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第15話 橋が語るもの

第15話 橋が語るもの

巨大な橋の下を、川の流れがゆっくりと進んでいた。

夕暮れの光を受け、鋼鉄の骨組みが赤く染まる。

カイルは橋脚の近くに立ち、じっと上を見上げていた。

まるで巨大な生き物を観察しているような目だった。

「本当に好きなんですねぇ」

佐伯が呆れたように言う。

「好きだな」

カイルは即答した。

迷いすらない。

橋は好きだ。

道も好きだ。

測量も好きだ。

なぜなら、それらは人を生かすからだ。

英雄は戦場で人を救う。

だが橋は何十年、何百年と人を救い続ける。

それをカイルは知っていた。


---


「で、妙な現象というのは?」

ようやく本題に入る。

佐伯は思い出したように頷いた。

「実はですね」

橋の側面を指差した。

「あそこなんです」

カイルは視線を向ける。

特に異常は見えない。

だが佐伯は続けた。

「定期点検のデータで微妙な数値が出てまして」

「ほう」

「危険じゃないんです」

「だろうな」

本当に危険なら立入規制されている。

橋も通行止めになるだろう。

今は普通に車が走っている。

「ただ原因が分からない」

佐伯はそう言った。

技術者らしい悩みだった。

壊れているなら修理できる。

異常があるなら対処できる。

だが原因不明は怖い。

それは異世界でも同じだった。


---


カイルは歩き始めた。

橋の周囲をゆっくり回る。

橋脚を見る。

河床を見る。

流れを見る。

風向きを見る。

車両の流れを見る。

周囲の地形を見る。

それはまるで斥候時代の探索だった。

佐伯が不思議そうな顔をする。

「計器とか使わないんですか?」

「目の方が早い」

「格好いいこと言いますねぇ」

「本当だ」

カイルは真顔だった。

実際、王国時代に計器など存在しない。

全ては観察だ。

地形を読む。

流れを読む。

危険を読む。

その積み重ねが彼を伝説級の斥候にした。


---


橋脚へ近付く。

その瞬間。

『空想具現』

頭の奥で静かに何かが動いた。

視界が変化する。

橋全体へ光の線が走る。

荷重。

応力。

振動。

連結。

力の流れ。

以前より遥かに鮮明だった。

構造力学を学んだからだ。

知識が魔法を進化させている。

「なるほど」

違和感の正体が見えた。

橋そのものではない。

橋脚でもない。

少し離れた場所。

川の流れだった。

「佐伯」

「はい」

「最近の豪雨記録はあるか」

佐伯が目を丸くする。

「ありますが」

「見せてくれ」

すぐに資料が渡される。

数字を見る。

そして周囲の河床を見る。

さらに流れを見る。

数分後。

カイルは頷いた。

「原因はこれだ」

「えっ?」

「水の流れが変わっている」

「流れ?」

「この橋ではない」

足元を指差す。

「川だ」


---


そこから説明が始まった。

カイルの説明は決して専門的ではない。

むしろ単純だった。

「昔はここへ流れていた」

地面へ線を描く。

「だが今は違う」

別の線を描く。

「豪雨で少しずつ変化した」

さらに線を描く。

「その結果」

橋脚を指差す。

「流れが集中している」

佐伯が考え込む。

やがて資料を確認する。

昔の航空写真。

河川図。

測量図。

過去データ。

そして顔色が変わった。

「うわ」

思わず声が漏れる。

「本当だ」

さらに別の技術者も呼ばれる。

確認。

検証。

計算。

結果。

全員が同じ結論に辿り着いた。

「河床洗掘か」

「小規模ですが発生していますね」

「だから数値が出ていたのか」

室内が騒がしくなる。


---


その様子を見ながらカイルは思った。

やはり面白い。

地球の技術者たちは凄い。

知識がある。

技術がある。

努力もしている。

だからこそ尊敬できる。

異世界には。

技術を軽視する国も多かった。

魔法があるから。

力があるから。

どうにかなると考える者がいる。

だが地球は違う。

地道な積み重ねで文明を築いていた。

「学ぶ価値がある」

心からそう思った。


---


帰り道。

佐伯が缶コーヒーを渡してくる。

すっかり恒例になっていた。

「どうぞ先生」

「先生ではない」

「諦めてください」

笑われた。

最近は周囲までそう呼び始めている。

少し困る。

かなり困る。

本気で困る。

「本当に何者なんです?」

ふいに佐伯が聞いた。

夕焼けの中。

二人は橋を眺めながら歩く。

「技術者でもない」

「学者でもない」

「なのに何でも分かる」

カイルは少し黙った。

答えられない。

異世界の斥候だとは言えない。

だから。

少しだけ本当のことを言った。

「昔から道を見てきた」

佐伯が黙る。

「道?」

「人が安全に通れる道だ」

それは嘘ではなかった。

危険な山岳。

魔物の巣。

呪われた森。

崩れかけた峡谷。

カイルは何度も道を探した。

仲間を生かすために。

誰も死なせないために。

佐伯はしばらく黙った後、小さく笑った。

「だからですかね」

「?」

「先生と話してると、技術の話なのに人の話に聞こえるんですよ」

カイルは少し考えた。

そして頷く。

「道は人のためにある」

それが彼の答えだった。

橋のための橋ではない。

道路のための道路ではない。

そこを通る誰かのために存在する。

だから安全でなければならない。

だから壊れてはいけない。

その考え方は、異世界でも地球でも変わらなかった。


---


夜。

図書館。

閉館間際。

カイルはいつもの席で本を読んでいた。

だが今日は工学書ではない。

『星界魔導年代記 第五巻』

ここ数日で最も気になっている本だった。

ページをめくる。

物語は佳境へ入っていた。

古代文明アルカディア。

世界門。

管理権限。

物流路。

そして失われた管理技師たち。

読み進めるうちに。

一つの描写で手が止まる。

『管理者は世界を創る者ではない』

次のページ。

『管理者とは壊れた世界を修復する者である』

カイルの瞳が細くなる。

その言葉。

どこかで聞いたことがあった。

思い出す。

転移直後の声。

【修復者認定】

【権限付与】

あの声だ。

脳裏で蘇る。

そしてその瞬間。

『空想具現』

強い反応が起きた。

本が淡く光る。

ページの文字が揺れる。

誰にも気付かれないほど微弱だ。

だがカイルには分かった。

これはただの小説ではない。

本当に何かと繋がっている。

「……作者に会う必要があるな」

来週の講演会。

そこで何かが分かるかもしれない。

黒虚の顎。

世界門。

古代文明アルカディア。

そして。

自分がこの世界へ来た理由。

全ての謎へ繋がる糸が、少しずつ姿を見せ始めていた。

だが同時に。

カイルは気付いていなかった。

図書館の二階。

書架の陰から。

朝比奈栞がこちらを見ていたことに。

そして彼女がふと呟いた言葉を。

「やっぱり似てる……」

その言葉の意味を知るのは、まだ少し先の話だった。

――第15話 了――

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