凶悪!! 惑星滅菌計画!! その15
果たして、何処から凄まじい力が湧いて来るのか。
そんな事すら考える余裕は、今のところ良には無い。
力が拮抗して居るとは言え、敵方がただ呆然と待ってくれる筈も無かった。
本体か母星なのか、特別な呼称は不明のまま。
そんな巨大な球体を守るべく、また小さな球が吐き出され、それは良達の方へと向かって来ていた。
『篠原さん……マズいよ』
『気を散らすな!』
『でも』
『仲間を信じてろ! 俺達はあのデカブツだけに集中してれば良い!!』
実際の所、良は愛を支えるだけでも精一杯であり、他の事を考える余裕は殆ど無かった。
胸の内側から凄まじい勢いで何かが減っていく感覚。
同時に、段々と全身の熱を帯びる。
良と愛は、人間その物の大きさのまま、馬鹿げた大きさの相手と戦って居る。
である以上、只では済まない。
今すぐにでも、全身から力を抜きたくなる。
それでも、良は止めなかった。
派手に光を撃ち合う球体と良達の周りでは、やはり同じ様に戦いが続く。
少なく成ってしまった砲台で、必死な抵抗を見せる巨人。
端から見ていれば、正に狂気の沙汰でしかない。
勝てる保証も無い戦いに身を投じ、其処へ全てを投げ出す。
マトモな人間であれば、それが如何に馬鹿げて居るのか考える迄もない。
とは言え、此処はマトモな人間は居ない。
5人とロボットを含めた全員が、悪の組織である。
そして、比べるべくもない筈のちっぽけな組織は、途方も無い相手と戦っていた。
杖の先どころか、ほぼ全身から光線を発している愛。
その顔には余裕は無い。
『このままじゃ、駄目……もっと』
以前にも、愛は力を欲した事がある。
ただ、その時は欲望任せのそれだったが、今は違った。
自分だけの為ではなく、誰かの為にと願う。
『もっと! 強く!』
そんな少女の願いに呼応した様に、光は強まった。
同時に、そんな愛を支える良にも変化が起こる。
脇腹の辺りに、衝撃が走った。
無敵の装甲を纏っては居るが、それは外から内側を守る為のモノに過ぎない。
内側からの衝撃に対しては、そもそも想定されていない。
『……っぷ』
胃の中から何かが込み上げる様な感覚に、良は慌ててそれを飲み込む。
吐き出しそうになるが、それは少女の集中を乱しかねない。
自分に何が起ころうが、それを、良は無視していた。
かち合う光は、ただ散るだけではなかった。
互いが互いに干渉し、相手を飲み込もうとする。
飲み込もうともするが、同時に反発が起こる。
そのせいか、時折弾かれた様に光弾が散った。
散った光弾は在る意味焚き火から散る火花にも見えなくもない。
ただ、元々が多大な力だからか、その一つ一つはただの光でもなかった。
散弾銃が如く散った光に、小さな球体はどんどん巻き込まれていく。
ロボットを打破すべく出された個体は、多くは残っていない。
そして、その火中の真っ只中に居る良もまた、無事ではなかった。
自分よりも遥かに大きいロボットを動力源として使う事自体、むちゃくちゃである。
無理やり車体に合わない大型エンジンを詰め込んでも、車は走るだろうが、同時にそれは車体を壊す事にも繋がる。
そして、それは機械の身体を持つ良も同じであった。
限界以上に機関部を動かせば、当然の様に負荷が掛かってしまう。
多少ならば、或いは保つかも知れない。
が、今良がやっている事は、正に自殺行為でもあった。
背中の一部に亀裂が走り、何かが噴き出す。
何が出ているのか、背中に眼が無い以上確認は難しい。
膝から崩れ落ちそうになるが、それでも力を入れ直す。
『休みたいってか? 終わったら、好きなだけ休ませてやるさ』
兜の中で、良は自分へとそう声を掛けていた。
今が正念場であり、此処だけは譲る訳には行かない。
『篠原さん! 頑張って!!』
良に負けず劣らず、必死な愛も周りを見ている余裕は無い。
ほぼ密着して居る以上、何かが起きているのは伝わるが、愛はそれを確かめる暇が無かった。
『分かってるさ、終わったら、一番豪華な飯を奢ってやるよ』
『絶対ですよ!』
戦いの最中に、雑談は御法度だろう。
とは言え、二人を支えて居るのが精神である以上、それを支えるには声を掛け合うしかない。
その成果が出ているのか、僅かながらも、敵方の光が圧され始めていた。
その好機を見て、愛は杖をギュッと握り直す。
『行け! もっと! もっと! もっともっと強く!』
愛の声に、杖から更に光が噴き出す。
それと同時に、良の身体にも異変が起こった。
装甲によって閉じ込められた熱が、内側から良を蝕む。
時折とは言え、小さな爆発迄も起こっていた。
それは、誰よりも良が一番良く分かる。
何故なら、自分の身体なのだから。
そんな良の耳に、ザザッと雑音が響く。
─良さん!─
聞こえて来るのは、ロボットを預けた博士の声。
『なんだ? 今、ちょいと取り込み中なんだが』
─馬鹿言ってる場合じゃないんですよ!? もう無理ですよ!!─
直接有線で繋げたせいか、どうやら博士の方にも良の情報は伝わっているのだろう。
声から察するに、余り良いとは聞こえない。
『無理なんて知ってるさ』
─知ってるんならもう止めてください! このままじゃ、死んじゃうよ!!─
切実とも言える博士の通信に、良は苦く笑った。
本音を漏らせば、止められるモノなら止めたい。
感覚的に云えば、今の良は足の裏からすり減って行くような状態である。
少しずつとは言え、確実に身体が壊れていく。
『リサ。 もう少しだけなんだ、後少しだけで良いから、保たせてくれ』
─やだよ、なんで─
その気に成れば、ロボットは博士が停止させる事も可能だ。
だが、ソレでは良は困ってしまう。
嗚咽にも似た博士の声に、良はジッと相手を見詰める。
『向こうだって必死さ。 なんとなく、分かるんだ。 だから、後少しだけで良いから』
良の声に、ロボットから更に動力が供給される。
が、同時に良の身体に更に亀裂が広がっていた。
全身に走った亀裂から何かが噴き出すが、それでも良は愛に手を貸す。
胸の内には、まるで溶鉱炉でも入れた様な感覚すら在った。
それでも、良は止めない。 止めた所で、逃げ場など無いのだ。
勝つか死ぬか、それしか道が無かった。
*
どれだけの時間が過ぎたのか、誰も数えて居ない。
ただ、遠くから見えていた。
金色の光が、赤の光を押し返し、その元へと辿り着く瞬間が。
*
名も知らない大きな球体は、ロボットから伸びる光に撃ち抜かれる。
それだけでなく、自分から出していた光が干渉したのか、激しい爆発を起こしていた。
その光景は、ロボットの操縦室からも確認が出来る。
『やった!!』
勝ちを確信したアナスタシアは、思わず声を張り上げる。
それと同時に、虎女もまた息を長く吐き出していた。
「コレで、あたしらの勝ち……だよね?」
そう言いながら、カンナは博士を見る。
本来ならば、勝ちを得て喜んでいるだろうと思ったが、実際は違った。
『駄目……駄目!?』
大慌てで博士は操縦室の壁を見ている。
そんな声に、アナスタシアとカンナも其方を見た。
見た途端に、二人は自分の目を疑ってしまう。
何故なら、勝ちの立役者である筈の良が、フワフワと宇宙の中を浮いて居たのだ。
『良さんが!?』
人は動転すると、何をしたら良いのかを見失う。
そんな博士に、虎女が駆け寄った。
「速く! 首領を回収して!」
カンナな叫びに、博士はハッとした様に成る。
慌ててロボットを操作しようとするが、巨人は沈黙していた。
『どうした!? 何故動かない!』
焦るアナスタシアに、博士は肩を震わせる。
『動けないんですよ……全部、出し尽くしちゃって』
博士の説明は、間違いではない。
そもそもが満身創痍の状態で在った巨人は、残りの全てを良に与えてしまっていた。
動こうにも、直ぐには無理がある。
バッとその場を離れた博士は、操縦室の壁を叩く。
『動いて! お願いだから!! ちょっとだけで良いから!』
少女は必死に願うが、空に成ったモノは早々には埋まらない。
誰もが焦る中、壁にはただ浮く良が映っていた。
*
良の体に繋がる線だが、とうに焼き切れている。
それが、どれだけ無茶をしたのかを物語っていた。
動かぬ身体は、重力が無い空間を漂う。
そんな首領を、ヨタヨタと飛んだ愛が捕まえた。
『篠原さん。 聞こえてます?』
少女はそう声を掛けるが、返事は無い。
巨人と同じく、力を出し尽くした良は静かであった。
『終わりましたよ? 終わったんです』
やんわりと声を掛けられても、やはり良の返事は無い。
『私だけ、置いてきぼりなんて嫌ですよ?』
もしも、今この瞬間に川村愛が変身を解いたならどうなるか。
宇宙空間では生身の人間は精々十秒足らずで死ぬ。
必死に戦ったのに、全てが失われる。
そんな喪失感に迷う少女の肩に、手が置かれた。
ハッとして愛が顔を上げれば、良の兜に光が灯る。
『約束は、忘れないタチでね……』
弱々しいが、確かに聞こえた返事に、愛は良を抱きしめる。
『篠原さん……私……』
愛が、良へ何かを伝えようとする。 そんな時、何かが近付いて居た。
『其処までだ小娘め!! この目が黒い内は勝手はさせん! 首領! 今参ります!』
バタバタともがく様に宇宙を泳ぐ蝦蛄女。
無様ではあっても、必死に。
その様に、愛は露骨に舌打ちを漏らす。
『あーもぅ……スッゴく良いところだったのにぃ』
少女の秘めたる思いは、悪の怪人によって阻まれていた。




