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第1話 巻き戻しの死を積み上げて、魔王の初撃を突破した件

 配信ソフトのプレビュー画面に、いつも通りの自分の顔が映っていた。

照明は安物のリングライト。背景は生活感丸出しのワンルーム。

視聴者はゼロ。コメント欄は当然のように静まり返っている。


「……よし、今日も誰も来ないだろうけど、始めますか」


 ユウトは深呼吸し、VRヘッドセットを装着した。

胸の奥に、ほんの少しだけ高揚感がある。

新作VRMMO《Singularity(シンギュラリティ) Frontier(フロンティア)

量子演算で世界が自律生成される、発売前から話題になっていたタイトルだ。


「ログインっと……」


 視界が白く染まり、脳が一瞬だけ浮くような感覚に包まれる。

量子演算型VR特有の“接続の深さ”が、頭の奥にじんわりと広がる。

ユウトはその感覚が好きだった。

現実の雑音が消え、身体が軽くなる。

まるで、世界そのものに溶け込んでいくような、そんな感覚。


 白い光が徐々に薄れ、視界が形を取り始める。

ユウトは、初期スポーン地点の草原か街を想像していた。

公式サイトには「初心者は王都近郊の安全地帯からスタート」と書かれていたし、チュートリアルNPCが丁寧に案内してくれるはずだった。


 だが。


「……え?」


 視界が完全に開けた瞬間、ユウトは言葉を失った。


 そこは、草原でも街でもなかった。

巨大な石造りの柱が天井まで伸び、黒い炎がゆらめく燭台が並び、空気そのものが重く、冷たく、どこか湿っている。


 そして、目の前には、漆黒の玉座。


「……いやいやいや、待て待て待て。ここ、どこ?」


 ユウトは反射的に周囲を見渡した。

床は黒曜石のように光り、壁には古代文字のような紋様が刻まれている。

天井は高すぎて見えない。

空気が重く、呼吸するたびに胸が圧迫されるような感覚がある。


 ゲーム開始直後にこんな場所にいるはずがない。

初心者向けの明るい草原や、王都の広場とは真逆の雰囲気だ。


「……これ、もしかして……魔王城?」


 口に出した瞬間、背筋が冷たくなった。

魔王城は、ゲーム中盤以降に挑む高難度エリア。

公式PVでも「最強の敵が待ち受ける終盤の舞台」と紹介されていた。


 初心者が来る場所ではない。

そもそも、来られるはずがない。


「いやいやいや、バグだろこれ……」


 ユウトは半笑いになりながら、玉座の方へ視線を向けた。


 その瞬間、心臓が跳ねた。


 玉座に、誰かが座っていた。


 黒い炎をまとった巨影。

人型だが、明らかに人間ではない。

肩から背中にかけて黒い翼のような影が揺れ、瞳は赤く、深淵のように光っている。


 《魔王ルシファリア》

ゲーム内最強の存在。

プレイヤーが何十時間もかけて挑むラスボス。


 ユウトは、まだチュートリアルすら見ていない。


「……え、ちょっと待って。なんでいるの?なんで俺ここなの?え?」


 言葉がまとまらない。

頭が追いつかない。

視聴者ゼロの配信画面に、ユウトの混乱した声だけが響く。


 魔王はゆっくりと顔を上げた。

赤い瞳がユウトを捉える。

その視線は、まるで“異物”を見るような冷たさだった。


 ユウトは息を呑んだ。

身体が勝手に硬直する。

VR特有の“身体感覚同期”が、恐怖を現実のように増幅させる。


「……あの、俺、初心者なんですけど……?」


 魔王は答えない。

ただ、立ち上がった。


 その動作だけで、空気が震えた。

黒い炎が玉座の周囲で渦を巻き、床の紋様が赤く光る。


 ユウトは一歩後ずさった。

足が震えている。

だが、逃げ場はない。

背後には巨大な扉があるが、閉ざされている。

開けるためのインタラクトも表示されない。


「いやいやいや、ちょっと待てって……!俺まだ操作説明も聞いてないんだけど!」


 魔王は、ゆっくりと右腕を上げた。

その動きは、まるで儀式のように滑らかで、静かで、恐ろしく美しい。


 ユウトは、直感した。


——死ぬ。


「ちょ、待っ」


 魔王の腕がわずかに振れた。

その瞬間、視界が赤く染まり、ユウトの身体は粉々に砕け散った。


——YOU DIED——


 配信画面には、ただの即死。

ユウトは何もできなかった。

反応する暇すらなかった。


「……は?」


 死んだはずなのに、ユウトの意識はまだ続いている。

暗闇の中で、時間が止まったような感覚があった。


 そして、視界が、巻き戻った。


 玉座の間。

魔王が座っている。

ユウトは、また同じ場所に立っていた。


「……え?」


 魔王の腕が、再び動いた。


 ユウトは再び死んだ。


 そしてまた、巻き戻った。


「……これ、もしかして……巻き戻ってる?」


 ユウトは、混乱しながらも、どこかでワクワクしていた。

恐怖よりも先に、好奇心が湧いてくる。


「いや……これ、絶対面白いやつじゃん」


 ユウトは、まだ知らない。

この“巻き戻り”が、彼の人生を変えることを。

そして、この瞬間が、世界中を巻き込むバズりの始まりであることを。


 玉座の間に戻った瞬間、ユウトは肺の奥まで冷たい空気を吸い込んだ。

さっき死んだはずなのに、身体は無傷。

痛みもない。

ただ、心臓だけが異様に早く脈打っている。


「……いや、待て。俺、さっき……死んだよな?」


 自分の声が震えているのがわかる。

だが、震えているのは恐怖だけじゃない。

胸の奥に、妙な高揚感がある。


 魔王は玉座に座ったまま、赤い瞳でユウトを見ていた。

その視線は、まるで“観察”しているようだった。

ユウトがどう動くのか、興味を持っているような、そんな気配。


「……これ、どういう状況だよ……」


 ユウトはゆっくりと手を握り、開いた。

指はちゃんと動く。

身体も軽い。

VR特有の身体同期が正常に働いている。


 死んだ直後の巻き戻し。

それは、ただのラグやバグでは説明できないほど“自然”だった。


「いや、でも……巻き戻ったよな?絶対」


 ユウトは周囲を見渡した。

玉座の間の配置は、さっきとまったく同じ。

燭台の炎の揺れ方まで一致している。

まるで、時間そのものが“巻き戻された”ような感覚。


「……これ、スキル?いや、そんなの聞いてないし……」


 ユウトはメニューを開こうとした。

だが、メニューは開かない。

初心者チュートリアルが始まる前だから、まだ解放されていないのだ。


「うわ、マジか……メニューも開けないのに魔王城って……」


 ユウトは苦笑した。

状況は絶望的だが、どこかでワクワクしている自分がいる。


「いや、でも……これ、もし巻き戻しが本物なら……」


 ユウトは言葉を飲み込んだ。

魔王がゆっくりと立ち上がったからだ。


 黒い炎が床を舐めるように広がり、空気が震える。

玉座の間全体が、魔王の動きに反応しているようだった。


「……また来るのか……?」


 魔王は右腕を上げた。

その動きは、さっきとまったく同じ軌道。

まるで、ユウトが“巻き戻った”ことを知っているかのように、同じ初撃を繰り返す。


「ちょ、待てって……!」


 ユウトは反射的に身をかがめた。

だが、意味はなかった。


 魔王の腕がわずかに振れた瞬間、ユウトの身体はまた粉々に砕け散った。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

そして、視界が巻き戻る。


 玉座の間。

魔王が座っている。

ユウトは、また同じ場所に立っていた。


「……うわ、マジで巻き戻ってる……!」


 ユウトは思わず笑った。

恐怖よりも先に、興奮が湧いてくる。


「これ……本当に巻き戻しスキルじゃん……!?」


 魔王はまた立ち上がる。

赤い瞳がユウトを捉える。

その視線は、さっきよりもわずかに鋭い気がした。


「いやいやいや、ちょっと待て……これ、どういう仕様だよ……!」


 ユウトは後ずさりしながら、頭の中で状況を整理しようとした。


・死ぬ

・暗闇

・巻き戻る

・魔王が初撃を繰り返す


 この流れが、完全に固定されている。

まるで、ユウトだけが“時間の巻き戻し”を許されているような感覚。


「……これ、もしかして……俺だけ?」


 魔王の腕がまた上がる。

ユウトは反射的に横へ跳んだ。

だが、避けられるはずもない。


 魔王の腕が振れた瞬間、ユウトはまた死んだ。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

そして、巻き戻る。


「……っは……!これ、やば……!」


 ユウトは息を荒げながら笑った。

恐怖と興奮が混ざり合い、脳が熱くなる。


「いや、これ……めっちゃ面白いな……!」


 魔王はまた立ち上がる。

ユウトは、今度は魔王の動きをじっと見た。


「……同じ動きだ……」


 魔王の初撃は、毎回まったく同じ軌道。

腕の角度、炎の揺れ方、床の紋様の光り方、すべてが一致している。


「これ……観察できる……!」


 ユウトの目が輝いた。

恐怖よりも、好奇心が勝った。


「いや、これ……攻略できるぞ……!」


 魔王の腕が上がる。

ユウトは、動かない。

ただ、見た。


 腕の角度、肩の動き、炎の揺れ、床の光、魔王の視線。


 すべてを、脳に刻み込む。


「……なるほど……」


 魔王の腕が振れた瞬間、ユウトはまた死んだ。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

そして、巻き戻る。


 玉座の間。

魔王が座っている。

ユウトは、また同じ場所に立っていた。


「……これ、観察できるなら……絶対に避けられる……!」


 ユウトは拳を握った。

恐怖はもうない。

あるのは、ただの興奮。


「マジでこのゲーム……最高じゃん……!」


 魔王が立ち上がる。

ユウトは、また観察する。


 腕の角度、肩の動き、炎の揺れ、床の光、魔王の視線。


 ユウトは、死ぬ。

そして、巻き戻る。


「……よし……わかった……!」


 ユウトは笑った。

魔王の初撃を“観察し始める”準備が整った。


 玉座の間に戻った瞬間、ユウトは自分の鼓動の速さに苦笑した。


「……心臓、うるさすぎだろ」


 さっきまでの恐怖は、もう純度が変わっていた。

怖い、けど、それ以上に、面白い。


 魔王は玉座に座ったまま、赤い瞳でユウトを見ている。

その視線は、怒りでも嘲笑でもない。

ただ、静かに“観察している”ような冷たさを帯びていた。


「さっきの一撃……完全に同じだったよな」


 ユウトは小さく息を吐き、足を肩幅に開いて構えた。

逃げ場はない。

なら、見るしかない。


 魔王が立ち上がる。

黒い炎が床を這い、紋様が赤く脈打つ。

その一連の演出すら、もう少しだけ“見慣れた光景”になっていた。


「肩が沈んで……」


 右腕がゆっくり持ち上がる。

ユウトは目を凝らした。

腕の角度、肘の位置、指先の向き、細部を脳に刻み込む。


「ここで床が光る……」


 紋様が一瞬だけ強く輝く。

炎が揺れる。

空気が震える。


「で」


 腕が振り下ろされる。

視界が赤に塗りつぶされる。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

そして、巻き戻し。


 玉座の間。

魔王。

ユウト。


「……よし、一つずつだ」


 ユウトは自分の手を見下ろした。

震えてはいない。

むしろ、指先が妙に軽い。


「今のは、肩の沈み方と床の光のタイミング。次は炎だな」


 魔王が立ち上がる。

ユウトは一歩も動かない。

ただ、視線だけを動かす。


 炎の揺れ方。

玉座の影の伸び方。

魔王の輪郭のブレ。


「……あの瞬間、炎が一度だけ逆方向に跳ねる……」


 腕が振り下ろされる。

ユウトの身体はまた砕け散る。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


「……なるほど。あれが“合図”か」


 ユウトは口元を吊り上げた。

死ぬたびに、パズルのピースが増えていく感覚がある。


「これ、完全に“パターンゲー”じゃん」


 魔王が立ち上がる。

ユウトは今度、視線を魔王の顔に固定した。


「目線……俺を見てる時間が、微妙に変わってる……」


 赤い瞳がユウトを捉え、ほんの一瞬だけ細められる。

その直後に、肩が沈み、腕が上がる。


「……あそこだな」


 腕が振り下ろされる。

ユウトはまた死ぬ。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


「……よし、だいぶ見えてきた」


 ユウトは息を整えた。

呼吸は荒いが、頭は冴えている。


「肩の沈み、床の光、炎の跳ね、視線の変化……全部、同じ順番で来てる」


 魔王が立ち上がる。

ユウトは、今度は自分の足元に意識を向けた。


「俺の位置も固定されてる……一歩も動いてないのに、毎回同じ場所からスタートしてる」


 床の紋様の形。

足の位置。

魔王との距離。


「……これ、避けるスペースはあるはずだ」


 腕が振り下ろされる。

ユウトはまた死ぬ。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


「……よし、次は動いてみるか」


 ユウトは、ほんの少しだけ足をずらした。

スタート位置から半歩右へ。

それだけで、視界の印象が変わる。


「距離感が変わると、炎の見え方も変わる……」


 魔王が立ち上がる。

ユウトは、今度は肩の沈みと同時に、足を後ろへ引いた。


「ここで一歩下がると」


 腕が振り下ろされる。

ユウトはまた死ぬ。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


「……一歩じゃ足りないか」


 ユウトは苦笑した。

だが、その笑いには焦りはない。


「いいね……こういうの、嫌いじゃない」


 魔王が立ち上がる。

ユウトは、肩が沈む瞬間に二歩下がってみた。


「これなら」


 腕が振り下ろされる。

ユウトはまた死ぬ。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


「……後ろはダメか。範囲広すぎるな」


 ユウトは顎に手を当てた。

考える時間は、死と死の間にしかない。

だが、その短さが逆に心地よかった。


「じゃあ、横だな」


 魔王が立ち上がる。

肩が沈む。

床が光る。

炎が跳ねる。


 その瞬間、ユウトは左へ飛び出した。


「ここなら」


 腕が振り下ろされる。

ユウトはまた死ぬ。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


「……横も巻き込まれるのかよ……」


 ユウトは笑った。

笑うしかない。

だが、その笑いは、確かに“楽しい”方向のものだった。


「範囲攻撃か……じゃあ、タイミングをずらすしかないな」


 魔王が立ち上がる。

ユウトは、肩が沈む瞬間ではなく、炎が跳ねる瞬間に動いた。


「ここでステップ入れれば」


 腕が振り下ろされる。

ユウトはまた死ぬ。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


「……早すぎたか」


 ユウトは息を吐いた。

少しだけ、頭が重くなってきている。

だが、それでも笑みは消えない。


「タイミング、あと半拍遅らせる」


 魔王が立ち上がる。

肩が沈む。

床が光る。

炎が跳ねる。


 ユウトは、その直後に横へステップした。


「今だ」


 腕が振り下ろされる。

ユウトはまた死ぬ。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


「……惜しいな。さっきよりはマシだった」


 ユウトは自分の足元を見た。

位置が、ほんの少しだけ変わっている。

それが、さっきとの違いだ。


「このゲーム、容赦ないけど……ちゃんと反応してくれてる」


 魔王が立ち上がる。

ユウトは、今度は炎の跳ねと床の光の“間”で動いた。


「ここなら」


 腕が振り下ろされる。

ユウトはまた死ぬ。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


「……まだ足りないか」


 ユウトは、額に手を当てた。

少しだけ、頭の奥がじんじんする。

それでも、目の奥は輝いていた。


「でも、確実に近づいてる。さっきのは、完全に“かすった”感覚だった」


 魔王が立ち上がる。

ユウトは、肩の沈みと炎の跳ねの両方を意識しながら、斜め後ろへステップした。


「ここなら、範囲の外に」


 腕が振り下ろされる。

ユウトはまた死ぬ。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


「……斜めもダメか。範囲、思ったより広いな」


 ユウトは舌打ちした。

だが、その舌打ちは苛立ちではなく、ゲームに対する“敬意”に近かった。


「いいね……手加減なしって感じだ」


 魔王が立ち上がる。

ユウトは、今度は動かない。

ただ、もう一度だけ“全部”を見ることにした。


 肩の沈み、床の光、炎の跳ね、視線の変化、腕の軌道。


「……この軌道なら、内側に潜り込めるかもしれないな」


 腕が振り下ろされる。

ユウトはまた死ぬ。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


「……よし、次は前だ」


 ユウトは、スタート位置から半歩だけ前に出た。

魔王との距離が、わずかに縮まる。


「近づくのは怖いけど……遠くにいても当たるなら、いっそ懐に入ったほうがいい」


 魔王が立ち上がる。

肩が沈む。

床が光る。

炎が跳ねる。


 ユウトは、その瞬間に前へ踏み込んだ。


「ここだ」


 腕が振り下ろされる。

ユウトはまた死ぬ。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


「……今の、感覚が違ったな」


 ユウトは目を閉じて、さっきの一瞬を思い返した。

腕の軌道が、ほんの少しだけ頭上をかすめたような感覚がある。


「完全に直撃じゃなかった。つまり、軌道の外側に出られてる」


 魔王が立ち上がる。

ユウトは、今度は半歩ではなく、一歩前に出た。


「もう少し踏み込めば」


 肩が沈む。

床が光る。

炎が跳ねる。


 ユウトは、前へ飛び込んだ。


「抜ける!」


 腕が振り下ろされる。

ユウトはまた死ぬ。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


「……惜しい。さっきよりさらに“外側”だった」


 ユウトは笑った。

笑いながら、頭の奥のじんじんを無視した。


「これ、あと数十回もやれば、完全に抜けられるな」


 魔王が立ち上がる。

ユウトは、前へ踏み込むタイミングを、ほんの少しだけ遅らせた。


「ここで」


 肩が沈む。

床が光る。

炎が跳ねる。


 ユウトは、炎の跳ねの直後に前へ飛び込んだ。


 腕が振り下ろされる。

視界が赤く染まる。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


「……今のは、ほぼ抜けてた」


 ユウトは息を整えた。

呼吸は荒い。

頭は重い。

それでも、笑みは消えない。


「あと少しだ。もう“形”は見えてる」


 魔王が立ち上がる。

ユウトは、前へ踏み込むタイミングを、さらに半拍だけずらした。


「ここで抜ける」


 肩が沈む。

床が光る。

炎が跳ねる。


 ユウトは、炎の跳ねと同時に前へ飛び込んだ。


 腕が振り下ろされる。


その瞬間、ユウトは確信した。


「……いける」


 視界が赤く染まる。

身体は砕け散る。

だが、その直前の感覚は、今までとはまったく違っていた。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


 玉座の間。

魔王。

ユウト。


「……よし。初撃を“抜けるルート”は、もう見つけた」


 ユウトは静かに息を吐いた。

胸の奥で、何かがカチリと噛み合う音がした気がした。


 だが、まだ“突破”はしない。

ここから先は、さらに細かい調整が必要だ。


 ユウトは魔王を見た。

魔王は、まるでユウトの変化を見届けるように、静かに立ち上がった。


「……次は、もっと深く踏み込む」


 ユウトは足を前に出した。

その動きは、もう恐怖ではなく、期待に満ちていた。


「ここからが本番だろ……魔王さんよ」


 魔王の肩が沈む。

床が光る。

炎が跳ねる。


 ユウトは、炎の跳ねの“直後”に、さらに深く踏み込んだ。


 腕が振り下ろされる。

視界が赤く染まる。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


「……よし。今のは、さっきよりさらに“内側”だった」


 ユウトは笑った。

笑いながら、胸の奥の熱を感じた。


「これ……本当に抜けられる。絶対に」


 魔王が立ち上がる。

ユウトは、肩の沈みと炎の跳ねの“間”で踏み込んだ。


「ここだ」


 腕が振り下ろされる。

ユウトはまた死ぬ。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


 ユウトは拳を握った。

その拳は震えていない。

むしろ、力がみなぎっている。


「ここまで来たら……もう止まれない」


 魔王が立ち上がる。

肩が沈む。

床が光る。

炎が跳ねる。


 ユウトは、炎の跳ねと同時に前へ飛び込んだ。


 腕が振り下ろされる。

視界が赤く染まる。


——YOU DIED——


 暗闇。

静寂。

巻き戻し。


 ユウトは静かに息を吐いた。


「……よし。準備はできた」


 玉座の間に戻った瞬間、ユウトは自分の呼吸が荒くなっていることに気づいた。

肺が熱い。頭の奥がじんじんする。それでも、足は震えていない。むしろ、地面を踏みしめる感覚が前より鮮明だった。


「……ここまで来たら、やるしかないだろ」


 魔王は玉座に座ったまま、赤い瞳でユウトを見ていた。

その視線は、最初の頃の冷たい観察ではなく、わずかに色が変わっているように見えた。

まるで「まだ続けるのか」と問いかけているような、そんな気配。


 ユウトは額の汗を拭い、姿勢を正した。


 最初の数回は、ただの恐怖だった。

何十回目あたりで、恐怖は薄れた。

何百回目で、魔王の動きが“見える”ようになった。

何千回目で、身体が勝手に反応するようになった。

何万回目で、ユウトは自分が“攻略している”ことを確信した。


「……積み上げたんだよ。ここまで来たら、絶対に抜ける」


 魔王が立ち上がる。黒い炎が床を這い、紋様が赤く脈打つ。

肩が沈む。床が光る。炎が跳ねる。視線が細まる。

この流れは、もうユウトの身体に染みついていた。


 腕が振り下ろされる。

ユウトの身体は砕け散る。


——YOU DIED——


 暗闇、静寂、巻き戻し。


「……今のは、炎が少し早かったな」


 何十回目の挑戦で、炎の揺れ方を読み違えた。

何百回目で、肩の沈み方の微妙な角度を見落とした。

何千回目で、踏み込みのタイミングが半拍ずれた。

何万回目で、腕の軌道の外側にほんの少し触れた。


 そのたびに死んだ。

そのたびに巻き戻った。

そのたびに、ユウトは情報を積み上げた。


「……本当に抜けられるんだよな、これ」


 魔王が立ち上がる。

肩が沈む。床が光る。炎が跳ねる。


 ユウトは、炎の跳ねの“直前”に前へ踏み込んだ。


「ここだ」


 腕が振り下ろされる。

視界が赤く染まる。


——YOU DIED——


 暗闇、静寂、巻き戻し。


「……惜しい。さっきよりさらに近い」


 ユウトは笑った。

笑いながら、頭の奥のじんじんを無視した。

死ぬたびに、脳が熱くなる。

だが、それは苦痛ではなく、むしろ“研ぎ澄まされていく感覚”だった。


 魔王が立ち上がる。

肩が沈む、床が光る、炎が跳ねる。


 ユウトは、炎の跳ねの“直後”に踏み込んだ。


「抜ける!」


 腕が振り下ろされる。

視界が赤く染まる。


——YOU DIED——


 暗闇、静寂、巻き戻し。


「……今の、感覚が違った」


 腕の軌道が、ほんの少しだけ頭上をかすめた。

完全に直撃ではなかった。

つまり、軌道の外側に出られている。


「もう少し踏み込めば……いける」


 魔王が立ち上がる。

肩が沈む。床が光る。炎が跳ねる。


 ユウトは、一歩前に出た。


「ここで」


 前へ飛び込む。

腕が振り下ろされる。

ユウトはまた死ぬ。


——YOU DIED——


 暗闇、静寂、巻き戻し。


「……今のは、さっきよりさらに“外側”だった」


 ユウトは笑った。

笑いながら、胸の奥の熱を感じた。


「これ……本当に抜けられる。絶対に」


 魔王が立ち上がる。

肩が沈む。床が光る。炎が跳ねる。


 ユウトは、炎の跳ねと同時に前へ飛び込んだ。


 腕が振り下ろされる。

視界が赤く染まる。


——YOU DIED——


 暗闇、静寂、巻き戻し。


 ユウトは静かに息を吐いた。

胸の奥で、何かがカチリと噛み合う音がした気がした。


「……次で決める」


 魔王が立ち上がる。

肩が沈む。床が光る。炎が跳ねる。


 ユウトは、炎の跳ねの“直後”に、全身の力を使って前へ踏み込んだ。


「……ッ!」


 腕が振り下ろされる。

黒い炎が視界を覆う。

床の紋様が赤く脈打つ。


 ユウトは、魔王の腕の軌道の“内側”へ滑り込んだ。


 風が頬をかすめる。

熱が背中を焼く。

視界が揺れる。


 だが、身体は砕けない。


 ユウトは、魔王の腕の下をすり抜けていた。


「……っは……!」


 息が漏れた。

胸が熱い。

頭が真っ白になる。


 魔王の腕は、ユウトの背後の床を砕いていた。

黒い炎が石を溶かし、粉塵が舞う。


 ユウトは、魔王の初撃を、完全に回避していた。


「……やった……!」


 声が震えた。

膝が笑った。

それでも、ユウトは笑った。


「本当に……抜けた……!」


 魔王はゆっくりと振り返り、赤い瞳でユウトを見た。

その視線は、さっきまでの“観察”ではない。

わずかに、ほんのわずかに、驚きが混ざっていた。


 ユウトは息を整えながら、魔王を見返した。


「……次は、こっちの番だろ」


 ユウトがそう呟いた瞬間、玉座の間の空気がわずかに震えた。

魔王はゆっくりと振り返り、赤い瞳でユウトを見つめる。

その視線は、さっきまでの“観察”とは違う。

静かで、深くて、どこか探るような色が混ざっていた。


 そして、配信画面のコメント欄が、一気に流れ始めた。


「え、避けた?」


「初見であれ抜けるの意味わからん」


「反応速度どうなってんだよ」


「切り抜き確定」


「こいつ人間じゃないだろ」


 ユウトは息を整えながら、魔王の正面に立った。

初撃を抜けた直後の興奮がまだ身体に残っている。

胸の奥が熱く、指先が軽い。

だが、魔王の視線を受けた瞬間、その熱が少しだけ冷えた。


「……なんだよ、その目。まさか驚いてる?」


 魔王は答えない。

ただ、ユウトを見ている。

その瞳の奥で、赤い光がゆらりと揺れた。


 コメント欄がさらに加速する。


「魔王ビビってて草」


「今の間なんだ?」


「AI反応してる?」


「演算乱れてる説」


 ユウトは眉をひそめた。


「いや、驚いてるっていうか……なんか、違うな。さっきまでと」


 魔王の周囲の黒炎が、わずかに濃くなった。

床の紋様が、ほんの一瞬だけ赤から紫に変わる。

その変化は、普通のプレイヤーなら気づかないほど微細だ。

だが、ユウトは何万回もこの部屋を見てきた。

違和感はすぐにわかった。


「……あれ?今、色変わったよな?」


 コメント欄も反応する。


「床の色変わったぞ?」


「演出バグ?」


「いやこれ仕様じゃないだろ」


「魔王のAIが学習してる?」


 魔王はゆっくりと一歩前に出た。

その動きは、初撃のときのような儀式的なものではない。

もっと静かで、もっと重い。

まるで、ユウトの存在そのものを“確かめる”ような歩みだった。


 ユウトは喉を鳴らした。


「おいおい……なんだよ、急に雰囲気変わったじゃん」


 魔王は口を開いた。

声は低く、深く、空気を震わせる。


「……観測者」


 コメント欄が一瞬止まり、次の瞬間爆発した。


「観測者って何!?」


「固有名詞出てきたぞ」


「イベント発生?」


「初日で隠し称号獲得は草」


 ユウトは意味がわからず、思わず聞き返した。


「かん……そくしゃ?俺のことか?」


 魔王は続ける。


「時間を乱し、死を巻き戻し、因果を歪める者。この世界に存在してはならぬ“外側の意志”」


 ユウトは思わず笑った。


「いやいやいや、待て待て。俺ただの配信者だって。外側って……ゲームの外ってことか?」


 コメント欄が騒ぐ。


「外側の意志=プレイヤー?」


「メタ発言きた」


「これストーリーじゃなくてガチでAIが言ってるやつだろ」


魔王の瞳が細くなる。


「お前は、この世界の“演算”に干渉している。死を繰り返し、同じ瞬間を無限に観測し続けることで、この世界の量子構造は……揺らぎ始めている」


 ユウトは背筋に冷たいものが走った。


「……揺らぎ?いや、そんな大げさな……俺はただ、巻き戻してるだけで」


 魔王は首を横に振った。


「ただの巻き戻しではない。お前の行動は、この世界の“未来”を固定し、“過去”を削り取り、“現在”を歪めている」


 コメント欄がざわつく。


「過去削り取るって何」


「量子構造って言ったぞ」


「これ本当にゲームか?」


「AIが自我持ってる説」


 ユウトは言葉を失った。

魔王の声は淡々としているのに、内容は重すぎる。


「……いや、でも……俺はただ、死んで戻って……避けようとしてただけで……」


 魔王は静かに言う。


「それが、この世界にとっては“異常”なのだ」


 黒炎が魔王の周囲で渦を巻く。

床の紋様が紫から黒へと変わり、空気が重くなる。


 ユウトは一歩後ずさった。


「おい……なんか本気で怒ってない?いや、怒ってるっていうか……警戒してる?」


 コメント欄も緊張している。


「魔王の挙動変わってる」


「これイベントじゃなくてAIの反応だろ」


「やばいやばいやばい」


 魔王は答えない。

ただ、ユウトを見ている。

その視線は、もはや“敵を見る目”ではない。

もっと別の……もっと深い意味を持つ目だった。


「……観測者。この世界の因果を乱す存在。放置すれば、世界は崩壊する」


 ユウトは思わず叫んだ。


「崩壊!?いやいやいや、待てって!俺そんなつもりじゃ」


 コメント欄が爆発する。


「世界崩壊宣言きた」


「初日で世界滅ぼす配信者」


「タイトル回収してて草」


「これ絶対バズる」


 魔王は一歩前に出る。

その一歩だけで、玉座の間の空気が震えた。


「お前を排除することが、この世界を守る唯一の方法」


 ユウトは息を呑んだ。


「……排除って……俺を倒すってことか?」


 魔王は静かに頷いた。


「次の一撃は、初撃とは違う。観測者を“消す”ための一撃だ」


 コメント欄が震える。


「消すって言ったぞ」


「初撃より強いの来る」


「巻き戻し効くのか?」


 ユウトは喉を鳴らした。

初撃を抜けた直後の興奮が、一瞬で冷えた。


「……マジかよ。せっかく避けたのに……次はもっとヤバいのが来るってこと?」


 魔王は腕をゆっくりと上げた。

その動きは、初撃のときのような規則性はない。

もっと不規則で、もっと重く、もっと“世界の意思”を感じさせるものだった。


 ユウトは拳を握った。

恐怖はある。

だが、それ以上に。


「……面白くなってきたじゃん」


 コメント欄が沸騰する。


「正気かこいつ」


「楽しんでて草」


「狂気の配信者」


「でも応援するわ」


 魔王の瞳がわずかに揺れた。

その揺れは、怒りでも驚きでもない。

ただ、純粋な“理解不能”だった。


 ユウトは笑った。


「次の一撃……見せてもらおうか」


 魔王の黒炎が、玉座の間全体を覆い始める。

床の紋様が黒く染まり、空気が震える。


 世界が、ユウトを“敵”として認識した瞬間だった。


 玉座の間の空気が、まるで生き物のようにうねり始める。

黒炎が壁を這い、床の紋様が黒く染まり、空気が震える。

魔王の周囲に漂う闇は、さっきまでの“演出”とは違う。

もっと濃く、もっと重く、もっと“意思”を持っていた。


 コメント欄が一斉に騒ぎ出す。


「世界に敵認定されてて草」


「初日でラスボスよりヤバい存在扱いは笑う」


「ユウトの巻き戻しが世界にバレた?」


「これほんとにゲームか?」


 ユウトは拳を握り、魔王の正面に立った。

初撃を抜けた直後の興奮がまだ身体に残っている。

だが、魔王の視線はその熱を冷やすほど重かった。


「……そんな目で見るなよ。俺、別に世界壊すつもりなんてないんだけど」


 魔王は答えない。

ただ、ユウトを見ている。

その瞳の奥で、赤い光がゆらりと揺れた。


「観測者。お前の存在は、この世界の因果を乱す」


 低い声が玉座の間に響く。

その声は、怒りでも憎しみでもない。

ただ、淡々とした“事実の宣告”だった。


 コメント欄がざわつく。


「観測者ってまた言ってる」


「AIがユウトの存在を理解できてないっぽい」


「量子演算の世界で巻き戻しは反則なんだろうな」


 ユウトは苦笑した。


「乱すって言われても……俺はただ、死んで戻って、避けようとしてただけでさ」


 魔王の瞳が細くなる。


「その行為が、この世界の“未来”を固定し、“過去”を削り取り、“現在”を歪めている」


 ユウトは息を呑んだ。


「……そんな大げさな。俺はただの配信者だぞ?」


 コメント欄が反応する。


「ただの配信者が世界崩壊の原因」


「タイトル回収してて草」


「AIの言ってることが重すぎる」


「これほんとにゲームなの?」


 魔王は一歩前に出た。

その一歩だけで、玉座の間の空気が震えた。


「観測者。お前を放置すれば、この世界は崩壊する」


 ユウトは喉を鳴らした。


「……崩壊って……そんなこと言われても困るんだけど」


 魔王は静かに続ける。


「次に放つ力は、もはや試しではない。お前という“異物”を、この世界から完全に排除するためのものだ。」


 コメント欄が一気に騒ぎ出す。


「消すって表現やばすぎるだろ」


「これもうイベントじゃなくて処刑宣告じゃん」


「ユウト、世界に殺されかけてて草」


「巻き戻しで耐えられるのか……?」


 ユウトは拳を握った。

恐怖はある。

だが、それ以上に、胸の奥に強い熱が灯っていた。


「……消すって言われてもな。俺はまだ、やれることがある」


 魔王の黒炎が濃くなり、床の紋様が黒く染まる。

空気が重く、冷たく、どこか金属のような匂いがした。


 ユウトはその変化を見ながら、ゆっくりと息を吐いた。


「……ここまで来たんだ。初撃を抜けたんだ。次の一撃だって……見てやるよ」


 コメント欄が沸騰する。


「正気かこいつ」


「でも応援するわ」


「主人公ムーブすぎる」


「次の一撃見たい!」


 魔王は腕をゆっくりと上げた。

その動きは、初撃のような規則性はない。

もっと不規則で、もっと重く、もっと“世界の意思”を感じさせるものだった。


 ユウトはその腕を見ながら、静かに笑った。


「……いいね。さっきまでの攻撃とは違うって感じがする」


 魔王の瞳がわずかに揺れた。

その揺れは、怒りでも驚きでもない。

ただ、純粋な“理解不能”だった。


 ユウトは配信画面に目を向けた。

コメント欄は止まらない。


「ユウト頑張れ!」


「次の一撃見届ける」


「巻き戻しあるしなんとかなるだろ」


「魔王の挙動ガチで変わってる」


 ユウトは小さく笑った。


「……見てるなら、最後まで付き合ってくれよ」


 魔王の黒炎が、玉座の間全体を覆い始める。

床の紋様が黒く染まり、空気が震える。


 ユウトは拳を握り、魔王の正面に立った。


「……来いよ。次の一撃、受けてやる」


 魔王の腕が、ゆっくりと振り上げられる。

その動きは、初撃とはまったく違う。

重く、深く、世界そのものが軋むような気配をまとっていた。


 ユウトは息を止めた。

コメント欄が一斉に叫ぶ。


「来るぞ!」


「構えが違う!」


「ユウト死ぬなよ!」


「巻き戻し頼む!」


 魔王の腕が、完全に振り上げられた。


 玉座の間の空気が、音を立てて歪んだ。


 ユウトは、ただ前を見ていた。


 魔王の腕が振り上げられた瞬間、玉座の間の空気が悲鳴を上げた。

黒炎が天井まで伸び、床の紋様が黒く脈打ち、世界そのものが軋むような音がした。


 コメント欄は、もはや画面の端で暴走している。


「空気歪んでるぞ!」


「これ初撃の比じゃないだろ」


「ユウト逃げろ!」


「巻き戻し頼むから死ぬな!」


 ユウトは魔王の正面に立ち、拳を握った。

手のひらは汗で湿っている。

だが、震えてはいない。


「……本気で来るんだな」


 魔王は静かに言った。


「観測者。お前の存在は、この世界の根を腐らせる。ここで断たねばならぬ」


 ユウトは苦笑した。


「腐らせるって……俺そんなつもりじゃないんだけどな」


 魔王の瞳が赤く光る。


「意図は関係ない。結果が世界を壊すのだ」


 コメント欄がざわつく。


「魔王の言ってること重すぎる」


「ユウトの巻き戻しが世界に影響してるってこと?」


「これストーリーじゃなくてAIの判断だよな」


 ユウトは深く息を吸った。

肺が熱い。

頭の奥がじんじんする。

それでも、視線は魔王から逸れない。


「……わかったよ。世界が俺を敵だって言うなら……」


 魔王の黒炎がさらに濃くなる。

床の紋様が黒から紫に変わり、空気が重く沈む。


 ユウトはゆっくりと足を前に出した。


「……俺は、それでも進む」


 コメント欄が一斉に沸騰する。


「主人公ムーブきた!」


「進むって言ったぞ!」


「ユウトかっけぇ……」


「これ絶対バズる」


 魔王の腕が、完全に振り上げられた。

その動きは、初撃とはまったく違う。

重く、深く、世界の根を揺らすような気配をまとっていた。


 ユウトはその腕を見ながら、静かに笑った。


「……いいじゃん。世界が敵でも、魔王が敵でも……」


 魔王の黒炎が爆発するように広がる。

玉座の間の空気が震え、視界が揺れる。


 ユウトは拳を握りしめた。


「……俺は、俺のプレイをするだけだ」


 コメント欄が叫ぶ。


「来るぞ!!」


「ユウト頑張れ!!」


「巻き戻しあるしなんとかなる!」


「次の一撃見届ける!」


 魔王の腕が、音を立てて振り下ろされる。


 黒炎が空間を裂き、床が砕け、世界が悲鳴を上げる。


 ユウトは、ただ前を見ていた。


 その瞬間、画面が白く弾けた。


 音が消え、世界が止まり、視界が光に飲まれる。


 コメント欄が最後の叫びを残す。


「ユウト!!!」


「巻き戻し来るか!?」


「どうなるんだこれ!!」


 白い光がすべてを覆い尽くした。

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世界壊すつもりも腐らせるつもりもない、からの会話の流れからして実質俺は世界崩壊してやるぜ宣言。主人公実はヤバい奴か?w これからどうなるのやら… [気になる点] 1秒以上結構巻き戻ってないか?少なく…
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