第13話 現代という名の巨人
第13話 現代という名の巨人
「先生、今日はこっちです」
翌日の昼過ぎ。
カイルは建設コンサルタントの男性、佐伯に連れられて市内を歩いていた。
先生。
その呼び方は未だに慣れない。
何度訂正しても直らないので、半ば諦めている。
「だから先生ではない」
「でも助かってるんですよ」
佐伯は苦笑する。
「昨日の件、上司に報告したら驚かれましてね」
「そうか」
「正直、私もまだ信じられません」
地図を一瞬見ただけ。
図面を少し見ただけ。
それで問題点を見抜く。
確かに現代人から見れば異常だろう。
しかしカイルにとっては日常だった。
斥候は地形を読む。
測量士は流れを読む。
危険を見抜けなければ死ぬ。
ただそれだけだった。
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二人が向かった先は河川工事現場だった。
大きな川。
護岸。
重機。
作業車両。
遠くには巨大な橋。
カイルは思わず立ち止まる。
何度見ても驚く。
異世界にも橋はある。
しかしここまで巨大なものは少ない。
なにより。
鉄だけで造られている。
魔法補強もない。
魔道具もない。
純粋な工学だけで成立している。
「本当に凄いな……」
思わず漏れた。
佐伯が笑う。
「橋はお好きですか?」
「好きだ」
即答だった。
橋は文明そのものだ。
物資を運ぶ。
人を運ぶ。
文化を運ぶ。
王国でも橋を押さえた者が戦争を制する。
その価値をカイルは知っている。
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現場事務所へ案内される。
数人の技術者が集まっていた。
年齢も様々だ。
若手。
中堅。
ベテラン。
そして全員が少し怪訝そうな顔をしている。
当然だった。
突然知らない男を佐伯が連れて来たのだから。
「この方です」
佐伯が紹介する。
「例の?」
「はい」
周囲の視線が集まる。
カイルは内心で居心地の悪さを感じていた。
魔王の軍勢を偵察する方が楽だったかもしれない。
人に見られるのは得意ではない。
斥候だから当然である。
「とりあえず座ってください」
そう言われ席に着く。
そして一枚の図面が広げられた。
河川改修計画。
かなり大規模な案件らしい。
説明が始まる。
カイルは黙って聞いた。
聞きながら理解する。
理解しながら覚える。
覚えながら構造化する。
『空想具現』が静かに働いていた。
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一時間後。
技術者たちは議論を続けていた。
ここを削る。
いや、こちらを補強する。
流量計算はどうする。
予算はどうする。
どれも重要な話だ。
だが。
カイルは別の部分が気になっていた。
もっと根本的なところ。
地図全体。
地形全体。
河川全体。
そこに違和感があった。
「失礼」
自然と口を開く。
全員が振り向いた。
「なんでしょう?」
担当主任が言う。
カイルは地図の一点を指差した。
「この支流は調べたのか」
「支流?」
「ここだ」
全員が覗き込む。
小さな流れだった。
計画図の隅。
ほとんど注目されていない箇所。
主任が答える。
「重要度は低いですね」
「なぜ」
「流量が少ないので」
カイルは静かに首を振る。
「そうではない」
違和感の正体がようやく見えた。
「勾配だ」
沈黙。
「大雨の時、水はここへ逃げる」
一同が固まる。
佐伯だけは少し青ざめていた。
昨日も同じ流れだったからだ。
若手技術者が測量図を見る。
標高データを見る。
計算する。
数分後。
「……え?」
小さく声が漏れた。
さらに計算。
再確認。
もう一度計算。
やがて。
「主任」
震える声。
「これ……本当にあり得ます」
空気が変わる。
主任が図面を奪うように見る。
急いで確認。
資料確認。
現地データ確認。
数分後。
長い沈黙が訪れた。
そして。
「本当だ」
誰かが呟いた。
「流量計算は合っている」
「だが地形全体で見ると違う」
「大規模洪水時の逃げ道を見落としていた」
室内が騒然となる。
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カイルはその様子を見ながら思う。
不思議だな、と。
異世界でも同じだった。
皆、自分の担当を見る。
自分の専門を見る。
しかし全体を見る人間は少ない。
だから斥候が必要になる。
空から地形を見る者。
全体を俯瞰する者。
それがカイルだった。
その時。
主任が立ち上がった。
そしてカイルへ深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
カイルが驚く。
「大げさだ」
「大げさじゃありません」
主任は真剣だった。
「もし本当にそのケースが発生していたら、後で大変なことになっていました」
「そうか」
「本当に助かりました」
その言葉に嘘はなかった。
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帰り道。
佐伯が苦笑する。
「もう先生でいいですよね?」
「よくない」
「いや、よくないですか?」
「よくない」
即答だった。
すると佐伯は声を上げて笑う。
「現場でも話題になりますよ」
「話題?」
「そのうち土木業界の都市伝説になりますよ」
「やめてくれ」
本気で嫌だった。
目立つのは好きではない。
だが佐伯は真面目な顔になる。
「でもですね」
「?」
「先生」
「だから」
「いや聞いてください」
珍しく真剣だった。
「知識は価値です」
歩きながら続ける。
「経験も価値です」
「そうだな」
「でも先生のそれは異常なんです」
カイルは黙る。
異世界由来だから当然だ。
しかしそれは言えない。
佐伯は続けた。
「ちゃんと勉強すれば、本当に一流になれますよ」
その言葉に。
カイルは少しだけ考え込んだ。
勉強する。
もっと知る。
もっと学ぶ。
それは今まさにやっていることだった。
そして。
『空想具現』もまた、知識によって成長している。
ならば。
まだ強くなれる。
もっと深く世界を理解できる。
その確信があった。
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その夜。
図書館で借りた新しい本を開く。
タイトルは。
『構造力学 応用編』
そしてもう一冊。
『星界魔導年代記 第五巻』
カイルは迷わず両方を机へ並べた。
そして小さく笑う。
「どちらから読むべきだろうな」
工学か。
魔法か。
異世界なら二者択一だった。
だが今の彼には違う。
地球の知識は魔法を進化させる。
魔法は知識を理解する速度を加速させる。
二つは既に切り離せなくなっていた。
そしてその夜。
カイルはまだ知らなかった。
『構造力学 応用編』の中に記された「トラス構造」という概念が。
数百話後。
異世界で絶対防刃の特殊布を生み出す最初の着想になることを。
――第13話 了――
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