
レフリーの新木が意識の有無を確認する。
息は荒いが目も開いており、失神は免れているようだ。
しかし直ぐに立てない鳥居は、当然の如くダウンを宣告された。
ダウンカウントが進む中、横たわる鳥居の腹部が大きく上下する。
(アカン、、、身体動かへんわ、、、このまま寝てもたら楽、、、かもな)
まだ朦朧としながらも、弱い考えが頭を過る。
そして折れかけた心と共に目を閉じたその時、鳥居はあの人物と再会する。
瞼の奥に現れたその人物とは、、、亡くなった長老・室田であった。
怖い顔で腕組みをし、睨むようにして鳥居を見つめている。
言葉こそ掛けては来ないが、その視線が問うていた。
(それでいいのか?)と
(こんな終わりでいいのか?)と
(本当に死力を尽くしたのか?)と
鳥居もそれに答える。
(良い訳が無いっ!)と
(まだ終われないっ!)と
(俺はまだ全力を出してはいないっ!)と
するとあれほどまでに険しかった表情を緩め、笑顔すら浮かべた室田。
そしてその温厚な顔のまま頷くと、そのまま踵を返し遠ざかって行く、、、
鳥居は呼び止めようとするが、彼が振り返る事はもう無かった。
瞼の奥で室田を見送ると、鳥居は静かに目を開く。その時カウントは既に6を数えていた。
不思議な程クリアとなった意識、まるで熟睡した直後の様である。
そしてそのまま、我が家のベッドから起き上がる様に立ち上がった鳥居。
その様は微塵もダメージが残っているようには見えない。
それに驚いたのは、他ならぬ蛮である。
(コ、コイツ、、、マジか?)
試合中、痛みや驚きを表に出さないのが格闘家だが、プロレスラーはその対極にある。
痛みも驚きも露にする事で、観客に感情移入や共感をもたらすのがプロレスラーである。
この時の蛮もそうであった。
自らの驚きを客に伝える為、少々オーバーアクションに頭を抱えて見せた。
そしてマイクパフォーマンスよろしく鳥居を指差すと、これも客に聞こえるよう大声で呼び掛ける。
「オイッ!オイッ!テメェコラッ!、、、凄ぇ奴だな!面白くなって来たやないか!さあっ続きを楽しもうやっ!!」
その声で蛮の思惑通りに沸く会場。
その興奮渦巻く坩堝の中心で構えを取る両者、そしてその顔は2人共、楽しい遊びを見つけた子供の様に無邪気であった。




