第1話:『生きたゴミ箱』の日常と、裏切りの奈落
「おいクロウ、さっさと食え。お前の仕事はそれだけだろ?」
ダンジョン『黒き顎』の入り口前。野営地で火を囲む中、俺——クロウの足元に投げ捨てられたのは、紫色の体液が滲む得体の知れない魔物の肉片だった。
強烈な腐臭に胃液が込み上げる。だが、逆らうことは許されない。
「……いただきます」
泥水のような味と吐き気を堪え、俺はそれを無理やり喉の奥へと押し込んだ。
直後、全身の血が沸騰するような激痛に襲われ、俺は地面を転げ回った。
「ふはっ! 見ろよ、アイツまた泡吹いて倒れてやんの!」
「汚らしいですね……近くに寄らないでくださいませ」
腹を抱えて嗤う戦士ガランと、扇子で口元を隠し汚物を見るような目を向ける聖女マリア。
そして、光の勇者アルスは冷酷な目で見下ろしてくる。
「即死はしないようだな。よし、この肉は安全だ。調理しろ」
俺は、この国最強と謳われる勇者パーティーの『毒味役』だった。
どんな劇毒や腐肉を食べても腹を下さないだけの底辺スキル【悪食】。それしか持たない俺は、彼らにとって未知の毒や食材を確かめるための『生きたゴミ箱』でしかない。
荷物持ちとして酷使され、ストレス発散のサンドバッグにされ、少しでも逆らえば激しい暴力が飛んでくる。
「さぁ、行くぞ。今日こそこのダンジョンの最下層を踏破する」
アルスの号令で、俺たちは『黒き顎』の内部へと足を踏み入れた。
薄暗く、湿った空気が漂うダンジョン。
俺は身の丈ほどある巨大な荷物を背負わされ、彼らの後ろを這うように歩く。罠があれば先歩きさせられ、魔物の返り血を浴びるのは常に俺だった。
(いつか……いつかこの借りを返してやる……)
心の中でどれだけ呪詛を吐こうと、戦闘力皆無の俺には抗う術はない。
そして、悲劇は第50階層——未踏破領域に足を踏み入れた瞬間に起きた。
『オオオオオオオオオオオオオッ!!!』
空間が震えるほどの咆哮。
暗闇の中から姿を現したのは、全身を漆黒の鎧で覆った巨大な牛頭の魔神、ミノタウロス・ロード。本来ならこんな浅い階層にいるはずのない、規格外のバケモノだった。
「なっ……!? なぜロード級がこんな場所に!」
「アルス様、勝てません! 私の魔法でも傷ひとつ付きませんわ!」
一振りで岩盤を粉砕するミノタウロス・ロードの巨斧を前に、さしもの勇者パーティーも完全にパニックに陥っていた。
「チッ……! 退くぞ! 全力で逃げろ!」
アルスが叫んだ。だが、ミノタウロス・ロードの巨体が退路を塞ぐように立ちはだかる。
このままでは全滅する。そう悟ったアルスの目が、最後尾で震えていた俺を捕らえた。
「……おいクロウ。お前、ここで足止めしろ」
「え……?」
思考が追いつく前に、ドンッ、と背中を蹴り飛ばされる。
ミノタウロス・ロードの目の前に転がり出た俺の足首に、ガランの剣が冷たく閃いた。
「あ、ぎゃあああああっ!?」
「悪いな! まともに歩けねえ肉の塊のほうが、囮としては優秀だろ!」
両足のアキレス腱を斬り裂かれ、激痛に叫び声を上げる俺。
「アルス、マリア……! なんで……ッ!」
「お前の命など、初めからその程度の価値しかありませんよ」
聖女マリアが冷酷に嗤い、勇者アルスは一瞥もくれずに走り去っていく。
逃げ去るかつての仲間たちの背中。
そして、俺を見下ろし、巨大な斧を振り上げるミノタウロス・ロード。
逃げることもできず、足掻くことも許されず、俺は斧の衝撃によって崩落した床ごと、ダンジョンのさらに深い『奈落の底』へと飲み込まれていった。
(許さない……絶対に、許さない……ッ!!)
憎悪と絶望の叫びは声にならず、俺の意識は深い漆黒の闇の中へと墜ちていった。




