さっちゃん
投稿遅くなりました。
しばらく不定期が続きそうですが、連載は続けようと思うので、引き続き読んでくださると幸いです。
一色家の恐怖体験から一週間後のこと。
ようやく雅のサッカースクールへの入団が決まった。スクール名は猫山SSで、三歳から小学六年生まで受け入れている。ちなみにかなり弱小で、どのカテゴリでも地区大会では万年一回戦負けなんだとか。
昇吾は当初反対し、もっと設備の整った強豪を勧めたが、頑固な雅が頷くはずもなかった。ちなみに決め手はスクール名の『猫』とそれに伴った猫のエンブレムだった。
雅はサッカーの次に猫が大好きなのである。
「行ってきまーす!」
「おう! 気をつけてな」
「はーい!」
緑に連れられて元気よく練習に向かう雅を見送る。
「サッカーがすべてではない。それはわかる、わかっているが……」
何も知らなければ雅の好きなようにやらせていた。けれど、雅の才能を前にすると、どうしても『欲』が出てしまうのだ。
「親失格だな」
自らの行いを反省しつつ、昇吾もまたクラブハウスへ向かう支度をするのだった。
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「じゃあ新しいチームメイトを紹介するぞ。一色雅ちゃんだ。みんな仲良くしてやってくれ」
「みやびです! よろしくお願いします!」
娘がちゃんと挨拶できたことに感動の涙を流す親バカな母が一人いたが、それ以外はよくある紹介で、すぐに練習が始まる。
「じゃあ二人一組でパス練習だ。雅ちゃんと組むのは」
「ねえ、一緒にやろ?」
コーチが親切心で相手探しをするのも無視で雅は一人の少女に駆け寄る。
「……」
少女はボーッと頭一つ背の高い雅を見上げる。
「雅ちゃん、その子は」
「……やる」
「へ?」
予想外だったのかコーチは驚き、雅は少女の手をとってパス練習を始める。
「あのー、みーちゃん何か悪いことしちゃいましたかね? 別の子とやる方がよかったとか……」
「あー、いえいえ、とんでもない。あの子はちょっと訳ありで、むしろ今まで誰とも組もうとしなかったんですけど、それなのに雅ちゃんはあんなに簡単に」
雅は誰かとボールを蹴ることができるこの瞬間を堪能していた。
「ねえ、あなた名前は? みやびはみやびだよ」
「知ってる。さっき聞いた。わたしはさつき」
「さつきちゃん……さっちゃんだね!」
「普通に呼んで」
「さっちゃん!」
「……だから」
嬉しそうにさっちゃんと連呼する雅を少女、四条さつきも咎めることはできなかった。
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「よーし! それじゃあミニゲームをやるぞー」
「やったー!」
小学二年生までの一番低いクラスの練習に参加した雅も、周りと同じように喜ぶ。なにせこれが雅の初めての実戦なのだから嬉しくないはずがない。
それからチーム分けをして、雅はさつきと同じチームになった。
「さっちゃんと同じだね!」
「さっちゃんいうな」
「えへへ、頑張ろうね、さっちゃん!」
噛み合わない会話をする二人に、チームメイトとなった少年たちがやってくる。
「マジかよ。チビ二人とかキツすぎね?」
「絶対負けじゃん」
諦めムードの少年たちに負けず嫌いの雅が何も思わないはずがなく、
「絶対負けないから!」
意気込む雅だが、少年たちの諦めムードには他にも理由があるらしかった。
「相手にはゆうごもいるからな。お前もそこそこできるみたいだけど無理だよ」
「むむ。負けないもん! ね、さっちゃん!」
すると、珍しくさつきもこくりと頷く。その反応が嬉しくて、雅のやる気も上がった。
試合が始まると、序盤から雅たちは押されぎみにゲームが進む。
「さっちゃん、五番マーク!」
「う、うん!」
明らかに格上の相手に戦えているのは、雅の的確な守備の指示によるものだった。
「さすがはあの一色選手の娘さんだ。家でご指導をされてるんですか?」
「いえ、みーちゃんは夫と一緒にサッカーを見て、時々ボールを蹴っているだけです。夫から特に指導なんてことはないですよ」
「なるほど」
何も知らない母親からすれば、確かに指導はしていない。けれど、素晴らしいサッカー観をもつお手本と観戦、練習していれば上手くもなる。
「くそ! こいつまたオレの邪魔を!」
「ふふん! みやびがいる限りあんたにボールは触らせないから」
みやびはチームメイトが警戒していた少年、ゆうごをマンマークしていた。
確かに上手だけど海ほどじゃない、というのがゆうごという少年に対する印象だった。海よりもスピードはあるが、ボールタッチが雑なため隙も多かった。
「いただき!」
「しまった!」
少年のファーストタッチを狙っていた雅がボールを奪うと一気に攻めこむ。
「さっちゃん、走って!」
「っ!」
雅の声に従うようにさつきがゴール前に走り込む。雅に視線が集中していたため、相手は意表をつかれて、さつきがゴール前でフリーになる。
そこへ雅からの正確なパスが送られると、後は流し込むだけ。雅たちが先制した。
「さっちゃんナイスシュート!」
「……」
褒められたさつきは顔を真っ赤にしてうつむく。
「えへへ、さっちゃんかわいい!」
「う、うるしゃい!」
そんないちゃつく二人をよそにチームメイトはおろか、相手も呆然としていた。
コーチまでも驚きを隠せなかった。
「さつきちゃんにあんな動きができるなんて……」
「あの、それはさっき言っていたことと関係あるんですか?」
緑は驚いている理由がわからず聞いてみた。コーチは緑の問いに戸惑いながらも努めて冷静に答える。
「今ゴールを決めた四条さつきははっきり言うと、うちのスクールでは一番下手なんです。まあこれは年齢も雅ちゃんと同じで一番下だし、見ての通り体も小さいから多少は仕方ないでしょう。ただこういうと指導者失格かもしれませんが、それを差し引いても、正直あの子は下手です。だから、いつもあの子はチームの足を引っ張ってしまうことが多かったんですけど」
チーム一下手な少女にパスなんて回ってこない。その前提があるからこそ誰もが油断していた。ただ一人、雅を除いて。
それからも雅とさつきのコンビネーションを止められず、雅たちの圧勝でミニゲームは終わった。
「えへへ。さっちゃんがいっぱい点取ってくれたから勝てたね!」
「それは、み、みやびちゃんのおかげ、というか……」
「みやびはパス出しただけだよ」
すると、さつきは頬を膨らませてプイッとそっぽ向く。
「さっちゃん?」
「知らない」
難聴系ラノベ主人公の雅にはさつきが怒った理由がさっぱりわからなかった。
「……せっかく勇気だして名前を呼んだのに」
雅とさつき、この二人が猫山SSを常勝軍団へと変貌させることをこのとき誰も予期していなかった。