雨上がり
「十年振りだったのですねぇ」
「そーなんすよ、あの野郎俺に何も言わねーでどっか行ったのかと思ってたのに」
その顔には安堵が浮かんでいて心配なさっていたのだろうとわかる。
「探そうにもぜんっぜん手掛かりねーし、リアムのこと何も知らなかったんだなって後悔してたんだ」
「そうでしたの…」
「ま、元気にしてたんなら良かった!こんな可愛い子と結婚するとかは腹立つけどな!」
そう言って明るく笑うラージさんにつられて私も笑う。
「つーかさ、リアムのどこが好きなんだ?」
ニヤニヤ笑っているラージさんはいつの間にか崩れた口調で聞いてきて、そうやって揶揄われたのは初めてだと少し驚いた。
「やっぱ顔?芸術とかよくわかんねーけど、ロズワイド王国の王族は芸術品みたいに美形だって有名だろ?」
「あら、芸術品なら鏡を見ればありますもの。そんなことで好きになりませんわぁ」
「………え、すげーな。言ってみてえ…」
「王太子殿下よりお嬢様の方が上です!」
私より驚いた顔をするラージさんと隣で沈黙を貫いていたオリヴィアが沸き立つ。
上とは言えないけれど、少なくとも隣に立って見劣りしないほどではあると自負している。
それだけの努力だってしているもの。
「…あの方の姿勢や、思慮深く優しいところに惹かれたのです。ちょっと意地悪なところもありますが、普段が堅いので丁度良いかもしれないなと思い始めていて…」
「おぉ、めっちゃ惚気るな?」
「お嬢様、なんてお可愛らしい…!!」
伝えてはいけない関係ではないのだから、無理やり言わされるより恥ずかしがらずに言ってしまう方が良い。
経験談である。
私より二人が盛り上がり始めたところで辺りを見渡すと、まだ落ち着かない方はいらっしゃるものの、比較的皆様が身を置けるのだと思ってくれているのを感じ取れた。
幼い子供は眠っている子さえいる。
今回の事で落ち着かずに目が冴えたままにならなくて良かったと少しだけ安堵した。
ルーナも歳の近い子供達と一緒に手遊びをしていて、笑顔を見せていた。
はやく無事を確認出来たら良いのだけれど…
「ルーナリア様!!」
講堂の入口から名前を呼ばれてすぐに向かうと、あちらから駆けて来てくださり私の前で膝を付く
「報告致します!王都全域、火災の鎮火を確認致しました!現在、怪我人を優先し此方へ向かっています!」
「わかりました。報告ありがとう」
「はっ!」
火災の鎮火が出来たのなら被害状況もわかりやすくなる
そう考えながら自分の魔力に気を向けると魔力が底を尽きかけている事に気がついた。
ほぼ無尽蔵だと思っていた自分の魔力が底をつきかけていることに驚き、低魔力になった身体から力が抜けて膝を付きそうになるのを耐えて声を上げた。
「皆様、人が大勢来ますが迎えに行くのはお待ちください。お名前を確認して皆様から伺っている方と照らし合わせますのでもう暫くのご辛抱をお願い申し上げます」
深く頭を下げるとフラッと視界が歪むけれど、そんなものは慣れている。
今ここで踏ん張らずに倒れたりなんかしたら後で絶対に後悔して許せない。
「まだ伺っていない方にはこの場にいる王城勤めの者で対処を。これから来られる方々は――」
「――あたし達が伺います」
私の声を遮り声を上げたのは見慣れた制服に身を包む頼もしい先輩だった。
「リノさん…」
「実家から無事との連絡が来ました!あたしの他にもレオン先輩も、ゾイくんもいます!」
その姿が見えないのはきっともう向かっているからだと長年の付き合いでわかる。
「ルーナリア様、私達も微力ながら手伝いますわ」
「王都以外は被害ないから動ける生徒多いですよ!」
「ノアン様、リメリナさん…」
仲の良い学友が我先にと動いている光景に何とも言えない思いを抱いた。
全てを出来るなんて大それた事は思っていないから、助けてくれる手に思い切り頼ることにした。
「宜しくお願いします、皆様」
この場を頼みオリヴィア、リノさん、ノアン様、リメリナさんと足早に王城前へと向かっていた。
「王都だけを狙った犯行とは…」
「不幸中の幸いと言っていいのか…。けれど王都だけでなく国全域であったならこれ以上の被害でした」
「そうねぇ」
もし、を想像してゾッとする。
「レジャール様の事も心配だよね…」
「…あら、どうしてトレッサ様の事を知っているの?」
「ちょっ、違いますよッ!?その疑いの目止めてくださいよー!」
慌てるリメリナさんを呆れた目で見るノアン様が代わりに説明してくださった。
「学園ではすぐに全校生徒が講堂に集められたのですが…その、…クレスコ侯爵子息がですね…」
「………」
思わず足が止まり、それに習って全員の足が止まった。
「暴れられまして、オスカー殿下達が押さえ込まれたのですが…、丁度その時レジャール様の知らせが来まして、子息が大きな声で「傷物になった」などと…」
「……本当に、今まで見逃してきたことを心の底から後悔するわぁ」
こうなれば家諸共となるでしょうね。
何度言っても出来なかった身内の不始末をその身で持って償ってもらわなければ。
ため息を吐きたくなるほど疲れがどっと押し寄せてきた。
そんな私を心配そうに見る四人に曖昧に微笑み、止まっていた足を動かした。
「――――ッ!!?」
「――――!!」
城門に近づくと人混みと何か言い争う騒ぎが聞こえた。
この状況だけに落ち着きがあるとは思っていなかったけれど、それにしては周囲の動きがおかしい。
暴動ならそれに習ってしまう者も一定数いるはずなのに、それらしい雰囲気はなく、一人が騒ぎ立てているようだった。
「わたしが見て来ます」
「あたしは先輩に状況聞いてきます!」
オリヴィアが小走りで向かい、リノさんが走ってその場を離れて行く
ノアン様もリメリナさんも不安げに表情を暗くしていて、このような事態で平静を保てる胆力はまだ持てていないのでしょう。
だから、別に何が悪かったわけでもない。
侍女であるオリヴィアが行くのは当然の事で、リノさんが状況把握をするのも当然のことで。
誰も悪くない。
「貴女がいるから、私は幸せになれないのよ」
聞き覚えのある声と共に、身体が揺れる。
背中に走る激痛と熱さに目が眩み、私は後ろを見ることも出来ずに崩れ落ちた。
「お母さん見て!雨あがったよー!」




