#40 レクセルの選択
「……なんかコーヒーくさくないですか?」
帰って一言目がそれであった。
社長はため息をついた。
「原因は君なんだがな……」
「は……?」
「こちらの話だ。まあ、なにはともあれ――――」
にやりと笑って、社長は立ち上がる。
「――――お帰り、レクセル君」
「! ただいま帰還しました」
びしっ。
慌てた挙句、慣れない敬礼までしてしまうレクセル。
ほほう……と社長は興味深げにそれを見て、頷いた。
「……どうやらいろいろ経験を積んできたようだ。どうだったかね、遊便の仕事は」
「お察しの通り、波乱万丈な旅でした……。略奪機やら封鎖破りやら、遊便狩りやら――――」
「ほうほう」
「――――ピンク幼女とかツンデレとか肉食系レディとか……」
「…………ん?」
「まあ……悪くはなかったです」
レクセルはざっくりまとめた。
〈悪くはなかった〉がなにを指しているのか、割と誤解を生みそうなセリフだったが、幸い社長がそこに気付くことはなく。
そうかそれなら――――と本題に入る。
「――――では正式に、君に遊便を任せるということでよいかね?」
「はい……とその前に。1つ、条件をお願いしたく」
「……言ってみなさい」
「原則として、1週間に一度は家へ帰らせて頂きたいのです」
ふむ、と社長はひげを弄った。
「……それはすなわち、1週間で帰ってこれる範囲でなら遊便をするということかね?」
「はい。……無理でしたら、残念ですが遊便はお断――――」
「……いいだろう!」
「いいんですか」
「断られるよりましだ、ハッハッハ! 交渉術まで身につけてきおって!」
レクセルは苦笑する。
すこーし脅すのは、ラヴジョイを引き受ける時にやられた手口。
「ちなみに理由は、同居人絡みかね?」
「まあ……ですがなぜそれを」
「君が出発した後にここへ来たのだよ。ハレー、といったか」
「え、ハレーが会社に来た? なんで……?」
頭をぽりぽり掻いて、社長は記憶を探る。
君がどこへ行ったのか、何をしにいったのか、根掘り葉掘り尋ねてきたか――――と説明してから、ぐいっと身を乗り出した。
「……そもそも君は説明していかなかったのか? 1ヶ月も家を空けるのだぞ?」
「一応、置き手紙をしてきましたが」
「……それでは駄目だ。妻子持ちの男にならともかく、未成年の少女に説明するのも変だと思うが――――家族への報告は口でするものだよ。伝える情報が同じだとしても、それが大事だ」
諭すように社長は言って。
成長の余地はまだあるな、と小さく笑った。
契約書やら報告書やら、後処理を終わらせて会社を出ると、太陽はすっかり落ちていた。
仕事帰りの人々が行き交う、夕日に照らされたソフィアの街――――。
猫背気味な人混みの中を、足早に歩く少女が1人。
脇目も振らず、歩き慣れた道をすたすた進んでいた。
彼女はレクセル。主人公である。
風に引かれるプラチナのロングヘア。
うっとおしそうに払い除け、レクセルは角を曲がる。
そして足を止めた。
「…………ハレー……?」
前を歩いていた、ツンツンの黒髪がぴくりと揺れる。
振り返った緑色の瞳が、じわじわ大きくなり。
「……レクシー?」
掠れたような声で聞き返した。
レクセルは頷いて駆け寄りかけ――――はっとなって、ぽそぽそと歩調を落とした。
そういえば仲直りしてないまま、出発しちゃったんだっけ……。
「あーハレー……あのさ――――ひっ!?」
バツが悪そうに言いかけたレクセルへ、ハレーは。
ばたばたばたと駆け寄って、がしっと手を掴んだ。
「……ほんとにレクシーなの?」
「そ、そうだよ」
「ボクのこと大好きなレクシー?」
「ま、まあそうだよ」
「最近ようやく一緒に寝てくれるようになったレクシー?」
「そう…………んん……?」
「毎晩ボクのこと愛してるって囁いてくれるレクシー!?」
「なにそれ知らない誰?」
「レクシーだああっ!」
「待って怖い怖い怖いって!」
もう1人の私がいるのか?! 家に?!
聞くか逃げるか、判断しようとした時には既に遅く……。
がっちりハレーに腕を取られ、レクセルは家へ連行された。
「――――おかえり、レクシー!」
「た、ただいまハレー……ごめんちょっと先に確認させて」
すすすとすり足で廊下を進み、レクセルは自分の部屋へ。
扉をそーっと開けて覗き込む。
ほっとする、いつもの匂い。
家具も、荷造りした時と特に変わりはない。
ベッドだってそのまま――――。
「――――なんか膨らんでる……」
レクセルはぐっと目を細めた。
敵をいち早く見つけるために、パイロットは視力が命である。
レクセルもその例に漏れず、2.0の視力を活かして慎重に観察し始めた。
……幅50センチ、長さ1.5メートルってとこか。
枕にしては大きいな。
ちょうど人間が1人、寝ころんだくらいのサイズ――――。
――――やっぱり人間じゃないか!
「ちょっとハレー! 私がもう1人いるんだけど!?」
「あー……大丈夫だよレクシー。レクシーが帰ってきたから、アレはもういらない!」
「もういらない!? 人をか!? どうしたんだよハレー、なんでサイコパスみたいになってるんだ?!」
「レクシーのせいだよ?」
「あ…………」
「…………レクシーのせいです。なにも言わずに出張行ったレクシーのせいだもん」
むすっと口を尖らせて。
ハレーはレクセルの胸に顔を埋めた。
言葉に詰まるレクセルはおずおずと、ハレーの背中を抱きしめる。
久しぶりのハレーは、震えていた。
押し付けられた顔から伝わる熱が、胸をツンと焦がす。
その時、言葉にされずとも。
レクセルにはハレーの気持ちがわかった。
「――――ハレー……ごめん」
「…………いいよ。レクシーが女心わかってないのはいつものことだし」
「ぐ…………」
「でもレクシーはこの1ヶ月でそれを学んできたんだよね? 女の子をナンパしてね? 手紙に書いてあったもんね?」
「それはその」
ハレーが顔を上げた。
ずずず……圧が増していく。
初めてレクセルは、ハレーに冷や汗をかいた。
「今のレクシーは、ボクの気持ちを理解できた?」
「……ああ。わかったつもりだよ」
「じゃあお返事ください――――ボクの、告白の」
今更ながら真っ赤になって、ハレーは言った。
潤んだ緑色が、真正面からレクセルを見上げる。
ゆっくり、瞬きを1つして。
レクセルは真っ直ぐに、ハレーを見つめた。
「――――ハレー」
「……うん」
「私もハレーが好き。親友としてだと思っていたけど……恋愛対象としても好き」
「……うんっ!」
「だから――――」
レクセルは、大きく息を吸って。
おやつを前にした犬のようになってるハレーへ、しっかりと宣言した。
「――――結婚しよう」
「付き合うのが先だよ!!!」
(おしまい)
最後までお読み頂き、たいへん感謝!
百合ものは初めてなのでいろいろ粗があったとは思いますが、いかがだったでしょうか……?
よければ感想や批評など、よろしくおねがいします!
次回作は王道の異世界ファンタジー……
またはSFでも書こうかと思っております(プロジェクト・ヘイル・メアリー観て脳を焼かれた奴)。
またお立ち寄り頂けると嬉しいです:-)
ありがとうございました!




