代償
(な、なんで、、、?)
藤井は混乱していた。
山岡の腕は今、確かに己の手の中にある。
逆十字、、、最もわかりやすくテコの原理を体現する技。
それは今、確かに己の腹上で展開されている。
それなのに、そのはずなのに、、、
極まらないのである。
持ち手の角度を変えてみる、、、
極まらない。
左右に捻ってみる、、、
極まらない。
下腹部を突き出してみる、、、
極まらない。
どうやっても極まらないのである、、、
藤井は混乱していた。
しかし理由は簡単であった。
小人症を抱える山岡である、その腕は健常者よりも極端に短い。
藤井は身体で覚え込んだその技を、いつもの感覚で仕掛けたのだが、それでは必然的に支点がずれてしまうのだ。
いくら型として決まっていても、ポイントのずれた関節技は極まりはしない。
藤井は未だその理由に気付いてはいなかった。
1分ほど力を込めて色々試した藤井、、、
その腕には乳酸が溜まり、握力も弱まってきている。
その頃合いを見計らった様に山岡が動いた。
捕らえられた右腕を渾身の力で振り上げると、それは呆気ない程にスルリと藤井の手をすり抜ける。
そして首もとにのし掛かる藤井の脚を押し退けると、直ぐさま距離を取り立ち上がった。
粘り勝った山岡、その動きに客席から拍手が浴びせられた。
ここでレフリーの新木が両者の間に入り、仕切り直しの為に藤井へと立つよう促した。
しかしその声すら届いてないらしく、座り込んだ体勢で茫然自失の藤井。
「おい、早よ立てっ!ダウン取るぞっ!!」
強めに放たれた新木のその言葉でようやく我に返ったらしく、藤井はビクンと身を震わせるとそそくさと立ち上がった。
新木が手刀で宙を斬り、試合が再開される。
今度は山岡も奇襲を仕掛ける事は無く、少し重心を落としたアップライトに構えを取った。
同時に藤井も拳を上げる、、、が、、、
(お、、、重い、、、!?)
何度も反復し、体得したはずの技が極まらない。更には理由も解らない、、、
その精神的ダメージは確かに大きい。
だがしかし、本当に深刻なのはそこでは無かった。
想像してみればいい、、、1分間、全力を振り絞り続けるその疲労を。
藤井の両腕は既に疲れ切っているのだ。
ましてや藤井は、テイクダウンを許してからというもの三角締めを狙うなどして、ずっと攻め続けている。
つまり試合開始以降、約4分に渡り力を出し続けている事になるのだ。
攻め続けるというのはハイリスク・ハイリターンな行為、、、
仕留めれたなら良しっ!
しかし相手がしのぎ切ったならば、、、
その代償は大きな負債となって己にのし掛かる。
その代償を背負ってしまった藤井、プルプルと震わせながらも拳を顔の高さに保っている。
しかし疲労が回復するにはまだ時が必要なようである。
そんな藤井を山岡が、値踏みする様に見つめている。
そして上から下まで舐める様に見終えると、口角を吊り上げ獰猛な笑みを携えた。
勝機と捉えたのであろう山岡は、牽制のジャブやローキックを放つ事も無く、拳を振り上げ一気に前へと踊り出た。




