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格パラ外伝 意志を継ぐ者達  作者: 福島崇史
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プレゼント交換

観客が大きくどよめいた。

それもそのはずである。

膝蹴りからの踵落とし、、、追い詰められ、大ピンチを迎えたはずの吉川だが、リングに手をついていたのは保科だったのだから。


「福さん、、、今のっ!?」

興奮気味に藤井が崇を見る。


「、、、ああ、、、天才かよ、、、」

崇はと言えば驚きと興奮が度を越して、逆に冷静な口調となっていた。


皆を驚愕させたその流れ、、、

振り上げられた保科の踵を、左へ大きくサイドステップしてかわした吉川。

そして再び右へと踏み込むと、そのまま己の右肩背面辺りを猛烈な勢いで叩きつけたのだ。


そう、、、これは先程の引退試合にて崇が大作に使った技「鉄山靠(てつざんこう)


「福さん、ママにあの技教えたの?」


「いや、教えた事ねぇよ」


「え?、、、じゃあ、、、」


「凄えなお前のママは。こりゃ俺がセコンド就く必要無かったかもしれへんな、、、」

ポカンと口を開けた藤井の横で、崇がポリポリと頭を掻いた。


僅か数時間前に1度見ただけの技、それを実戦で使うなど誰にでも出来る事では無い。

ずば抜けたセンスと胆力が必要となる行為、だからこそ崇は唸ったのである

「天才かよ」と。


リングに手と膝をついたまま立ち上がらない保科、愕然とした表情で肩を上下させている。

「オイ、立てっ!ダウン取るぞっ!!」

見かねたレフリーの朝倉が強めに声を掛けた。

吉川はただ黙って静かにそれを見つめている。

それでも保科はまだ動かない、、、

セコンドもリング下で、バンバンとマットを叩きながら頻りに「立てっ!」と叫んでいるのだが、やはり保科は立つ様子が無い。


ここでついに朝倉がダウンを宣告した。

「ダウ~ンッ!!」

吉川がニュートラルコーナーへと下がる。

3つ目のポイントを奪うには奪ったが、見よう見まねの技、付け焼き刃の鉄山靠である。

そこまでのダメージは期待出来ない。

スタミナ切れとなっていた保科の事だ、またカウント9まで休んで立ち上がるだろう、、、

そう考えた吉川は緊張の糸を張ったままでいた。


「凄いねママッ!でも膝蹴り受けた顔は大丈夫なの?」

リング下から声を掛ける藤井。


「あぁ、あれ?ガードが弾かれた時点で喰らう事判ったからね、自分からおでこをぶつけに行ってん。だから大丈夫やで」

額の骨は踵や肘、そして膝と並ぶ頑強な骨、、

顔面に膝を喰らうくらいならと、自ら額を当てに行ったと言うのだ。

あの時響いた鈍い音は、固い骨同士がぶつかった為に発せられた物だった。


「凄ぇな、ほんまに参ったわ、、、しかしまさかあの技を使うとはね、、、なんでよりによってあんなマイナーな技を?」

崇も同じく声を掛けると、少し困った顔となった吉川。


「かっこいい技やから使ってみたかっただけ」

朴訥にそれだけ答えると、そっぽを向く様に保科へと視線を戻した。

するとそこには未だ四つ這いのままで保科の姿があった。

カウントが刻々と進み、6を数えられた時ようやく保科が動いた。

しかしそれは誰も予想しなかった動き、、、


「、、、ギブアップ」

そう呟いた保科は、リングについた手で2度マットを叩いたのだ。

皆が目を疑った、、、

レフリーの朝倉でさえ、何が起こったのか理解出来ずに思わず訊き返す。


「ひょっとして、今、、、タップした?」


コクリと首を動かした保科。

直後にゴングが鳴り響き、それと同時に驚く程スムーズな動きで保科が立ち上がった。

信じられないといった表情で歩み寄った吉川が

「アンタ、、、なんで?、、、」

そう尋ねる。


「立てたけど、立たなかった」

真顔で保科は答えた。


「だからっ!なんでっ!?」


「今の自分じゃ駄目だと思ったから」


「え?、、、どういう事?」


「ブランクを埋めようと必死に練習して来た。それでも貴女に圧倒された、、、

あれが今の私の全部、、、もう空っぽ。

だからこれ以上闘うのは貴女に失礼だもの。

でも勘違いしないで。私は貴女にギブアップしたんじゃ無い。今の自分が許せないから、、、再び出直す為の敗北を選んだの。

貴女が嫌いな事に変わりは無い。

だから、、、いつかもう1度、、、

その時は私が勝つから」


それを聞いた吉川、それ以上は何も言わずに黙って右手を差し出した。

しかし保科はそれに首を振って応える。


「悪いんだけど、握手は再戦まで預けさせて。その時は勝者として私の方から手を差し出すから」


「上等、、、フフフッ、、、やっぱアンタいいね。そういうの嫌いじゃないよ」


試合前と同じ言葉を投げ掛け、手を引っ込めた吉川。

そこへ朝倉が呆れ顔で声を掛けた。

「もうええか?そろそろ勝ち名乗りして貰いたいんやけどもっ!?」


「あ、すんません、、、」

吉川が預けた右手を朝倉が高々と掲げる。

7分41秒、タップアウトにより吉川の勝利である。

戦意喪失によるタップアウトの為、決まり手はコールされなかった。

それを見届けた保科がリングを下りる。

しかしロープ際で1度振り返ると、独り言の様にこう呟いた。

「おめでとう、、、いずれまた」



崇と藤井の待つ青コーナーへと向き直った吉川。とても誇らしく晴れやかな顔をしている。

そしてそれを迎える2人も同じ表情である。

青コーナーへ歩みを進めながら、吉川は思い出していた、、、崇に問われた先の質問を。


「かっこいい技やから使ってみたかっただけ」


そう答えたが、これは嘘である。

全力を尽くしながらも引退試合で敗北を喫した崇、、、その崇が使った技を試合のどこかで自分も使いたかった。

そしてその上で勝つ事が出来たならば、その勝利は崇と共有出来る気がしたのだ。


崇の技で一矢報い、崇の溜飲を下げる、、、

そう言ってしまえば陳腐な物に聞こえるが、あの技を使った上で勝てた事は、崇からのプレゼントであり、崇へのプレゼントでもあったのだ。


コーナーへ戻ると崇が言った。

「俺がおらんでも余裕で勝てとったな、、、俺が勝利をプレゼントするってデカい事言っときながら、何も力になれんでゴメンな」


吉川が俯いて首を振る。

そして顔を上げると穏やかにこう答えた。


「ううん。ちゃんと受け取ったよ、、、プレゼント」



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