第百三十八話 神殺し
先週の更新の時に投稿できていなかったみたいなので、今週は二話分上がっています。
神か、ヴォルムか。どちらに付くのが正解なのだろうか。正直、どちらを選んでも無事でいられる気がしない。それ以前に、この場で神に協力できないと言うことはできるのだろうか。断った瞬間問答無用で殺されたりしないだろうか。
不安が渦巻く中、恐る恐ると言った様子で『知』の勇者ユウカが手を挙げた。
「……あの、もう少し詳しく説明してもらっても良いですか?」
それに便乗するように『技』の勇者レイジも口を開く。
「そうだ、俺たちの使命は魔王の討伐そこにいる男を殺すことだ。依頼者が神様だろうと何だろうと、俺たちにそれを聞いてやる義理はない。納得できる説明と、報酬が無ければさっさと目的を達成して帰るからな」
それを聞いて『戦』の神ボルザックは数秒考えるようなそぶりを見せ、それならばと説明を始めた。
「お前らが魔王を殺せるかはさておき、その主張は筋が通っている。我が――いや、我々と言った方が正しいか。我々、神がヴォルムという男を消したいのは、端的に言えば命を狙われているからだ」
「命? 神様にも命があるのか?」
レイジが訊く。
「本来、寿命などの概念はなく、ただ存在する者として当然のように命の概念もなかった。しかし、そこで奴が一柱の神を実際に消滅させた――奴は殺したと言っていたが、とにかく存在ごと消された神がいるのだ。命という概念を、奴が我々の中に作り出したのだ」
なるほど、確かにヴォルムが神を殺していて、今も誰かしらを狙っているのだとしたら神は恐ろしくてたまらないだろう。どう殺したのかは定かではないが、戦ったり逃げたりすることが不得意な神は特に危険だと言える。
問題はそれが作り話ではないかということなのだが、孤児院で子供の面倒を見る優しいヴォルムを信じたい一方で、戦闘に限らず何でもできる完璧超人であることや俺が『癒し』の神ヨロウに会ったと話をした時の殺気のことを考えるとヴォルムならやる、というのが俺の見解だった。
しかし、これは神サイドから見た一方的なストーリーである。この目で、この身体でヴォルムの激情を感じ取ったのはこの場に俺しかいないが、あんなに強い恨みを抱くにはそれ相応の仕打ちが必要だ。それを話してもらわないことにはどちらに付くかは判断できない。
「相当なことがないと神を殺そう、もっと言えば本当に殺してしまうなんてことにはならないと思うんだが、一体何をしたらそこまでの恨みを買えるんだ?」
「まぁ待て、そう急かさずとも説明はまだ終わっていない」
自分が不利になることは聞かれない限り話そうとしてなかっただろ。と言いたいところだが、そんなことで話を止めるのも時間の無駄だ。俺は黙って先の話を聞くことにした。
「スマルと言ったか、お前の言う通り、元を辿れば悪いのは我々、神の方だ。遊び感覚で人の人生を狂わせてしまったことを今では申し訳なく思っている。長くなるから詳細は省くが、我々はヴォルムから大切な人やものをいくつも奪い、対立の末さらに失わせてしまった。どちらが悪いという話をするのなら、我々が奴を悪く言うことはできない」
詳しいことは分からなかったが、やはりそれ相応のことをしてきたということだろう。となれば、ヴォルムのしたことはただの仕返し。殺すのがやりすぎだったというならそれはそうなのかもしれないが、それにしたってこれ以上お互いに危害を加えないように説得すれば良いだけのことではないのか。
勇者たちを見ると、みな怪訝な面持ちでいる。彼らも今の話を聞いて神に加担する気はないようだ。
ボルザックもその反応は想定済みのようで、ただ頷いている。だが、もちろんこれで話は終わりなんてことはない。力強く「しかし」と続けた。
「――我々、神が死んでしまったら、一体誰がこの世界を管理するのだ」
そう来たか、というのが一番初めに心に浮かんだ言葉だった。管理者である我々が消えてしまうと、世界が崩壊してしまう。そう言いたいのだろう。それは分かる。分かるのだが、それにしたってヴォルムただ一人のために戦を仕掛けて、挙句の果てには消そうというのは大袈裟すぎるのではないだろうか。
「それで、殺される前に殺してしまおうって、ちょっとビビりすぎじゃないか? それくらい話し合いでどうにかできるだろ。俺たちがどうこうするようなことじゃない」
そう指摘するのはレイジ。戦という単語を聞いて反対する意思を固めてしまっているのか、説明を聞いた今も態度は変わらずさっさと本来の目的を達成してしまおうとしている。
他の勇者や、パーティメンバーもいまいち神を殺せる男というものの実感が湧かないのか、乗り気ではない様子。これなら俺も反対しても不自然ではない。流れとしては良い感じだ。
そう思った瞬間だった。
ボルザックから今までの比ではないプレッシャーが叩きつけられ、一気に場の空気が変わった。何事かと様子を確認するが、直前との違いは分からない。何かが地雷を踏み抜いたのだろうか。
「お前たちは、何も分かっていない。あの男がどれほど恐ろしく異常なのかを、分かっていない。恨みを原動力に人の限界を超え、何千年も神の首を狙い続けているのだ。そんな男が今さら諦めるはずがない。絶対にいつか殺しに来る。止めるのに、奴を殺す以外の方法はないのだ」
怒気を含んだ声。素直に恐ろしいと思った。だが、それ以上に、何千年と聞こえた瞬間から、俺の意識の大半はそこに割かれていた。
十五年一緒にいて全く容姿が変わらないから見た目通りの年齢ではないと考えていたが、それにしたって何千年というのは驚きだ。遠くに鮫の獣人の血が入っているとは聞いたが、鮫は何千年も生きられないし、そもそも目に見える特徴もなくほぼ人間であるヴォルムがそれだけ生きているというのははっきり言って嘘みたいな情報だった。
しかし、そう考えるとしっくりくることが多いのも事実。むしろ、彼の異常なまでの完璧さはそうでもしないと説明がつかないとさえ思えてきた。
だからと言って神の方に付くわけではないが、神たちが本気でヴォルムを恐れているということは分かった。そして、神が恐れるような相手を俺たちただの人間が相手取って勝てるわけがないということも理解した。選択肢など最初からなく、ひたすらヴォルムと敵対しないように立ち回るのが正解だったのだ。
「あれは紛れもない化け物だが、何もお前たちだけで戦えとは言っていない。世界中の猛者に声をかけ、協力者を募っているところだ。既に多くの賛同者がいる。とは言え実物を見ないことには我が言っていることが嘘のように聞こえてしまうことも分かっているつもりだ。時間をやる。各々情報を集めると良い。良い返事を期待している」
どこか疲れた様子で、ボルザックがそう言い、姿を消す。途端に空間が白一色に戻り、俺たちは何も言えないままそこに立ち尽くしていた。




