第六話:『魔法』
人は濃淡の差はあれど皆が黒い髪と瞳をしている。
例外的に、黒以外の色彩を持つということは、魔法を使えることを意味している。それは血筋に限らず突然変異として現れる。
色によって扱える属性が異なり、基本的に一人一属性である。
フィリアは黒髪に真紅の瞳、属性は炎。
ルフォルは蒼い髪に黒の瞳、属性は水。
セラは黒髪に翡翠色の瞳、属性は風。
アイルは銀髪に黒の瞳、属性は氷。
コールは黒髪に金の瞳、属性は雷。
アイカの感覚では、アニメ色彩、という感想しか浮かばない。だが、自分もそうだという自覚が少々薄い。だが、少々五人とは事情が違う。
二色を持つ者は稀だが、けして少ないわけではない。だが、三色持つ者は歴史上十人もいない。
アイカは、青みがかった黒髪に焦げ茶(右)と真紅(左)の瞳、属性は地と炎。
これは三色と見るのか二色と見るのか教師達も眉を寄せたが、水が扱えるわけではないので、二色という判断が下された。
アイカ自身は別にどうでもいいのだが。
「…存在が反則」
「へ?」
魔法の授業で、唐突にルフォルが不機嫌そうに呟いた。
アイカとの接触を経て双子とも関わりを持つようになった(開き直って自棄になった)、セラ達が振り返る。
フィリアは苦笑を浮かべている。
入学から二ヶ月、対人戦はまだ行っていないが、魔法適性と耐性強化の為の訓練を続けている。
「分からないでもないな…」
「言いたくもなる」
「属性の特性が真逆、というのがね」
「…自覚が一切ないのがさらに腹立たしいわ」
最後のフィリアの呟きに、セラ達は深く頷いた。
ルフォルの気持ちが分かり、アイカの自覚のなさを知っているだけに、何ともいい難い。
誰も苦言を呈してこなかったのは、属性の問題だろう。
きっかけはルフォルの操作ミスだ。
初歩中の初歩、『水弾』の練習中に手元が狂い、アイカの方へと逸れてしまった。予想外の事態に誰も対応できず、思わず固まったアイカに直撃すると思われた。
だが、三つの『水弾』はアイカにあたる直前でただの水になり、地面に水たまりをつくった。
周辺にいたのがこのメンバーだけなのは幸運だっただろう。生徒達は信じられずに現実逃避するだろうけど、教師達は卒倒するだろう。
面倒くさがりなアイカがキレるかもしれない。短い付き合いでそれが分かったのはいいことなのか…。
閑話休題。
無事であることは喜ばしいのだが、なかったことにされたのが苛立ったのか、ルフォルは無言で『水弾』を五つ放った。
「愚弟―――ッ!」
思わず、フィリアが絶叫するのもいたしかたない。
だが、先と同じようにアイカの直前でただの水になり、水たまりが大きくなっただけだった。
安堵したのか脱力したフィリアを慰めるように、セラ達がその肩を叩く。
それから十数秒後、自分の手を眉間にしわを寄せて見ていたルフォルが呟いたのが冒頭の一言だ。
確かに反則である。
セラ達が同意し、復活したフィリアが疲れたようにしながらも同意した。
「…というか、よく平然としてられるな、アイカ」
「ん? そう見える?」
「見える」
トールの問いかけに、問いかけで返せば頷かれる。それにアイカは首を傾げ、落とすように呟いた。
「守りも抵抗もやろうとしてできるほどじゃないし…面倒だなぁ、と」
「「「「「ここでまで面倒くさがりを発揮すんな」」」」」
異口同音。
素晴らしいほどのユニゾンに、アイカはおぉと感心して気の抜けた拍手をまばらにする。それにルフォルですらも脱力してうなだれた。
恩返しに対しては面倒くさくとも精力的になるくせに、自身の命に迫った危機には投げやりになるとはどういうことか。普通は逆―――でもだめだが、優先順位は後者だろう。
それを突っ込んだところで、アイカは気にしないだろう、と何となく察した五人は、何も言わなかった。
ちなみに、この場には教官がいるにはいる。
アイカの状況には気付いていないものの、さすがにフィリアが絶叫したあたりで気になっていたらしい。その時の状況は理解していないようであるが、以降ちらちらと様子を見ていた。
堂々と出来ないのはアイカとフィリア達のせいだろう。
五人が一斉に脱力してうなだれてしまえば、何事かと驚くだろう。瞳を見開いて反応しているが、口を出そうかどうしようか迷っている。
それを視界の端に収めながら、終始ないものとしてアイカ達は扱っている。
興味もなければ重要視もしていないので、教官の扱いはおざなりである。
ちなみに、魔法適性と耐性強化が授業内容なので、魔法を使う必要性は全くない。貴族の子弟ならば初歩の魔法くらいは使えてもおかしくない。
王族ならば尚のこと当然だろう。
このメンバーで、アイカ、フィリア、ルフォルが魔法を使っているのはおかしくない。疑問にも思わないだろう。
だが…。
「他のも効かないのか?」
「被ってるのってフィリアだけだものね」
「水が効かないのは分かったから、氷はどうだろう?」
口々に言い放つ復活した友人達に、アイカは眉を寄せる。
「…だからって、一斉攻撃はやめてね。せめて、防御魔法が出来るようになってからにして」
本来、身の安全の為に先に防御魔法を習い、簡単な攻撃魔法を習う。だが、アイカの魔法の師匠は養父であるリガードで、先手必勝、を掲げた結果、半年でアイカは中級の攻撃魔法をマスターさせられた。
攻撃力過多防御力ほぼ皆無、な状況にセラ達ですら遠い目をした。他国にも名を知られる大貴族の思考が壊滅的に分からなくて。
ひとまず、そんな状態のアイカはここに来て初めて防御魔法を習ったばかりだ。無効化できるか分からない属性と相対することは出来ない。
(ひとまず、これは知られないようにしないとなぁ…)
二色というだけでも珍しいのに、さらに余計な付属がついたら面倒なことになりかねない。ただでさえ、家のことで面倒だというのに。
それに、生まれ持った色で一目置かれても何も嬉しくない。そこに努力はかけらもないから。
この世界に来て、魔法を知った。『流離れ人』は能力が高いらしく、一定水準まではあっさりとマスター出来てしまった。ただ、それ以降はなかなかだが。
なので、アイカにとって魔法はこれからが本番だった。
生まれ持ったアドバンテージ。
『流離れ人』としての能力補正。
それらで認められても、それはアイカ本人の評価ではない。
だからこそ、この状態でさらに『水属性無効化』などということが知られるのは困る。
第一は面倒くさい。これはけして揺るがない。
第二に直感。警鐘がガンガン鳴り響いている。
…普通、二番目が重要だと思われるが、アイカの最重要事項は一番目である。たまに覆るが。
隠すことなくため息をつくアイカに、どうせ面倒だと思ってるんだろう、と考えた五人は和気あいあいとしている。ルフォルは若干拗ねたようにしているが。
そうしながらも、カリキュラムをこなしているので教官は何も言えない。
タイミングも外してしまったので、尚更。
そんな不完全燃焼な教官の目を盗んで、どこまで耐えられるのかちまちまと試してみた。
ルフォルが仕えるのが中級魔法までなので、それを試してみた。もちろん、他四人がサポートの準備をしているが。
結果、全て無効化してしまった。
必死で積み重ねた努力の結晶が、ほんの十数分で木端微塵になり、ルフォルが落ち込んだ。
思わず、アイカは低姿勢で謝ってしまった。アイカは悪くないのだが。
ちなみに、セラ達はフィリアとルフォルを呼び捨てにしている。
二人が望んだからだが、そこに至るまでに三日間の論争があった。
…あまりにもくだらなくて、アイカが調停したほどだった。