予想外の幕開け
人が増え、賑やかさも増した会場だが、雑念の消えた2人にはそれすらも聞こえてはいなかった。
深海のような静寂の中、澄み渡る鐘の音だけが両者の耳に響いた。
同時に藤井が拳を上げる。
しかし両拳の間から見える視界には、既に山岡の姿は無かった。
「!?」
驚いた事に山岡は、ゴングと共に構えを取る事も無く、一気にタックルを仕掛けたのだった。
空手家の山岡が、、、
そうである。空手家の山岡ならば、試合開始直後は打撃で来るはず、、、その思い込みが藤井にも確かにあった。
そこを突かれた形で先手を取られてしまったのだ。
コンマ何秒かの差とは言え、構えを取る動きをした藤井と、速攻に出た山岡の差は大きい。
藤井はまるで反応も出来ぬまま、棒切れの様に倒されてしまった。
しかし組技では藤井に一日の長がある。
倒されたとは言え、山岡の胴に両脚を絡ませ、腕を掴みながらコントロールを試みている。
上を取られても、ガードポジションを取る事で圧倒的不利な状況は免れていた。
山岡も自らを捕らえている輪から抜け出そうと、あの手この手で藤井の脚を外そうとしている。
「へぇ、、、あの山岡って子、前と比べたら随分総合格闘家らしくなったやん」
本部席の大作が呟いた。
しかし崇がそれに異を唱える。
「おいおい、何を言うてんねや、、、空手は元々 総合格闘技やぞっ!」
「へっ!?」
「ほんま、お前ってそういう知識に疎いよな、、、一団体の長やったらもう少し勉強せんとな」
「へい、、、すんません」
唇を尖らせ首を竦める大作。
「で、空手が総合格闘技ってのは?」
瞬時に元へと戻った大作が、ケロリとした顔でそう尋ねた。
「ん、あぁ、、、諸説あるけどな空手(唐手)の起源は沖縄の手って武術に中国武術が加えられたもんやねんけど、手にも中国武術にも投げ技や関節技は元々含まれとる。
ただ近代空手は打撃が主流のルールになったから、皆が立ち技を練習するようになったんや、、、試合で勝つ為にな。
でも組技も使えるってのが、本来の空手の姿や。だからある意味、山岡は空手本来のあるべき姿に戻したとも言えるな」
「へぇ~、、、勉強なりました」
そう言って頭を下げた大作だが何やら思い付いたらしく、上げられた顔は悪戯っ子のそれとなっていた。
ニヤニヤと笑みを浮かべたその表情、、、崇はろくな事で無いのは解っていたが、それでも一応尋ねてみる。
「なんや?その顔、、、」
「ヘヘヘ、、、最近の福さん、すっかり解説者づいてるな、、、って思ってな♪例えるなら男塾の雷電やな!キン肉マンやったらテリーマンかな?」
「そんな事はよく知ってるのな、、、お前」
未だニヤつく大作に、今度は崇が唇を尖らせた。
2人がそんな会話をしている内に、寝技の膠着状態だったリング上に動きがあった。
藤井が絡ませていた脚を振り上げる様にして、山岡の首と腕を一気に挟み込んだ。
三角締め、、、下からの反撃技としては最もポピュラーと言って良い技である。
しかしまだ極ってはいない。
山岡がもがいて、それを振りほどこうとする。
しかし振りほどかれても、藤井は執拗に三角締めを狙う。
絡める、、、
ほどく、、、
絡める、、、
ほどく、、、
そんなやり取りを何度か繰り返す内に、山岡が体勢を崩して横に倒れ込んでしまった。
藤井に訪れた絶好の勝機っ!!
首もとに絡めていた両脚で掴んでいた腕を挟み込み、すかさず逆十字へと移行した。
山岡の腕がピンと伸びきるっ!!
型としては綺麗に極っている、、、
極っているはずだが、藤井の顔には何故か焦りが見えていた。




