静寂! 裏で蠢く者達!? その18
「首領、ねぇ、首領ってば! 何とか云ってよ」
返事が返って来てくれない。
その事に気付いたのか、カンナは起き上がる。
そんな虎女を、アナスタシアは慌てて止めた。
「おい、無茶するんじゃない! 腹に穴が開いてるんだぞ!?」
「そんなのどうだって良いでしょ!? あんただって腕が片っぽ無いじゃない!」
自分も重傷だが、虎女はそんな事は歯牙にも掛けず同僚の手を振り払った。
アナスタシアからしても、虎女の気持ちは分かる。
多少ふらつきこそするが、それは虎女にとっては些細な事だった。
この世に置いて、ようやく見つけた筈の帰るべき場所。
それが、目の前で真っ黒けに焦げている。
虎女にとってみれば、それは信じたくない光景だった。
「やだよ……置いて行かないで」
何とか良の側へと辿り着いたカンナは、焦げた体に手を掛ける。
「ちゃんと責任取ってよ、ねぇ」
寂しげな声に、良の指先が僅かに蠢いた。
*
微睡むという感覚が在るが、今の良はそれに近い場所に居た。
眠り寸前の様な、同時に夢の中で在るような曖昧さ。
其処は、そう悪くはない場所と言えた。
暖かいという事もないが、同時に寒さも無い。
足場も無ければ天も無い。
まるで、宇宙の闇に漂っている様な感覚。
ただひたすらに眠い。 どうせなら、このままスッと寝入りたくなる。
良は悩んでいた。 このまま眠るべきか、それとも起きるべきか。
ぼんやりとした良は、どうするべきかを迷っていた。
頑張れば起き上がる事は出来るかも知れない。
今一度、腕や脚に力を込めて、立ち上がる。
だが、起き上がった所で、何が在るのかがわからなかった。
どれほどに戦っても、終わりが来ない。
次から次へと、誰かがやってくる。
身を捨て、命を懸けても、何も変えられない。
内心では【もう良いんじゃないか?】という自問が聞こえた。
出来るだけの事はしたつもりである。 仲間も怪人達も助けた。
【やるだけの事は出来た筈だ】と、良は自分へ云う。
どれだけ戦っても、何も変わらない。 世界は変えられない。
一人で死に物狂いに成った所で、空回りをしてしまう。
抜け出せない底無し沼か、流砂飲み込まれていく錯覚。
かつて、首領を倒した後、良は世界征服という目的を違う目的へと変えた。
それは世界の平和だったが、様々な思想に出逢う内に、平和とはただの夢想であると実感してしまう。
何故ならば、誰かの平穏は誰かの不穏に繋がる。
誰かが幸せに成れば、その分だけ誰かが不幸に成る。
全員を幸福には導けはしない。
で在れば、全てがどうでも良くなる。
どうせなら、このまま緩やかに眠るのも悪くないと感じた。
後は適当な誰かに任せて、自分は眠る。
胎児の如く、体を丸めたく成る。
だが、まだ何かが引っ掛かっていた。
その何かが、眠りに落ちそうな良を引き留める。
それが何なのかを、良は考えた。
誰かに【しろ】と云われた訳ではない。
そう考えると、何故か起きたく成る。
しなければいけないからではない。 したいからする。
良は、ある目的を思い出した。 それは、まだ果たされては居ない。
【売られた喧嘩の決着】 それが、まだ着いて居なかった。
すべき事を思い出した良は、ハッと上を向いた。
*
良は目を覚ますが、何も見えない。
「首領!! 良!! 起きてよ!」
ふと、誰かが必死に身体を揺さぶっている事に気付く。
グイグイと誰かが身体を揺するのは分かる。
「博士! どうなってる!?」
くぐもっては居たが、その声には聞き覚えが在った。
「脳波が出てます……良さん?」
「篠原さん!!」
呼び掛けに、首を起こした。
パラパラと、装甲から煤が剥げ落ちる。
『おごご、なん、なんだ!? 前が見えねぇ!?』
うつ伏せされていた良の頭が持ち上がるなり、そんな声が兜から出る。
場に居る誰もが、真っ黒けな良を信じられないという顔でみた。
『なんだ!? どうなってる!?』
慌てる良に、博士が駆け寄った。
「落ち着いて良さん。 煤で目が被われて見えないだけですよ。 洗えば大丈夫かと」
安心させる様な博士の声に、良はガタンと頭を落とす。
いきなりの事に、カンナと愛が駆け寄る。
「ちょっと!? 篠原さんってば!!」
「首領!! 死んじゃやだよ!」
必死な二人の声に、兜からはフゥと長い息が漏れていた。
『あー……死ぬかと思った』
そう言う良の手に、誰かの手が重ねられる。
見えて居ない以上、それが誰のモノかは良にはわからない。
残った一つの手を重ねたのは、アナスタシアであった。
「お帰りなさいませ、首領」
普段であれば、凛とした声なのだが、この時の女幹部の声は実に柔らかいモノであった。
*
暫く後、良は医務室にて寝かされたまま博士の診察を受けていた。
爆発の影響もだが、他の損傷も軽くはない。
「で? どうなんだ?」
改造人間である良からすれば、身体の痛みには疎い。
だが、痛みを感じて居ないだけなのだ。
身体を観る博士は、息を大きく吐く。
「ハッキリ云います。 もうちょっとで死んでましたよ?」
「マジでか」
良は軽い反応を示すが、博士は悲しげな顔を隠さない。
「装甲の隙間に入り込んだ弾が跳ね回った様です。 機関部が損傷したせいで、蓄電が賄えなかったのが原因かと」
博士の説明に、良はうーんと唸る。
「そっかぁ、要は電池切れでヤバかったって事だよな」
「……そうなりますね」
ふと、思い付いた良は博士の方を見る。
「でさ、じゃあもしだよ、完全にバッテリー切れ起こしたらどうなるんだ?」
良の問いに、博士は道具を横へと置いて座り直す。
眉を寄せ、真剣な面もちを浮かべた。
「良さんは改造人間ですが、全部が全部機械じゃないんです。 ちゃんと人間の部分だって残ってます。 ただ、それを機械で保護してますから……」
最後まで博士は云おうとしなかった。
云いたくないという顔は、良にも見えている。
重苦しい空気に、その場にいた愛が椅子から立ち上がった。
「あ、で、でもさ! 皆、怪我はしてるけど、大丈夫なんでしょ?」
何とか空気を変えようとする愛。 彼女の声に、博士はうーん唸る。
死者こそ出ては居ない。
それは間違いないのだが、被害は甚大であった。
怪人達の多くは損傷が激しく、当分は動けそうもない。
加えて、大幹部二人も生きては居るが、やはり重傷者である。
そして、組織の首領である良もまた、身体の調子が芳しくない。
悪条件だけが積み重なる。
それがわかって居ながらも、良はフゥと息を吐いた。
「まぁ、皆一応は生きてるからな」
安心したくも成るが、そうも行かない事情も在った。
結局の所、大首領とは誰なのかすら分かっていない。
その存在は確認されては居るが、何処に居るのかすら不明だった。
「参ったね。 何処の何奴か、それさえわかれば、今すぐにでも殴り込み掛けてやるのにさ」
ポンと思い付いたままを良は言う。
「絶対駄目!」「駄目です!!」
ほぼ同時に、愛と博士からそんな怒声が飛んだ。
「篠原さん! いい加減にしてよね!? 次に馬鹿やったら承知しないから!?」
一人突っ走った良に対して、愛の怒りは消えては居ない。
大怪我をしているから、少し抑えて居るだけである。
もしも、良が立てる様なら、拳骨の一つもくれてやると少女は息巻いていた。
「そうですよ! ホントなら死んでたって今言ったばっかりですよね!? 聞いてなかったんですか!?」
普段ならば、博士も声を荒らげたりはしない。
上司である首領に向かっての暴言などは、以ての外である。
が、長く新しい組織や首領と過ごす内に、博士も自分を表に出すように成っていた。
怒りを隠さない少女の二人のお説教に、良は思わず手を軽く挙げる。
その体勢は、所謂【降参】であった。
「すんません、勘弁してください」
相手がどの様に強大で在ろうとも、絶対に降伏をしない筈の良。
それでも、目を涙で潤ませる少女の怒りには勝てなかった。
降参を示すが、此処で問題が浮かび上がった。
仮に一方が【負けです】と訴えた所で、それを受け入れてくれるのか。
それは相手方決める事である。
「勘弁してくださいじゃないですよ! 今まで黙ってましたけどぉ、今日はちょっと許せないんです!」
「そんなぁ、ごめんなさいって言ってるじゃんかぁ」
ここぞとばかりに怒る博士に、良は詫びる。
が、それで話が済むかと言えば別であった。
博士の次は自分の番だとばかりに、愛がぐいと良を掴む。
「ごめんなさい? じゃあ篠原さんにお尋ねしますけどぉ、ごめんなさいって言えば何しても良いんですか!?」
「いやぁ、そう言われましても……」
「ちゃんと答えてください! ごめんなさいって言えば、私が何をしても良いんですよね!?」
実に気まずい愛の質問に、良は答えられない。
「いやぁ、それは……」
戸惑いを隠さない良に代わり、博士が愛を睨む。
友人とは言え、譲れない事も在るのだ。
「ちょっと!? どさくさ紛れに何いってるんですか!?」
「何が!? 別に良いじゃん! 減るもんじゃなし!」
果たして、川村愛が何を画策中なのかは、彼女しか知らない。
無論、そんな不穏な陰謀を聞かされれば博士も黙っては居られなかった。
「いや、駄目ですよ!? 何考えてるんですか!?」
「なに! じゃあ一緒する!?」
「え? ってちょ、何を言わせる気なんですか!? こんな時に!!」
二人の少女の怒声にサンドイッチにされる良。
その顔には、首領らしい貫禄は無かった。




