免罪符
それは驕りだった。
そして油断だった。
鳥居の打撃は自分には効かないという驕り。
更には実際にそれを受け切って見せたという油断、、、
その間隙を縫って炸裂したのは、鳥居の強烈なバックブローだった。
鳥居は打撃を止められた瞬間、蛮の気が緩んだのを見逃さなかった。
そして気が大きくなった蛮が言葉を掛けて来たその時、止められた拳を身体ごと時計回りに反転させたのである。
大きな油断の中、来るはずの無い方向からの打撃、、、
ましてや右腕の動かぬ蛮には防ぐ手立て等あるはずも無く、それは見事にテンプル付近へと吸い込まれていた。
ようやくダウンを奪う事に成功した鳥居だが、彼は知っていた。
蛮がこのまま沈む訳など無いという事を。
事実、鳥居がニュートラルコーナーへと進み、振り返った時にはもう、蛮が上体を起こしていた。
そして又も両者の視線が交わる。
先程、鳥居がラリアットでダウンを奪われた時とは、逆の立場で同じ構図である。
コーナーに凭れ、見下ろしながら鳥居が言う。
「おや、どした?軽い軽い俺の打撃ごときで倒れるタマとちゃうやろ、チャッチャと立ってや兄ちゃん」
それを受け、リングに座し見上げながら答える蛮。
「言うてくれるやん、、、いいねぇいいねぇ~そうでなきゃな、、、兄さん」
言い終えると蛮は、カウントアウト寸前まで休んだ鳥居との差を見せつける様に、カウント5でそそくさと立ち上がった。
なんという耐久力、、、そして回復力、、、
流石はプロレスラーといったところか。
両者共にロストポイント1、持ちポイント4となり、振りだしに戻っての試合再開。
と、言っても蛮は例のイエローカードがあるので、全くのイーブンという訳では無いのだが、、、
とにもかくにも新木の掛け声と共に構えた2人。
蛮は先と同じく左腕で頭部をガードし、重心を落とした「受けて捕らえる」スタイル。
しかし鳥居は構えを変えていた。
極端な程に右半身となり、軽快にフットワークを踏んでいる。
そしてダラリと垂らした右腕をユラユラと左右に揺らして見せ、時折それを威嚇するコブラの様に前方へと跳ね上げ、鋭いジャブを放ってゆく。
所謂ボクシングで言うところの「ヒットマンスタイル」である。
蛮が自分を捕らえたがっているのは理解している。
そこでフットワークとジャブで間合いを取りやすい、このスタイルへと変更したのだった。
円を描く様にリングを舞い、抜群のタイミングでジャブを打つ鳥居。
なかなか縮まらぬ距離に、蛮が苛立ちを募らせる。すると蛮は、又も驚きの行動に打って出た。
突然後ろに走り出しロープに背を預けたかと思うと、その反動でそのまま走り続け、縦横無尽にロープワークを繰り出したのだ。
こうなってしまっては、間合いもクソも無い。
迫り来る猛牛と闘牛士の様に、ただただ身をかわすしか手が無い鳥居。
しかしこのままでは捕まるのは時間の問題である、、、
円を描く様に動こうとも、十字を切る様にリングを駆ける蛮をかわし続ける事は叶わない。
ならばカウンターを狙うのは?
、、、いや、駄目だ、、、この体格差、当たり負けるのは自分である。
格闘技には無い動き、、、対処法に戸惑う鳥居。このまま翻弄されてはマズい、、、
ならばっ!とついに決断を下す。
ロープワークに対抗するならばロープワーク。
プロレスでは定番であり、常識である。
そうしてついに、鳥居までもが自らロープへと走り始めた。
その光景に良くも悪くも客席は沸いた。
だがしかし、、、これは鳥居の失策と言わざるを得ない。
蛮が縦に、鳥居が横に、、、
かと思えば蛮が横に、鳥居が縦にと2度3度リング上で交差した両者だったが、鳥居が突然動きを止めた。いや、、、止められた。
(!?)
何事かと振り返ると、そこには獰猛な笑みを携えた蛮が、鳥居の動かぬ左手首を掴んで立っていた。
「つ~かま~えたっ♪」
それを見た鳥居は、全身の産毛が逆立つのを感じていた。
そして覚ったのである。
プロレスの免罪符に手を出した罰が当たったのだ、、、と。




