第10話 女装とリスペクト
それから僕達は新入生全員で親睦を深めた。
といっても、主にゲームをしながら奇声を上げるだけだったが、有意義な時間を過ごせたと思う。
「あと30分くらいか…それじゃ、真面目な話に入るとするか」
スミス先生はそう言うと、部屋のど真ん中で三回、大きく拍手をする。途端に部屋は静まり返る。
「とりあえず各自椅子を取って、真ん中あたりに自由に座ってくれ」
椅子が床に擦れる音、足音、ところどころの話し声が部屋を埋める。
「一応教員マニュアル通りにやらないと私が怒られるものでない、嫌々この授業の説明をさせてもらうよ」
先生は各自プリントを渡し、話を続ける
「今渡してるのは、今年一年のコンサートスケジュールと、この弦楽器クラスの説明だ。コンサートスケジュールは明日のフルオーケストラの時に説明するか割愛して、先に授業の説明をする。
この弦楽器クラスでは、だいたい三つのことが起こる。一つはリハーサル。これは説明不要だな。二つ目はセクショナル。セクションごとに別れて各自リハーサルしてもらう。これは二週間に一回ぐらいは起こるかな。そして最後にスタジオクラス、マスタークラス。一ヶ月に一回、生徒には各々練習しているソロを演奏するチャンスを与える。演奏するかしないかは個人の自由だが、私は一回ぐらいは弾いた方が良いと思っている。そして、たまーに有名演奏者が来ると、マスタークラスを行う。マスタークラスというのは、その有名演奏者と公共の場で指導をもらうことだ。弾くだけじゃなくて見るだけでも得られるものがたくさんある。注意点としては、スタジオクラスは参加自由だが、マスタークラスに参加したい場合はオーディションを通して参加権を勝ち取ってもらう。質問ある人?」
アヤさんが弱々しく手を挙げる。
「あ、アヤ。そうだね、指揮科の生徒は君が初めてだから忘れてしまった。申し訳ない。みんな、紹介しよう!四季高初の指揮科生徒、アヤ・北颪だ!彼女には後期から指揮の実技をしてもらうが、前期の間は雑用と楽譜の整理を行ってもらう」
アヤさんは納得したように頷き、手をゆっくり下げる。
「他、質問あるか?」
今度はリアムが手を挙げる。
「今年のオーケストラの演奏曲って決まってるんですか?」
「お、良い質問だね。大体は決まっているから、明日説明する。未定部分はコンチェルトとアヤの指揮曲…」
先生は数秒硬直する。
「そうだ!コンチェルトコンペティション!なぜ忘れていたんだ!」
彼は「失礼」と一言申し出て急いでオフィスへ向かい、プリントを取り出すと僕達に配っていく。
「11月中旬、これから三ヶ月後だな。コンチェルトコンペティションを開く。演奏曲は自由。ソロとオーケストラを使えば何を弾いても良い。といっても、リゲティとかバルトークみたいな少し最近めの曲だと楽譜が手に入らないことがあるから、それだけ気をつけてほしい」
オリビアさんが挙手をする。
「演奏時間に制限は?」
「なし!10分でも50分でも、好きな曲を弾いて良し!まあ、オーケストラ側からしたらあまり長すぎるのは苦しいかもな」
今度はローラさんが手を挙げる。
「コンペの上位何名がオーケストラと弾けるんですかー?」
「優勝者だけが弾けるが、一度だけ優勝者が二人現れてしまった年があってね。あれは大変だったな…ラフマニノフ二番と三番だぞ?まあ、とりあえず定員一名ってことで」
先生は時計に目をやってから話す。
「そろそろ時間だな。それじゃ、また明日、フルオーケストラの時にもうちょい情報出すからなー。あと、明日はちゃんと楽器持ってこいよ、特に上級生たち」
先生は隅に固まってた上級生集団を冗談交じりに睨む。
「いや、先生、流石に舐めすぎですよー」
「ねえ、私達が楽器忘れるとか、ねえ?あるわけないでしょ」
「あーあ、いじめだないじめ。先生ったらサイテー」
「このプリント作ったの俺等っしょ?リスペクトがねえっすよリスペクト」
野次と愚痴が飛び交う。
「っ、お前ら…」
『ビーーーーーーーーーーー』
先生が何かを言おうとしたところでベルが無慈悲に鳴り、授業の終わりを示す。
「あ、先生じゃねー」
「また明日ー」
「冗談だから気にしないでねー」
「明日ちゃんと楽器持ってくるね」
賑やかなオーケストラなんだと実感すると同時に、先生へのリスペクトの欠如があらわになった、そんな授業だった。
「秋人さん、秋人さん」
アヤさんが小突いてくる。痛い。
「はいはい何でしょう?」
「五限目、なんですか?」
「僕英語だったけど」
「よかった、同じですね!」
「相変わらずのいちゃつきぶりだな」
「ラブラブねー」
「これで付き合ってないとか、冗談にも程があるだろ」
後ろからわざとらしい小声で冷やかしを食らっている。振り返ってみると、ローラさん、リアム、そしてヴィンセントが並んで歩いていた。
「あれ、お前らも次英語?」
「そうだけど?もしかしてアキトとアヤも?」
「うん」
ローラさんが弾け飛ぶ。
「きゃーっ!マジ最っ高!あたしこの学校選んで良かったー!アヤちゃん、一緒に座ろ!いいよね!ていうか好き放題しちゃって良いよね!」
ローラさん、声がでかいし押しが強いし、アヤさんこういう人苦手かも…
「はい、もちろん!それとローラさん、ここは廊下という公共の場なので、音量はもう少し控えめにしてくださいね?」
「あ、ごめんね、うるさかったか。私昔からこんなんでさ、自分のことばっか考えちゃうから、嫌なことがあったら何でも言ってね!」
「アヤのやつ、ローラの扱い方をいつの間にか熟知してやがる…」
リアムが感心していた。というか、僕も少し驚いている。もしかして、五人の『友達』の中で、ローラさんに似ている人がいるのか?今度聞いてみよ。
そうこうしていると、英語教室のある四階にたどり着く。
この階には部屋が3つしかなく、どれも講義室みたいにやたらと広いものだった。
五限目:英語(日本で言う国語)
教室に入ると、見慣れた顔がいくつもあった。全員、さきほど弦楽器クラスで会った同級生たちだった。
「あれ?皆んな同じクラス?」
ローラさんが話しかける。
「ああ、さっきジョン先輩から聞いたんだけど、この学校ずっと英語の先生が2人しかいないらしくて、この新入生の英語1も2クラスしかない…らしい」
答えたのはクレアだった。
「だからこの教室こんな広いんですね。定員126人ぐらいでしょうか?」
どうやってそんな具体的な数字を思い浮かべたんだアヤさん!
「思い浮かべたんだじゃなくて、想像力を使っただけですよ。この部屋に秋人さんを何体敷き詰められるか、すぐ考えるだけです」
「勝手に敷き詰めないで?」
とりあえず僕達は弦楽器新入生組が座っている窓際後方(先生から一番離れている場所)に座った。肝心の先生は携帯をいじっている。
先生は30代後半の男性、身長割と高めのイケオジだった。
「わ、あの人イケメン…アヤちゃんもそう思わない?」
ローラさんが見惚れていた。
「顔が良いのは理解できますが、少々あの壁の方に目が行ってしまって…」
アヤさんが指さしたのは僕達窓際の反対側。ポラロイドカメラで撮った写真が沢山飾ってあった。
「ただのポラロイド写真でしょ?別にそれくらい普通じゃない?」
「いえ、その、私が見える限り、写真には美人の白人女子しか写ってないんですけど…」
おっと?
「えっと、恋人かもしれないじゃん?」
「でも、全員違う人ですよ?それに、どう見ても高校生にしか見えません」
『…』
途端にポラロイドの壁から禍々しいオーラが放たれるような気がした。
僕達はゆっくりと禍々しいオーラを放つ壁から目をそらす。
「はい、これで全員だな!」
やたらと低い声が教室を響く。
「どうも、イライアス・ヘレンだ。ヘレン先生と呼んでくれ。皆もう先輩方から聞いているかもしれないが、この学校には2人しか英語教師がいない。よって、今後選択する授業によっては俺と三年連続過ごすことになるから、今のうちに私に好印象を残しておくんだな。今の所俺が目をつけているのは窓際後方の集団だな。お前ら、携帯ゲームとかしてないだろうな?」
後ろのマシュー、ガブリエル、アルベルトが慌てて顔を上げて潔く返事をする。
『はい!!もちろん!』
「少し白々しい感じがするが良い返事だ。今回は見逃そう。それじゃプリント配るから誰か取ってきてくれ」
そう言うとヘレン先生は適当な生徒にプリントを渡して配らせた。プリントには事細かく今後する授業内容と採点基準が記載されいた。
「秋人秋人、これ見て」
隣に座っていたヴィンセントが笑いながらプリントの一部を見せる。
ー
*女子、ポラロイドカメラで自撮りを撮って先生に渡すと、次のテストで加点20
ー
「これさ、女装して渡しても加点くれるかな?」
「こいつ、やべえっ…」
2人して笑いを堪える僕達を見てマシューが反応する。
「え、なんか面白いのあった?」
「さ、最終ページの、一番下…」
「えっと、女子は…カメラ…」
「ヴィンデントがさ、女装したら加点もらえるのかなって…」
「ふっぐっ…」
後ろからも笑い声を堪える声が聞こえる。追い打ちをかける形でガブリエルが宣言する。
「俺、聞いて見るわ」
「ばかっ、おまっ、やめろよっ!」
こうして後方窓際に固まっている弦楽器男子組の全員が悶えるという絶望的状況に先生が気づいたのか、僕達に向かって話す。
「おい!そこ!何がそんな面白い!言ってみろ!」
やばい。怒られる。そう思っていると、ガブリエルが突然立ち上がり、大声で言う。
「すみません、女子のポラロイド写真について質問があります!」
「なんだよ、また男女不平等とか抜かしやがるのか?毎年いるんだよなー、こう言う真面目くん。あーめんどくさい。お前の質問は聞くまでもない。ノーだ。男子からもらっても加点はない」
「女装しても…ダメですか?」
「あ?」
ヘレン先生は呆然と立ち尽くす。教室は笑いの渦に飲み込まれる。
「ちょ、あいつマジでやりやがった」
「強い…さすがは脳筋、筋肉は見た目だけじゃなかったな」
先生は正気に戻ったのか、急いで全員を静かにし、応える。
「そんなんダメにきまってるだろ!逆に、お前の女装なんか、誰が見たがるんだ!くだらん!」
「じゃあ、今から票を集めてみよ!」
ローラさんが提案する。お祭りの予感がしたのか、やけに目がキラキラ輝いている。そして、さっきからガブリエルに女装という単語が出てきてから息が荒いオリビアさんは何なんだ。
「ガブちゃんの女装見たい人!挙手!」
教室の皆が挙手をする。ヘレン先生は納得いかない表情をして、自身の席に座る。
「ということで先生。女装はアリですか?ナシですか?」
ヘレン先生は少し悩んでから答える。
「……ちゃんと、徹底的に女装するのならな…」
教室から男声の歓声が響き渡る。ガブリエルは教室を一周し、皆にハイタッチをする。それはまるで、サッカー選手のゴールパフォーマンスのように強く、豪快に、盛大に…
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最終ベルが鳴り、ついに下校時間となった。
「ほらアヤさん立って、帰るよ?」
「つかれました…」
結局英語の授業の残りは先生が延々と今後の授業内容を説明するだけのなんとも退屈な内容で、その間アヤさんはローラさんに好き放題されていた。まつ毛を見つめたり、髪を撫でたり、ほっぺをぷにぷにさせたり、手の大きさを比べたり、爪を眺めたり、胸のサイズを…
「Dか…」
「Dがどうかしたんですか?ひとつなぎの大財宝ですか?」
「いや、なんでも」
僕はアヤさんを椅子から引っ張り出して、帰り道へ向かうことにした。




