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あしたの君と

「本当は連休中にバイク買ってね、軽く走ろうかなって思ってた。でも自分でショップに行くより、はーちゃんに見てもらいたかったし」

「ごめんなさい。予定壊しちゃったね」

「俺だけが勝手に組んでた予定だもん。ちゃんとのんびりしたし、友達とも飲みに行ったし、それなりに連休楽しんだから、いいの」

 坂本が不安そうに俺の顔を窺う。バカの一つ覚えの代々木公園で、珍しくパンツスタイルじゃない坂本が、鳩にフライドポテトを投げている。


「これから、ショップに見に行ってみる?」

 遠慮深い口調で、坂本が言う。うん、異存はないんだけどさ、せっかく薄着になったんだし、スカートだし。細いとは思ってたんだけど、骨が細いんだな。痩せぎすかと思ったら、意外に柔らかそう。

「ちょっとだけ、そっちの木の後ろに行かない?」

「その言い方、なんかいかがわしい」

 いいじゃん、ちょっとキスしたいだけ。

「移動してくれないと、ここで抱きついちゃうけど、文句言わない?」

「・・・言う」


 植え込みの影に隠れて、抱きしめてキスした。遠慮がちに俺の背にまわった指は細くて、唇は柔らかい。薄着の胸を感じて、中学生みたいにドキドキする。こんなに近くにいる、そう思っただけで、なんだか舞い上がりそうだ。こうしていてくれるってことは、坂本もこうしたいと思ってくれてるって考えていいんだよな。肩に触れる坂本の吐息が暖かい。

「見返りにならないな。私の方が分がいい」

 笑いを含んだ言葉の意味は、そのままに受け取っていいんだろうか。


 自転車を見に行こうと、芝生の上を歩きだす。

「ワザとかどうかわからないから、聞いちゃう」

 坂本が悪戯っぽい顔をする。ああ、こんな顔をするようになったんだな。可愛いじゃないか、畜生。

「最近、一緒に帰ろうとかラブホとかって言わなくなったね」

 そうだ、言えなくなった。女の子に求めるものが、それじゃなくなったから。



 坂本の爽やかな薄い緑(チェレステカラーと言って!だそうだ)なバイクと、俺の赤いバイクを縦に並べて、チェーンロックを二台に渡す。あのジャージはちょっと恥ずかしいので、チェーン側だけジーンズを膝まで折る。

「ロングで乗ったら、そんなこと言えなくなるよ。夏までに慣れてね」

 坂本の家と俺のアパートの真ん中あたりがちょうど代々木公園で、乗り慣れなくて姿勢が悪いらしい俺には、手頃な距離だ。


 陽気が良い時期、ベンチの上に長くなって背中を伸ばす。横に座っている坂本の膝枕を期待したんだが、俺が背を倒した途端、端に避けやがったのだ。

 今度の会社はアットホームな分なあなあで仕事をするから、月末月初は確認仕事に追われるなんて話を、朗らかにしてる。ああ、平和だ。俺の好きな声が心地良くて、目を閉じて聞く。

初夏の風がベンチの上に吹き、一瞬眠ったらしい。

 寝ちゃった、と慌てて目を開けると、坂本と視線が絡んだ。


「俺、寝てた?」

「何分かね。気持ち良さそうな顔してたよ」

 起き上がって、頭を掻く。女の子を放っておいて寝ちゃうなんて。

「風が気持ち良いもの。思い煩うこともなくって、幸せ」

 胸を張って風を受け止めた坂本が、満足げな溜息をつく。

「こうなるまでに、慎ちゃんにたくさん手を借りたね。今度は、私の番。私は何をしたら良い?」


 何をして欲しいんだろう?坂本に何をして貰えば、俺は報われた気になるんだろう。一晩つきあって、お互いに楽しく遊びましたね、なんてのじゃない。

 俺が欲しいものは。


 梅の花じゃなくて、真夏の花が開いたように坂本が笑う。俺が欲しいものは、この表情だったんだ。遠慮がちなビクビクした顔じゃなくて、自分の感情を乗せた表情。

「何も、いらないや。はーちゃんがはーちゃんなら」

「そんなわけには・・・」

 何か言いかけたので、肩に腕を回した。


「言ったでしょ?構いたくなるのは下心。はーちゃんがその気になる期待付き」

「じゃ、近いうちに達成」

「近いうち?」

 びっくりして聞き返すと、坂本の目が笑っていた。

「うん。お部屋のお掃除、ちゃんとしとくのよ。シーツもお洗濯して、皺を伸ばして」

 何度も聞き返したくなるのを、喉の奥に飲み込んだ。

「掃除、するっ!明日も一日中する!」

「いや、そんなに張り切らないで。期待するようなものじゃないから」

「張り切って期待する!」

 笑いながら、坂本が立ち上がる。細い肩から伸びた腕を上に伸ばしながら。


「この前、家に泊めて欲しいと言って断られてから、慎ちゃんを本気で好きになったの。嫌な役割を押し付けたのに、慎ちゃんは私のことを考えてくれてた。だから自分で立たなきゃと思ったの」

 座ったままの俺を見下ろして、坂本が言う。視線をまっすぐに俺に向けて。

 ああ、坂本は綺麗だ。俺が欲しかったのは、こんな坂本だ。




 初のロング・ツーリングの計画をして、宿泊するホテルに着替え一式を送ったら、坂本からメールがあった。

>めいっぱい楽しんで走ろう!ワクワクが止まりません。

 うん、俺もワクワクする。楽しむことだけを考えて、一緒に走ろう。顔いっぱいに満足を浮かべた坂本に会う。

>一緒に楽しもう。海沿いの道、風が気持ち良いだろうな。


 あした、笑顔だらけの坂本に会う。どれだけ一生懸命立ち直ったか俺はよく知っているから、その笑顔の価値も知ってる。

 一生懸命とか必死とかがウザいなんて思ったままなら、俺はそれに出会うこともできなかった。これからを大切に走り出そう。


あしたの君と。


fin.


最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。

もっと掘り下げられたのではないかと、反省する点は多々ございます。


それでも、もし私の書くものを気に入っていただけましたら、またお会いしたく存じます。

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